第99話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第99話 Side:A》
女性が、父親と思しき人物と話をしている。が、父親の方は何かに納得していない様子だった。暖炉の温かみのある色が部屋の中を照らし、ゆらゆらと影が揺れている。外は吹雪で荒れ、木造の家は軋み、隙間風が室内に不気味な音をもたらしている。
『おい、メル!お前本当に王国騎士団の入隊試験受けるのか?!』
父親はドンッと木の机を叩いた。その衝撃でカップに入った湯気の立つ飲み物の水面は揺れる。メルはその行動に驚きつつも、冷静に返す。
『え?・・・うん、私ももう20歳だし、そろそろ自立しようかと思って・・・』
彼女は冷えた指先を暖炉で温めながら振り返った。
『魔法が使えないお前が、合格するわけないだろ。夢見てないで、お父さんの仕事を手伝いなさい』
父親は立ち上がって暖炉の側に置いてある猟銃を手に取る。弾は入っていない。
『え〜・・・」
メルは明らかに嫌そうな顔をするが、父親の懸命な目に言葉を詰まらせた。
『・・・そりゃあ、死んだお母さんの仇がいつか現れるとしても、まだ私には・・・』
暖炉の縁の上に飾られた写真立てに、髭の豊かな大きな男の隣に写る赤髪のキレイな女性、その間には赤髪の女の子が元気に写っている。彼女はその写真立てを手に取り、胸に寄せる。
『私には、まだ力が足りない・・・。あの時、私に力があれば、お母さんは死ななかったかもしれない。だから、まずは王国騎士団で鍛えたいの・・・。お願い、お父さん』
真剣な眼差しに、父親は折れた。溜め息を鼻から吐き、猟銃を戻して椅子に座る。
『全く。抜けてるかと思えば時々真剣な目で見てくるなぁ・・・。誰に似たんだか・・・』
カップに入った飲み物を飲むと再び溜め息を吐いた。
『半端は許さないからな』
その言葉に、メルはパッと表情を明るくした。
『ありがとう、お父さん!』
そしてメルは思い出した。根源が何たるかを。
「おい、大丈夫か?」
パッと目を開くメル。視界に入るのは青い空と背の高い木。そして自分は仰向けに倒れていた。
「あ、あれ・・・ぇ?」
後頭部をさすりながら体を起こす。事の把握に時間が掛かりそうだったが、サンズの言葉で理解する。
「今は『基礎体力トレーニング』の真っ最中だ。頭が混乱してるか?」
「え、あ、あ?!そ、そうでしたよね!戻ります!」
と彼女は他の隊員と同じように、背の高い木の太い枝にぶら下がろうと木をよじ登る。握力だけで自分の体重を支える、地味だが忍耐力も鍛えられるトレーニングだ。
(家を出て3年。まだまだ・・・!!)
メルは自分を鼓舞し、汗が垂れるのをお構いなしに木にぶら下がる。
「おーし、後1分で一回休憩挟むぞー!」
サンズの声に、隊員たちは一層力が入る。だが、意識し始めれば余計に体力の減りは激しく、集中力も解け始める。メル以外の5人は同じ事を思っていた。
((1分が長い!!!))
全員の握力は既に限界に近い。メルが落ちてしまった事がそれを表しており、上を向いて気を紛らわせる者、根性で歯を食いしばる者、目を瞑って自分の世界に入って時間を忘れる者と様々だ。その様子を見ているメルも、自分の体に鞭を打つが、肩の力だけを抜き、握力だけに集中し時間を待った。
「1分経った。手を離して良いぞー!」
サンズの声と共に手を離して地面に降り立つ6人。手を握ったり開いたりを繰り返しており、しばらく放心していた。
「つ、疲れたぁ・・・」
メルもグデッと仰向けになり、息を切らした。集中力を一気に解くと、今までアドレナリンが出ていたために感じなかった事が押し寄せる。腕や手のひらをマッサージしながら空を見るが、やけに澄んだ空気に、今自分が置かれている状況を忘れてしまいそうだった。
「さて、次は魔力コントロールの訓練を行う」
その言葉に、6人は再び気を張る。が、サンズは座り、その周りに座るように手で合図を送り始めた。
「座ったな。よし、全員目を閉じろ」
言われるがままに隊員たちは目を閉じる。サンズの声だけが聞こえてきた。
『魔力のコントロールに必要なのは、まずはイメージだ。自分の真ん中に魔法の属性を思い浮かべるんだ。私なら《風》。小さな風の渦を思い浮かべ、それを自由に操る。やってみろ』
言われるがままに集中してみるが、メルは自分が魔法を使えない事を知っている手前、何を想像して良いのかさえ分からずにいた。
「あ、あの〜、サンズ副隊長・・・?私はどうしたら・・・」
「メル・ビスケット。お前は全部の魔法の属性を1つ1つイメージしておけ。昨日まで魔法が使えなかった人間が次の日急に使えるようになった事例も、ないわけではない」
「・・・はい!」
期待に胸膨らませてイメージを始めるものの、やはり集中はできない。思い出すのは故郷の事ばかりだ。木から落ちて気を失っている間に見た夢は、思いの外、彼女の脳裏に鮮明に焼き付いていた。
(集中集中・・・)
「思い浮かべた小さな属性の火種を、まず体の右側に移動させるイメージをしろ」
サンズの声は穏やかだ。普段の手厳しい姿からは想像もできない程に、優しく、柔らかい。その声に安心し始めているのか、メル以外の5人は集中し、呼吸が安定し始めた。
「次は左側に移動させろ」
ゆっくり移動させている者や、素早く移動させている者の区別は外見からは分からないが、サンズには手に取るように分かるようだった。
「おい、そこ、乱れてるぞ」
彼に指をさされた、レイピアに《風》の付与系魔法を使う女性隊員は体をビクッと振るわせる。
「はい!すみません!」
目を瞑っていても自分だと分かるのは、恐らくサンズが攻撃魔法とは呼べないレベルの風を指先から出して触れているからだろう。
(ん・・・?)
と、妙な気を感じてサンズは振り向く。その方に座っていたのはメルだ。
「・・・おい」
「ひゃ、ひゃい?!」
彼女は突然話しかけられた事と、《風》を当てられた事で甘噛みをしながら反応した。
「お前、何を考えてる・・・?」
「魔法の全属性を1つ1つだと時間が掛かりそうなので、とりあえず2つ想像してやってます」
(2つ・・・か)
魔法が使えない者は、想像する事はできても、魔力を込めて具現化する事はすぐにはできないのが通常だ。だが、メルのように複数想像することは、何が適応しているのかを理解し、すぐさま具現化する行程に移れるのはメリットだ。
「誰しも、産まれながらにして魔力があり、魔法が使えるわけではない。個人差はもちろんある。今のその感覚、忘れるなよ」
「はい!」
(えーっと、
頭を切り替えながら、次々と想像していく。しかし、彼女の体に異変が起きた。
(あれ・・・?体が、熱い・・・)
「はぁっ・・・、はぁっ・・・」
呼吸も徐々に乱れ、一度引いた汗が再び流れ始め、体から力が抜け、その場に倒れ込んでしまった。異変に気付いたサンズは駆け寄り、他の隊員たちも中断して様子を見ていた。
「どうした?!」
「はっ・・、はっ・・」
呼吸が先程よりも短く、浅い。何かの病気かと疑うが、原因は魔力コントロールの最中のイメージだ。自分に適応している属性なら大丈夫だが、そうではない属性の想像は、体に反発して副反応が起きるケースがあることを、サンズは知らなかった。
「おい、大丈夫か?!しっかりしろ!」
尋常じゃない汗の量に、サンズは焦る。しかし、メルに副反応が出たということは、魔力がないわけではない事は証明された。
「・・・・・・」
そしてついに、呼吸が止まってしまった。
「嘘だろ・・・?」
突然の異常事態に、サンズを含め、他の隊員も立ち尽くしたが、後ろから聞こえてきた女性の声に、一同は振り返った。
『あらあら、どうかしたんですか?』
そこには耳まで掛かる緑色の髪を持つ、丸メガネを掛けた女性が口に手を当てて驚いた様子でこちらを見ていた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第100話 Side:A》へ続く。
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