第103話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第103話 Side:A》


あれから数日が経過した。各々がサンズ指導の元に行われた《基礎体力トレーニング》、《魔力コントロール》、《戦略マニュアル》を叩き込まれたメルを始めとする隊員たちは、目付きと、その目の色が変わってきていた。


「いたぞ、奴だ」


サンズは木の陰に隠れながら、エリューマンを視認した。大きな洞窟から牙が少し出ており、朝だという事もあり、まだ眠っているようだった。



『エリューマンを倒すなら、朝、まだ行動する前に奇襲するのが得策かと』



数日前の夜、ノモスを交えた作戦会議で決定したことだった。この奇襲で倒せるとは思ってはいない。傷付き、こちらを危険視してくれれば御の字だと言わんばかりに、サンズはやけに消極的だった。決定した際にも『その時に倒さないのか』という疑問も出たが、彼が『段階を踏んで確実に仕留める』と他の隊員やノモスに言い聞かせていた。


「どう攻めますか?」


《風》の魔法をレイピアに付与する女性隊員が腰に手を掛ける。自分はもう準備万端です。と言いたげだ。


「まずは、定石通りに突撃部隊の2人が先行し、次に陽動部隊部隊と遊撃部隊の2人が動く。防衛部隊はここではみんなの援護を頼みたいのだが、今ここにいる防衛部隊の隊員は、魔法が使えないメル・ビスケットだけだ。ノモスさん、何かあれば、その時はお願いします」


コクリ、と頷くノモス。


「では、お前たち、行け。我々も後に続く」


レイピアを構える女性隊員と、火球を右手に保持する男性隊員が頷く。男性隊員のこめかみからは汗が一筋垂れ、視線をエリューマンに向ける。初日に体当たりされた恐怖が残っているのか、手も心なしか震えている。


「大丈夫、私たちならやれる」


レイピアに《風》の魔法を付与し、女性隊員は自身に言い聞かせたのか、はたまた男性隊員に向けて励ましの言葉を掛けたのかは定かじゃないが、そう呟いた。そして一息置き、2人は飛び出した。


「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うぉぉぉぉぉぉ!!」


その叫びに、エリューマンは目を覚ました。突如迫ってくる2人に、よたっと立ち上がり、吠える。


『ブゴォォォォォォォ!!!!!』


ビリビリと空気を震わせ、一瞬にしてその場を呑みこむ。


「「!!?」」


歯を食いしばり何とか耐えるが、《火》の放出魔法を扱う男性隊員は、一歩が出ない。


「・・・くっそ・・・ぉ!!!」


右手に保持している火球が段々と弱まる。


『馬鹿正直に突っ込むな!!お前は何を学んだ!!思い出せ!!』


サンズの叱責が飛ぶ。その言葉にハッとした男性隊員の退こうとした足が一歩踏み留まる。むしろ踏ん張り、前に出ようと力を込めていた。


(そうだ・・・、立ち会いにおいて有利な場所・・・!!)


彼は眼球だけを動かしてその場所を見極める。


(あそこだ!)


と、向かって右前方に見える大木に飛び込む。すると、既に高所を取っているレイピアを構える女性隊員がそれをカバーするように飛び降りた。


「はぁーーー!!!」


逆手に構えて両手で握りしめ、レイピアの切っ先だけに《風》の魔力を集中して付与している。貫通力をより高めるために彼女なりに考えた事だった。初日に山頂で出会した時も同じ魔法の使い方で、自身の攻撃が全く歯が立たなかった事を悔やんでいた彼女は、《魔力コントロール》の分野を磨いていたらしい。今なら同じ事でも、同じモノではない。大木ですら穴を空けられそうな鋭さに、女性隊員の肩の力は良い具合に抜け、切っ先がエリューマンの右肩部分の毛皮に触れる瞬間、自身の魔力を爆発させた。


「【風切牙(かざきりきば)】!!」


大きな獣の牙に見立てて振り抜けば、レイピアの切っ先どころか、刀身半ばまで、エリューマンの堅い毛皮を貫いた。


『!!?』


流石にそれには驚いたのか、奴も一歩退いた。だが、そこにはメラメラと燃える火球を右手に保持した男性隊員が太い木の枝の上に立ち、エリューマンを凝視していた。


「もう怖くない。これはお礼だ!」


彼も飛び降り、右手に保持していた火球を両手で、上に持ち上げるように掲げた。落下するスピードよりも早く大きくなる火球。彼はそれを力の限りエリューマンの頭部にぶつける。


「【ブレイズ・ボム】!!!」


轟音が鳴り、辺りには爆風と共に火の熱が広がる。しかしそれで倒せるとは思ってはいない。すかさず陽動部隊の2人と、遊撃部隊の2人が隙を見逃さずに追撃を叩き込もうと飛び出すが、今の攻撃で、エリューマンも完全に目を覚ました様子だった。目を今まで以上に赤く光らせ、鼻息は荒く、体温も上昇しているのか、体中から湯気のようなものが立っていた。


『ブゴォォォォォ』


今度は威嚇ではなく、明らかな殺意を込めた鳴き声だった。奴も本気で来る事に、一同は気合いを入れ直し、緊張の糸が張り巡らされる。


「大人しく倒されてくれれば良いものを・・・」


《土》の放出系の魔法を操る男性隊員が半身に構え、左手を上に突き出す。


「これでも、陽動部隊の中では1、2を争う程の逃げ足の速さなんでね・・・!」


と言うと、彼は数個、拳程の大きさの石を弱目に射出したと思ったら、すぐにエリューマンの目の前に降ってきた。それに向かって、離れたところから手を叩く。



パァンッ!



するとその数個の石は粉々に砕け、砂粒程になったモノが、奴の視界を奪う。目に入ったのか、涙を流してそれから逃れようと暴れ回る。


『ブゴォァ?!!』


「後はよろしく!」


「任された!!」


今度は、先程の【ブレイズ・ボム】を放った男性隊員とは違う《火》の放出魔法を使う男性隊員がすれ違いに両手から火柱を出しながら走っていった。


「ついに俺にも活躍の場が来たってもんよ!!」


彼らは初日と比べると、新人隊員から中堅隊員くらいにまで、魔力や体、精神力は、ここ数日で大きく成長した。その変わりようは凄まじく、別人にでもなったのではないかと疑う程だった。


「燃えろ!!【サーマルキャノン】!!」


両手を合わせて、指の隙間から、統合し、集約した火柱を大砲の様に放つ。顔面にそれを受けたエリューマンは、流石に驚いた様子で避けようと必死になっていた。


((いける・・・!!))


その場で戦っている全員がそう思っていた。戦いにおいて、慢心や過剰な自信は身を滅ぼすが、『ノッている』時はとことん調子が良く、結果も着いてきたりしているものではある。


「案外簡単に倒せるんじゃないか?!」


山頂でサンズの事が気に入らないと愚痴を言っていた男性隊員までその気になっていた。最上級難易度とほぼ変わらない過酷さなのに、まるで下位の任務に当たっているような気の持ちようになっており、一歩踏み外せば全滅も免れない状況に、サンズは腕を組んで、少しハラハラしながら見守っていた。


「大丈夫か・・・?調子に乗っていなければ良いが・・・」


「アレだけ物怖じしていた子たちがこれほどまでになるなんて。サンズさん、アナタは良い指導者なんですね」


ノモスは感心していた。


「しかし、寝起きを襲われるなんて、エリューマンも堪ったもんじゃないですね」


「これも戦法の1つです」


「なるほど。ノモスさんも、なかなかの戦略家なんですね」


今度はサンズが感心していた。1つ線を引いたように、一歩踏み出した先は激しい戦闘が行われている場所だとは思えない程に、彼らがいる場所は静かだった。


「あのぉ・・・」


と、メルが申し訳なさそうに会話に入る。


「どうした」


「あの仔、ずっとこっちを見てるんですけど、大丈夫ですかね・・・?」


彼女が指を差す、サンズたちが後ろの方を見ると、エリューマンの子供がこちらをジッと見ていた。それも一頭ではなく、何頭もおり、暗闇の向こうにも何頭もいるようだった。しかしこちらが気付いた事により、一頭を除いて全ての小猪は散ってしまった。


「あらあら、ビックリさせちゃったみたいですね」


笑うノモスとは裏腹に、今度は戦っているはずの場所から声が聞こえた。


『消えたぞ!!』


『どこに行った?!』


サンズたちはそれに振り返ると、確かに先程までそこで戦っていたはずのエリューマンは忽然と消え、戸惑っている隊員たちだけがいた。


「そんなはずはないだろう!あんなデカい奴がどこに消えるというーーー・・・!!


突如、サンズの背中に何かがぶつかり、激痛が走り、同時に吹き飛ばされた。


「がはっ・・・!!!」


空中に放り出され、姿勢も崩されたままだが、その目に捉えたモノは、彼の思考が追い付かなかった。


(馬鹿な・・・!!)


サンズを背後から吹き飛ばしたのは、先程隊員たちと戦っていたエリューマンだった。


(ワープした・・・だと・・・?!)


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第104話 Side:A》へ続く。

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