第102話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第102話 Side:A》


1夜明け、ノモスを交えた訓練が始まった。今日は『戦略』についてだ。


「戦略の基本は、まず有利な位置を取ることだ」


サンズは、木の上に《風》の魔法を使って飛び乗る。下にいるメルや他の隊員たち、ノモスが一望でき、自分の魔法の射程範囲内に全員を収めている。


「例えば森の中なら、このような高い木に登る。そして相手から自分がなるべく見えない位置取りをすること」


と、彼は木の幹の陰に体を隠し、顔を少しだけ出して下にいる者たちを確認する。サンズは全員を視界に捉えており、逆に、下の者からはサンズの顔半分程も見えていない。


「・・・なるほど、大変興味深いですね」


ノモスは頷く。


「このように、相手から見えにくければ、攻撃のチャンスも増えるし、逃げる時もリスクは少なくなる。その地形ごとに有利な位置は必ずある。それを意識して戦闘には臨むように」


『はい!』


威勢の良い返事がするとともに、サンズは下に飛び降りた。


「では2人1組に分かれて攻撃側を決めて組手を行え。5分で一度交代しろ」


『はい!!』


再び返事が聞こえると、サンズは一息吐いた。森の中は、ここがこちらの世界随一の危険な場所だという事を忘れてしまいそうな程に小鳥のさえずりが聞こえる。


「やれやれ、ここがヘラクレス山脈じゃなければ、弁当片手にランチでもしたものの・・・」


こうも穏やかな時が流れていると、勘違いしてしまいそうだった。太陽の光は暖かく、木陰は涼しく、まさにピクニック日和の現状に、彼は頬に手をついて座り込む。


「その内、この辺りにも平和が訪れる事を願ってます」


ノモスも隣に座り、微妙な空気が流れる。


「・・・未だに信じられないんですが、本当に貴女はあの伝説の三龍の内の1頭なんですか?」


サンズは半信半疑だった。昔話の類だった存在が目の前にいる現実に、頭の整理が追い付いていないようで、頭の先から足の先までを何度も視線を動かしていた。


「他の2頭、赤龍のフォティノース、黒龍のエテレインは、既にそちらの人と接触があったと聞いてますけど?」


(・・・そうなのか・・・?)


サンズは頬に置いていた手を顎に持っていった。


「ちなみに、その接触した人物がどなたかは知っているのですか?」


「はい。フォティノースは捕まったジュラス王国から助けてもらった際に数名と、エテレインは、海中洞窟から封印を完全に解いてもらった際に数名と。いずれもアラグリッド王国の騎士団の方々が関わってます」


ノモスは縁側でお茶を啜るお婆ちゃんのようにゆったりとした口調で話した。陽の暖かさが心地良いのか、時折空を見上げる仕草をしていた。


「昨夜の貴女の魔法や【浄化】、【呪い】についても聞いて良いですか?」


その単語に、ノモスは少し俯いた。何か深刻な事でもあるのか、沈黙が流れた。そして口を開く。


「私が使ったのは、《森林生成魔法(しんりんせいせいまほう)》という、唯一無二の魔法になります。アナタ方が使う魔法は、使い方次第では形を変えたり、派生をしていったりすると思うのですが、私たちが扱う魔法は、用途に応じての増減しかできません」


(森林生成魔法・・・聞いた事ないな・・・)


ノモスは続けた。


「フォティノースが扱うのは《極熱生成魔法(ごくねつせいせいまほう)》、エテレインが扱うのは《海流生成魔法(かいりゅうせいせいまほう)》。どちらもこの世界を創るための魔法です」


サンズは開いた口が塞がらなかった。


「そして次に【浄化】についてですけど、アレは私にしかできません。《森林生成魔法》の副産物というべきでしょうか・・・、混濁とした魔力や、あるべき物の流れを元に戻し、正常にする行為です」


(ということは、これを隊長に報告してもほぼ無駄ということか・・・)


などと考えていると、ノモスがひょい、と顔を覗き込んだ。その近さに、思わずサンズは仰け反る。


「な、何ですか・・・?」


「・・・サンズさん。アナタ、何か良からぬモノが憑いてますよ?」


口が頬に付いてしまうのではないかという近さが、彼を更に仰け反らせ、しまいには背中から倒れ込んだ。


「・・・っ!」


「大丈夫ですか?」


「・・・良からぬモノって、何ですか?」


サンズは倒れたままノモスに問い掛けた。


「まだそれはハッキリしていません。ですが、近い将来、アナタに危機が迫るでしょう」


彼女は両手を組み、祈った。


「占いの類ですか?」


「いえ、視えたので教えておかなければ、と思いまして」


(何かと不思議な発言が多いな、この人・・・いや、龍人は)


フッと笑いながら起き上がると、メルが恐る恐る声を掛けてきた。


「あ、あのぉ・・・」


「ん、どうした」


「私、1人あぶれちゃったんですけど・・・」


隊員たちが組手をしている方へ目をやると、見事に彼女だけ溢れて2人1組が成立していた。サンズは自身の頭に手を置き、掻き、一息、鼻から漏らす。


「しょうがない、お前は俺が見てやる。10数えるから、その間に俺から一本取れそうな位置に移動してみろ」


「は、はい!」


メルは勇んで走って行った。


「ふふっ」


「ノモスさん、何がおかしいんですか?」


「結構面倒見が良いんですね」


向けられた笑顔に何も言えなくなり、サンズは数え始めた。


「10・・・9・・・8・・・」


「サンズさん、先程、呪いについても聞きたいと仰ってましたよね」


「7・・・はい、そうですけど?6・・・」


「これは150年程前に遡ります」


「5・・・、すいません、やっぱり後にしてもらっても?4・・・」


「ブルドッグ家の一部の人間が発端なのですが」


「3・・・、・・・今何と?」


聞き覚えのあるファミリーネームに、サンズのカウントダウンは止まる。


「ブルドッグ家です。その一族の分家が起こした宗教戦争の一部が、語り継がれたというモノなのです。今となってはただの思い出話にもならない程度に、本家の一族にも知る人はいないでしょう」


『ブルドッグ』は、防衛部隊副隊長のフローラのファミリーネームだ。彼女に関わりのある事に、サンズは唾をゴクリと飲む。メガネのブリッジを抑える指が少し震える。


「うちの騎士団にも、ブルドッグというファミリーネームの女性がおりますが、関係はあるんですか?」


「今生きているとなれば恐らく本家の人間でしょう。全く、とは言い切れませんが、その当時なら迫害を受けていたかもしれせんね」


ノモスは再び両手を組む。まるで見てきたかのように話す彼女に、サンズはハッとする。


(・・・そうか、それで、シスターのような格好をしていたのか)


「貴女は、その場にいたんですね?」


彼の問いに頷くノモス。だが、その顔は憂鬱と言ったところだった。


「察しの良い方ならおおよそ予想が付くとは思いますが・・・

「その宗教戦争で、呪いというモノが生まれた。そしてここの大型の魔獣の中には、未だにそれを恐れている個体種がいる、と。その効力はとうの昔に無くなってる、もしくは、最初から無かった。こんな感じですか?」


ズバズバ言うサンズに呆気を取られたのか、ノモスは口を開けていた。


「そ、その通りです」


(なるほど。これが終わったら、一度フローラさんに聞いてみる


『とぉぅりゃ〜!!!』


「ーーーかっ?!」


カウントダウンを既に終えていると思っていたメルが、サンズからは死角の位置から飛び蹴りを食らわせてきた。見事にクリーンヒットした彼の体は前のめりに倒れ込み、当の本人はあっさり一本取れたどころか、倒れ込むまでの当たりをしてしまったことに戸惑いを見せていた。


「あ、え・・・?だ、大丈夫ですか・・・?」


「・・・み、見事な飛び蹴りだ・・・。それを忘れるな・・・」


サンズは突っ伏したままメルを称賛する。


「この続きは、また明日以降にでもしましょうかね」


ノモスは立ち上がると、サンズの手を取り立たせて笑う。

そしてその日の夜サンズたちは、晩飯を囲いながら、対エリューマンの作戦をノモス主導の元、練り始めた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第103話 Side:A》へ続く。

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