第96話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第96話 Side:A》


赤いステュムパーリーの体はさながら、熱した鉄のように高熱を帯びているようだった。ぶつかる雨水は、一滴残らず音を立てて蒸発している。距離を取ったフローラたちにさえ、その蒸発した水分から漂う熱気が伝わっており、思わず身を背けたくなる程だった。


「厄介な事になりましたね・・・!」


フローラは半身に構えて右の手のひらをステュムパーリーに向ける。


「喰らいなさい!【グレイブ】!」


そう唱えると、奴の周囲から先の尖った石柱が5本、空中から現れ、貫く勢いで突き刺す。が、熱を帯びた金属の羽根は硬質化しているのか、フローラの放った《土》魔法をいとも簡単に崩れさせる。


「えっ!?」


まだ未知数の戦闘力の赤いステュムパーリーに、傷一つ付けれれば御の字だと思っていた彼女にとって、無傷で、しかも今の攻撃が通用しなかった事に驚いてはいたが、ならば、と今度は両手を向ける。


「【クラッグ・クラッシュ】!!」


奴の両側から直径3m程のゴツゴツとした岩が叩き潰す様にぶつかる。鈍い音と共に衝突により岩が砕け、普通の人間相手なら勝負あっただろう。しかし今の奴には効かなかった。砕けた岩の破片を振り払うように高速回転しながら上空に飛び上がり、そのままの勢いで旋回してこちらに向かって飛んでくる。空気を切り裂く音は不快で、耳元でチェーンソーを振り回されている気分だった。そして着弾する。速度による衝撃波、熱波、衝突の際の物理的な攻撃。それはまるで核弾頭でも撃ち込まれたかのような爆撃に、彼らは吹き飛んだ。


「きゃああああああ!!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

「くっ・・・!!」

「うぉあ!!!」

「・・・っつ!!!」


音速を超えた突進は、彼らに多大なダメージを与えた。岩壁にぶつかり気を失う者、衝撃の大きさに後ろの林まで飛ばされた者と様々だったが、この男だけは辛うじて直撃を免れ、立ち上がった。


「ち・・・く、しょう・・・がぁぁぁ!!」


「シャーク・・・!!」


フローラは心配そうに彼を見つめる。シャークの底から湧き上がるやる気と根性には頭が上がらないが、昨夜作戦会議の時に異議を申し立てた人物こそ、彼なのだ。



『フローラ副隊長、1つよろしいですか?』


『はい?何でしょうか?』


『もし、みんながピンチになった場合、自分が前線に立ちたいと思っております』


『私の作戦は言わば定石。各隊の意味を汲んだものになってますが、それが不服、と?』


『いえ、不服だなんてとんでもないです!ただ、今回のこの試練、自分で言うのもなんですが、ただならぬ覚悟とやる気を持ち合わせております。ですので、この行き場のない気持ちを使う場を設けてはいただけないかと・・・』


『・・・分かりました。ただし、条件があります。全員が戦闘するのに困難となり、且つ、アナタが立ち上がった場合、前線を任せます』


『ありがとうございます!!』



(彼には、何か考えが・・・?)


ステュムパーリーが突進してきた衝撃で砕けた岩の破片での擦り傷を少し気にしながらもフローラが起き上がって見ると、シャークからはとんでもない量の魔素が漏れていた。


「!?」


彼が何をしようとしているのかは分からない。が、このピンチを脱することができるかもしれない、とフローラは心の奥底で思っていた。普段、訓練や実戦などで見ていた彼の《水》の放出系魔法は、水鉄砲をホースで出した様な威力しか出せなかったのだが、今の彼の纏うオーラからは、《力強さ》しか感じなかった。


「はぁあ!!!」


シャークは右手を上に突き上げる。すると漏れていた魔素が集まり、彼の右手に集約する。




「大丈夫なのか?俺たちも行かなくて・・・」


アイザックは、ルナールとアルタイルの肩を借りてゆっくりと来た道を戻っていた。ぬかるむ足場に苦戦しながらも、彼らは順調に拠点へと向かっている。


「どういうことですか?」


アルタイルが聞き返すと、アイザックは不服そうな顔だった。自分が戦闘に参加できないことによっぽど納得がいっていない雰囲気がバチバチに伝わってきていた。


「こんな怪我負って、すぐに出れるわけないでしょ。私だって、本当は付いて行きたかったわよ」


ルナールも溜め息混じりに口を開く。


「そういえば、何でシャークはあんなに張り切ってんだ?」


「訓練の成果を見せたいのでしょう」


滑らないように足元を確認しながらアイザックの質問に答えるアルタイル。彼は最近、シャークの魔法の訓練に付き合っていた。成長を目の前で見ているだけあって、自分の事のように誇らしくしている。


「成果、ねぇ・・・。こんな短期間で強くなれるんなら苦労しないな」


アイザックは初めて会った入隊試験の時の事を思い出しているようだった。水鉄砲程の威力の《水》魔法をホースで出しているような、何とも戦闘には向かない魔法しか使えなかったのは、今でも彼の脳裏に焼き付いている。アラグリッド王国を襲ったモグラ型の魔獣の時にも、数分間水浴びをさせ続けていたのは、良い思い出だ。


「ふふっ・・・!」


アルタイルは不敵な笑みを浮かべた。


「どうした?俺、変な事言ったか?」


「いえ、ただ、私は今回の試練、一番活躍するのはシャークじゃないかと思ってます」


『?』


アイザックもルナールも首を傾げる。いくら一緒に訓練していてお互いの成長過程を知っているからと言って、副隊長や先輩を差し置いて一番活躍するという言葉には、疑問ばかりが浮かぶ。


「・・・どう言う事?」


ルナールが先に口を開いた。


「シャークの魔力、圧倒的に同期の中で一番なんですよ」


『・・・はぁ?』


2人は口を揃える。それはお互いが自分、もしくはコウキが同期の中で一番の魔力を有していると思っていたからだ。


「いや、流石にそれはないだろう・・・。アイツの《水》の放出系魔法を何度も見てるが、俺よりも魔力量が多いなんて思ったこと・・・

「シャークの魔法、放出系じゃなかったんですよ」


アルタイルはアイザックの言葉を遮った。


「彼は自分でも放出系だと思い込んでいましたが、実際は《水》の付与系の魔法使い。調査機関で調べてもらったので間違いないですよ」


2人は開いた口が塞がらなかった。


「・・・マジ?」


「マジです」


アルタイルは更に誇らしげだ。アイザックのどことなく間抜けな顔は、もはや先程傷を負って血を流した人物とは思えない程元気だった。


「じゃ、じゃあシャークは、本当は付与系の魔法使いなのに、それに気付かずに放出系だと思い込んで今まで魔法を使っていたってこと・・・?」


こめかみから汗を滲ませたルナールは足を止める。


「そういうことになりますね」


彼女が止まったことにより、アイザックのもう片方の肩を担いでいるアルタイルも足を止める。


「あり得るのか・・・、そんな事って。生まれ持った系統以外は使えないはずじゃ・・・」


「さぁ・・・。私も最初は驚きましたが、調査機関の方々が仰(おっしゃ)っていたのは、『魔力量が常人の2倍から3倍ある』のだそうです。それがもしかしたら、系統の違う魔法を少し扱えた、という事ではないでしょうか?・・・後、・・・いえ、やっぱりこれは、今は辞めておきます・・・」


まだ何かあるのか、と、途中で辞めたアルタイルの言葉は、2人の意識を変えるきっかけとなっていた。アイザックは2人の補助を外して、1人で歩き始めた。




「はぁあ!!!」


右手に集約した魔素は、《水》の魔力によって統合していく。そしてそれを握り潰すと魔素が爆発し、辺りを荒れ狂う。目を覆う程の混濁とした気の流れは、まだ彼がソレを完璧に使いこなせていない事を表していたが、気合いと根性が売りのシャークは、何とか持ち堪える。


「初お披露目っすね・・・」


『!!?』


その場にいる全員が、驚愕していた。


「【流水魔装(りゅうすいまそう):リヴァイアサン】」


シャークの体の形を満遍なく覆う《水》は留まることを知らず、延々と流れ続けていた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第97話 Side:A》へ続く。

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