第101話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第101話 Side:A》
祈りを捧げる様にエリューマンの鼻に手を当てて目を瞑るノモスの行動に、一同はその光景が信じられないでいた。静かな殺意を剥き出しにした奴に恐れる事なく近付くのは自殺行為でもあったが、それは彼女がこの森の管理者であるが故にできた行動なのかは定かではない。そして彼女が目を開け、小猪を離し、1歩、2歩とゆっくり下がると、エリューマンはその小猪を連れて踵(きびす)を返す様に去っていった。
「・・・何が起こったんだ?」
サンズは呟くが、ノモスの顔は曇っていた。
その夜。サンズたちは自陣にノモスを招き入れ、色々話を聞こうとしていた。パチパチと焚き火の音が暗闇の中を奏でる。彼らは昼間にノモスと出会った場所に陣地を一度移し、最初のエリューマンの襲撃時に無事だったテントや道具を持ち運び、再び夜を明かす準備をしていた。ヘラクレス山脈に来てからそこまで日数は経っていないが、彼らは順応し始め、動物や魚の狩りなど、自分達が生きるための糧を得る手段を着々とモノにしていった。
「焼けましたよ」
「ありがとうございます」
サンズは串に刺した川魚をノモスに差し出した。受け取ると、彼女は昼間と同じような浮かない顔で一口頬張る。
「・・・ノモスさん、昼間の件ですが。エリューマンに何をしていたのですか?」
横に座り、焚き火を眺める。すると彼女は思い口を開く。
「・・・先程、3種の魔獣に異変が起きていると、話しましたよね?」
「えぇ。何かに怯えるように力をつけている、と」
「エリューマンに直接語り掛け、真意を訊こうとしました」
ノモスは焼けた魚を見つめる。
「・・・結果はどうでした?」
「あの子たちは、【呪い】に怯えています」
「【呪い】、ですか・・・?」
浄化、に続き、聞き慣れない事柄に、最初はサンズしか聴いていなかったのが、全員の耳が、顔が、ノモスに向けられていた。
「呪い、って、死んだ人とかの怨念とかの、あの呪いですか?」
メルが焼いた鹿肉を頬張る。焚き火越しに見える顔に火の影が揺らめく。
「そうです。私はそれに対して、『怯える事はありません。呪いなどはまやかしです』と伝えましたが、聞いてはくれませんでした・・・」
俯くノモス。一度口を閉ざしたかと思いきや、すぐに開いた。
「恐らく、私一人では止める事はできません。力を貸していたいただけませんか?」
彼女の提案は、自分とサンズたちで共同でエリューマンを止める事。だが、サンズはこれに口を渋らせた。
「ノモスさん。貴女のお気持ちはお察しします。が、これは私どもの試練の一環でもあります。貴女がどれ程の実力者かは分かりませんが,戦闘に於いてはこちらも生業としております。我々に『一任』、という形ではダメでしょうか?」
強くなる事を急ぐサンズにとって、自分ら以外の、力の底が知れない人物の参入は避けたかった。『浄化』という未知の方法で部下を助け、『呪い』という新たな単語が出た以上、ノモスが参戦する事は、正に想像がつかない事態になる。戦略家の彼にとって、それが怖かった。
「・・・それでは、こうしませんか?」
ノモスは顔をあげた。
「私1人対アナタ方全員で手合わせをしてみて、サンズさん?と言いましたっけ。アナタのそのおメガネに敵うようなら、私も共に行かせてください」
『!?』
(何を言ってるのか分かっているのか・・・?)
サンズはメガネをクイッとあげる。そして唾を飲み込む。
「・・・貴女1人で、我々に勝てる、と?」
「・・・・・・」
ノモスは丸メガネの端を指で挟んでクイッとあげる。
(なるほど、面白い)
「分かりました。女性1人に対して大勢での相手は、流石に騎士団の威信にも関わる。ここは折れましょう。一緒に戦ってください」
サンズに考えはなかった。が、言葉に嘘はない。
「私との手合わせに納得がいかないと?」
しかし、ノモスはやる気だった。
「いえ、そういうわけでは・・・」
「私は『大丈夫』と申しているにも関わらずですか?」
「怪我をさせてしまいます」
「なるほど、余程の自信がお有りの様子で。・・・ならば、私と戦う理由を作りましょう」
と、ノモスは立ち上がり、右手をメルに向ける。
『?』
一同がその行動に疑問を浮かべた次の瞬間だった。
「【突(とつ)】」
彼女の右手から大木の幹が飛び出し、一直線にメルへ突撃して後ろの木に押さえ込む。
「ぐっ・・・!!」
「メル!」
レイピアに《風》の付与魔法を扱う女性隊員が心配そうに彼女の名前を叫ぶ。どうやら無事のようだが、他の隊員は穏やかではなかった。
「いきなり何すんだよ」
「言ったはずです。戦う理由を作る、と」
右手に火球を保持した男性隊員が凄むが、ノモスはそれを簡単にいなしていた。再びいきなりの戦闘モードに、現場はピリピリを超えていた。
(木を操る魔法、だと・・・!?)
サンズの頭の中では、ノモスが使った魔法を理解する事でいっぱいだった。彼らの居る世界の魔法は、主に4属性。火、水、風、土。稀に、異世界からの来訪者でこの属性に当てはまらない属性が扱える者もいるが、そんなものはレア中のレアだ。
(この人が異世界から来たとは思えない・・・。どうしてこのような魔法が・・・?)
その根拠は、エリューマンを簡単に追い返した事や、メルの治療の際の『浄化』が主な理由だ。
(だが、実力を確かめるにはいい機会だ)
サンズの思考は、分析から戦闘へと移行した。
「私が相手をしましょう!【ブレス】!!」
直径1mはあろうかという風の渦がノモス目掛けて飛んでいく。が、彼女はそれをいとも容易く片手で撥ね退ける。様子見で威力を弱めていたとはいえ、女性に、しかも片手で打ち消されるのは、少々彼にとっても誤算だった。
(そう簡単にはいかない、か)
と、大きく息を吸い込む。空気中の魔素を多く取り込む事でより強大な魔法が撃てるようになるのは、魔法を扱う者にとっては常識だ。だがこれが常識だと思っているのは魔法を扱う『人間』のみ。呼吸をする様に魔法を撃つ魔獣や、その他の類には浸透していない。
『!?』
サンズが大きく息を吸った事を理解した他の隊員たちは距離を取り、その事を何故か知らないような素振りのノモスは一瞬反応が遅れた。サンズは《風》の魔法の力でノモスの真上に飛び上がり、爆風の塊を投げ付ける。
「【グロリアスブラスト】!!」
直径5mはあろうかという荒れ狂う爆風の球体がノモスを襲い、効果範囲に入っている木々は衝撃で吹き飛んだ。
「きゃーーー!!!!!」
渦巻く風で視界を奪われ、メルの悲鳴と木々が吹き飛ぶ轟音が聞こえただけで他には何も聞こえない。
(手応えを感じない・・・!?)
地上に降り立ったサンズは、考えを巡らす。自分の深い呼吸に反応せずに距離を取らなかった事、今の手応え。聞き慣れない『浄化』という方法や《木》の魔法。それらを統合すると、彼の中で1つの答えが出た。
「ノモスさん、やっぱりやめましょう。貴女が勝つ事は目に見えてます」
「あら、随分早かったですね?」
視界を奪っていた風が止み、ノモスの姿が現れた。案の定無傷だった。
「自分なりに答えが出ました。・・・ノモスさん、貴女、人間ではないですね?」
「え、それはどういう事ですか!?」
1人の男性隊員が木の陰からひょっこり顔を出した。
「あらあら、バレてしまいましたか」
和かに笑うノモスは、《木》の魔法を解き、出会った時と同じく口元に手を当てた。そして両手をへその前で組むと、全員の顔を見回す。
「改めて、申し遅れました。私、この大地の創造を任された3龍の内の1頭、緑龍のノモスと申します。以後、お見知りおきを」
彼女は深々と頭を下げた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第102話 Side:A》へ続く。
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