第97話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第97話 Side:A》


シャークが纏う《水》の付与魔法、【流水魔装(りゅうすいまそう):リヴァイアサン】は、荒れ狂う海のように猛々しい魔素の流れが渦巻いている。


「シャーク!無理しないで!!」


フローラからの気遣いは、今の彼には届かない。全力で行かなければやられてしまう事を、シャークは本能で感じ取っていた。


(勝負に時間は掛けられない・・・。最初から全力だ!!!)


彼は走りながら右腕を振りかざす。纏う《水》の魔力が渦巻きながら、ジェストが放った【スパイラル・トーピード】の様に一直線にステュムパーリー向かって飛んでいく。それは放出系の魔法の様に使用者から切り離されて飛ぶわけではなく、あくまでも彼の『一部』として、まるで生き物かのようにうねる。それは今までシャークが放出系の魔法を少し扱えていたことが生かされているのか、使用者から場所が離れても効力を失う事はなかった。


「うおおおおおおおおお!!!!!」


しなる右腕に続くように長く伸びる水の塊が、ステュムパーリーに勢いよくぶつかる。激しい蒸発音と共に、鞭で打たれたかのような衝撃に奴は吹き飛ぶ。壁にめり込んだステュムパーリーは未だ熱を持った赤色の状態だが、少しだけ、ほんの少しだけだが、その赤色の光が弱くなっていたのを、シャークは見逃さなかった。


(弱点はこれか!?)


彼は付与系の魔力で更に向上しているその身体能力で一気に間合いを詰める。


「せいやぁぁぁぁぁ!!!」


次は左手を開き、力士の張り手の要領でまだめり込んで脱出できていないステュムパーリーに追い討ちを掛ける。が、当たる寸前で上空に逃げられてしまった。


「くそっ!」


奴は再び上空で旋回する。この勢いで仕留めておかねば長期戦になってしまうかもしれないと考えたシャークは、なりふり構わず両腕の延長線上にある伸ばした水の塊を振り回す。


「うおりゃああああああああ!!!」


狙いは定めてはいるものの空を切る。


「ちくしょう・・・!」


焦りが顔や行動に出始め、全力で酷使していた魔力も、段々とだが弱まってきているのを肌で感じていた。


(まだ慣れてないだけあって、魔力の消費量も半端じゃない・・・!)


何度も振り回すせいか、次第に攻撃が当たらない苛立ちも混じり、シャークは冷静ではなかった。


(こんな時、アルタイルがいてくれれば・・・)


彼は、2人で訓練していたとある日の事を思い出していた。




『くっそぉ・・・!抑えきれない・・・!』


シャークの右手に集中する《水》の魔力は暴発した。



ボォン!!



『うわっぷ・・・!流石にまだ留めておくのは数十秒ですね』


アルタイルは水煙を払う。


『でも、自分の魔法が付与系だったって判明したのはデカい。これで、同期の奴らにも引けを取らないぜ!』


『・・・・・・』


意気込むシャークを、アルタイルは静かに微笑んで見ている。そんな視線を感じ、シャークは振り返った。


『どうした?』


『・・・いえ、シャークは凄いですね。放出系だと思って今まで魔法を使っていたのを、昨日今日で付与系だと判明してからの成長度合いは、頭が上がりませんよ』


『よしてくれ!俺もアルタイルも同期なんだ!凄い、凄くないは感じても、頭が上がらないなんて言葉言わないでくれよ』


シャークはそんなことを言いながらも照れながら笑って手を振る。それを見たアルタイルもフフッと笑い、シャークの緊張が解けた様にも見えた。


『何か、笑ったらいけるような気がしてきたぜ』


『おや、それは良かったです。私も何だか強い魔法が撃てる気がしてきましたよ』


そしてお互い目の前の巨大な岩に向かって魔法を放った。




(笑う、か・・・)


肩の力を一瞬だけ抜き、魔力も極限まで弱める。するとステュムパーリーを追っていた水の塊も、魔力の濃度は薄まり、速度も遅くなり、物理的に細くもなったりし、奴にとっては反撃のチャンスを与えてしまった様なものだった。ステュムパーリーも頭が良い。そして狡猾だ。これを見逃すはずがなかった。上空で高速回転を始め、またしても辺りには耳元でチェーンソーを鳴らされているような不快な音が響く。奴は高速旋回した後、初速から音速を超える勢いで周りにソニックブームを生み出しながらシャークに向かって飛んでいく。


「!!?」


それに気付いた彼はすぐに防御の構えに移ろうと、伸ばした水の塊を自分の前にクロスさせ、ステュムパーリーの予想できる通り道に配置するが、魔力の密集度が弱まっていたからか、奴はシャークの流水魔装の腕を突き抜けた。蒸発音はしているが、それは止まる事なくシャークの腹部に高速回転したまま突っ込む。辺りを覆う程の蒸発した水蒸気に、思わず目を覆う。


「がはっ!!!!」


「シャーク!!!!」


フローラの声がこだました。背中側からしか見えていないが、シャークを包み流れる水の中にフワリと、赤い液体が混ざり混んでいた。


「!?」


徐々にそれが血だと理解し始める頃には、シャークの周りを流れる《水》魔法は徐々に赤色になりつつあった。


「・・・・・・!!」


絶句するフローラだが、よく見るとシャークの口元がニヤリと笑っているのが見えた。


「やぁっと捕まえたっすよぉ〜・・・!」


彼は薄くした魔力を自分の胸部と腹部に集中させ、わざとステュムパーリーに突進させていた。しかし高速回転する奴のクチバシを上下で挟むように捕らえているため、抑えきれなかった熱と摩擦で手のひらがベロベロになったのと、クチバシが少し刺さった傷口から血が出ていたようだった。回転が止まったステュムパーリーは見るからに動揺し、抜け出そうと羽ばたいたり、足の鉤爪でシャークの体目掛けて攻撃をするが、彼の周りを覆っている流れる水がそれを邪魔する。その間も蒸発音が聞こえ、徐々にステュムパーリーの体から赤みが抜けてきていた。温度が下がってきているようだった。そして流れ続けている事で洗浄作用もあるのか、先程フワリと漂った血の色も、気付けば最初からなかった様に透明になっている。


「よくもうちの仲間を攫ってくれたっすねぇ・・・!」


と、シャークは両手で挟む様に掴んでいた奴のクチバシを左手一本に持ち替え、右腕は高く挙げる。すると、遥か天高く、彼の魔力が渦巻く水の塊が伸びた。その高さは奴が旋回していた高度よりも高い。先程よりもジタバタと体を動かして逃れようとするステュムパーリーだが、今のシャークの力強さからは羽根を動かすのがやっとのようだった。


「安心しろ、これ以上苦しませることはねぇっす」


彼は突き上げた右手を奴の頭部目掛けて一気に降り下ろす。それに着いてくるかの様に、天高く伸びる水の塊も同時に降ってきた。


「【水魔(すいま)の一撃(いちげき)】!!!!!」



ボゴンッ!!!!!!!!



何かが砕ける鈍い音と、滝よりも鋭い速度で降ってきた流水の衝撃音が入り混じり、地形が変わってしまうのではないかと思うほどのシャークの一撃は、見事、ステュムパーリーを沈黙させた。直径3m程のクレーターができ、頭蓋が砕け、白目を剥き、だらしなく口を開けて舌が出ている様子を見れば、誰がどう見ても討伐したと言うだろう。シャークは震える右拳をギュッと握り、吠えた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


その雄叫びにフローラは安心し、気絶していたカペラ、シャウラ、ジェストをも起こした。事の把握には時間は要らなかったが、ここから戻る際、カペラとシャウラに執拗なまでの尋問があったのは言うまでもないだろう。シャークのサプライズで湿地帯のグループに火が点いたのか、すぐさま次の週には1人1羽狩れるようになり、怪我をしながらも、着々と力を付けていった。

場所は山岳地帯に移る。サンズが山頂から破り、放り投げたトレーニング法が書かれた小冊子を見付けるため、メル・ビスケットは三日三晩奔走していた。


「お腹空いたよぉ〜・・・」


赤色のゆるふわボブヘアーを揺らしながら、彼女は深い森の中で空腹と戦っていた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第98話 Side:A》へ続く。

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