第100話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第100話 Side:A》
「・・・どちら様でしょうか?」
サンズは、明らかに警戒している。他の隊員たちも身構え、いつでも魔法が撃てる状態だ。しかし緑髪の丸メガネの女性は手を横に振り、敵意が無いことを示した。
「私は怪しいモノではありませんよ。通りすがりの・・・うーん・・・、何にしましょうか?」
黒いローブを身に纏い、白い手袋を両手にはめ、この【ヘラクレス山脈】の中に似つかわしくない姿に、男性隊員は呟く。
「・・・まるで、教会のシスターみたいだ・・・」
それを聞き、彼女は手を一度叩いて笑う。
「ならばそうしましょう!私はそのシスターです!」
サンズは怪訝な顔をしてみせる。明らかに怪しい人物の怪しい言葉。
「あのですねぇ・・・。我々は今ふざけている場合ではないのですよ、『シスター』?」
シスター、という単語を強調して嫌味の様に言う彼だが、肝心の本人はその嫌味に気付かずにニコニコとしながら倒れたメルへ近付き、腰を落とす。
「待ってください、まだ話は終わって
「この子は今危険な状態です。私に任せてください」
言葉を遮る女性に、サンズは仕方なしに身を引く。
(医者か何かなのか・・・?)
殺意は感じられない。おまけにどういう事か、魔力も感じられない。サンズの鍛え抜かれた洞察力でも、この女性が何者なのかが見抜けずにいた。祈りを捧げる様に指を組んで目を瞑る女性。すると次の瞬間、彼女の体が脱力し、同時にメルの体がピクッと動いた。
『!?』
メルはパチッと目を開け、上体を起こす。
「大丈夫なのか・・・?」
サンズの声に、2重の声が答えた。
「「今から浄化を行います」」
それはメルの声と、緑髪の女性の声が合わさり、無機質な音声へと変わって何かが始まった。見た目だけでは何が行われているか分からず、サンズたちはただ呆然と見ていることしかできなかった。
(浄化、だと・・・?)
聞き慣れない単語に、彼の頭の中は少し混乱していた。サンズが騎士団に入ってから、リゲルを主君と決めてからは魔法の勉強を熱心に励み、見事、隊長の右腕と呼ばれるまでになった。そんな彼でも知らない事が、また一段と成長させるきっかけとなっていた。そして仄かに光を帯び、キラキラとした何かがメルの体から離れ、一体となり、霧散した。一部始終を見ているのに、何が起こったのかが理解できずにいたが、1つだけ目に見えて分かる事は、メルがおっとりした目付きに戻っていた事だ。
「あ、あれぇ?私、どうしたんですか?」
そこにはいつもの、少し抜けたメル・ビスケットがいた。緑髪の女性もムクリ、と起き上がり、彼女が無事な事を確認すると微笑んだ。安堵の溜め息がサンズを始め、他の隊員たちからも漏れるが、彼には引っかかる事があった。
「一先ず、部下を助けていただきありがとうございました」
サンズは頭を下げる。それを見て事の状況を把握し切れていないメルや他の隊員たちも頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらず〜」
緑髪の女性は手をヒラヒラと振る。その顔には余裕しかなかった。そんな彼女を見、サンズは一度唾を飲み、口を開く。
「失礼を承知でお聞きしますが、貴女は何者ですか?何故この様な危険な場所に居たのも不思議です。彼女の状態を一目見ただけで判断し、的確な処置を施した。魔法を使った医術とは、また違ったものですか?」
彼の怒涛の質問に圧されたのか、緑髪の女性は身を引きながら両手を前に突っぱねる。
「い、いや、あの、まず1つ1つ答えさせてください!」
その言葉に我に帰るサンズは、少し恥ずかしそうに頭を掻く。
「・・・申し訳ありません。では、貴女のお名前からお聞きしててもよろしいですか?」
彼はその場に座る。それにつられて他の隊員たちもその後ろに座ると、緑髪の女性も、黒いローブの裾を気にしながらその場にチョコンと座った。
「申し遅れました。私はノモスと申します。この森の管理をしています」
(管理・・・?この森をか?)
ノモスは和かに笑う。
「それで、アナタ方は一体・・・?」
「あ、あぁ、こちらこそ申し遅れました。私はサンズ・ビーフシチュー。アラグリッド王国騎士団の、遊撃部隊の副隊長をしております。こちらへは、騎士団の隊員たちの戦力を上げるため、大猪の『エリューマン』の討伐へと参りました」
それを聞くと、ノモスは口に手を当てて驚いた様子だった。
「あら〜、それはご足労いただきましてありがとうございます」
彼女は頭を下げる。
「それで、私が浄化した魔法なんですけど」
(浄化。またこの単語か)
サンズは無意識に腕を組む。顔を少し俯き加減にし、彼独特の考えるポーズになった。
(初めて聞く言い回しだが、『魔力を無力化』、もしくは『マイナスの事柄を無に』という事なのか・・・。どちらにせよ、今はメル・ビスケットが何事も無く居るのが不思議だ。この『浄化』という方法、もしかしたら、リゲル隊長から教えていただいた『悪しき魔力』をも無力化できるのでは?それよりも方法が意味がわからない。人の中に入ることなど・・・ん?)
彼は刺さる視線に、思わず顔を上げる。するとその視線の主はノモスで、まるで蛇に睨まれたカエルの様に怯えていた。
「ど、どうしましたか?」
焦るが、ノモスは震える声で答えた。
「あ、アナタのその顔が怖くて・・・」
((あ、言っちゃった))
メルを始めとする他の隊員たちは、全く同じ事を思ってしまっていた。幸い、サンズが自分たちの前にいる事で何とかその顔は見られずに済んでいるが、位置が位置なら怒られるどころではないだろう。
「は・・・?いえ、それは失礼しました。怖がらせてしまい、申し訳ありません」
サンズが謝ってくれたことで、今後は少し抑えてくれるだろうという願いを込めつつも、2人の会話を聞く。
「そういえば、先程アナタ方は、エリューマンを討伐しに来た、と仰いましたが・・・」
「えぇ、ヘラクレス山脈を6つの地帯に分け、各リーダーが引率してその各地のボスクラスを倒す
「やめた方が賢明です」
サンズの言葉を、ノモスはバッサリと切り捨てた。意表を突かれた彼は目を見開き驚いていたが、1つ咳払いをして続けた。
「我々には倒せない、と?」
「いえ、そうは言っていません。ですが、ここ数年で、彼らの気性は荒くなり、凶暴化しています。特に、山の大猪エリューマン、沼の怪鳥ステュムパーリー、森の多頭蛇(たとうへび)ヒドラ。この3種は、何かに怯える様に力を付けています。今の私でも、彼らを同時に制御できるかどうか・・・」
(・・・何を言ってるんだ・・・?)
サンズのこめかみを、汗が一筋流れ落ちる。
(この女性が『1人』で、ここのボスクラスを同時に制御だと・・・?一体何者だ・・・?)
「ノモスさん、貴女は森の管理をしていると先程仰いましたが、具体的には何を?」
彼は探りを入れる様な口調でノモスに問うが、彼女もそれを感じ取ったのか、軽く濁す様に答えた。
「そうですね〜・・・。森の魔獣たちが他のところに行かない様に見張ったり、食物連鎖を崩さない様にする・・・とかですかね?」
近くに寄ってきた子猪を抱くノモス。その顔は母のように慈愛に満ちている。とぼけた様にも、本当の様にも聞こえる話し方に、サンズも何か感じ取ったのか、深い溜め息を吐いた。
「・・・まぁ、悪い人間では無さそうですので、警戒はしないでおきます。森の管理が仕事、というのでしたら、我々が動物を狩ったりする行為は処罰に値する事ですか?」
「いえ、それならばご心配なく。先程も申し上げた通り、食物連鎖の管理も、私の仕事の1つです。存分に生命をいただいてください」
笑顔が逆に怪しさを醸し出す。が、サンズも諦めたのか徐々に顔から緊張が抜けていった。
「それよりも良いのですか?」
「え?」
と、ノモスは彼らが座る後ろを指差し、何事か、と振り返る一同。
『!!?』
彼女が指を差す先にはエリューマンが鼻息静かに佇んでおり、今にもこちらに突進して来そうな殺気を放っている。
「広がれ!!纏まっていては的になるだけだ!!」
『はい!!』
突然の戦闘態勢に彼らは焦る。
「ノモスさん、貴女は我々の後ろに・・・、って、ノモスさん?!」
サンズの指示を無視し、彼女は小猪を抱えたままエリューマンへと近付く。その足取りは、早くもなくゆっくりでもなく、自分らを守るがための行為ではないことに、サンズは気付く。ノモスが何を考えての行動かは分からない。彼女はエリューマンの鼻に手を当てて、祈る様に目を閉じた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第101話 Side:A》へ続く。
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