第95話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第95話 Side:A》


「そんな・・・!」


カペラは遥か上空に連れ去られたシャウラに何もできずに言葉を漏らす。口を開けたまま絶望する彼女に、フローラはその肩を叩く。


「安心してください。必ず連れ戻します」


薄く潤んだ瞳を見つめると、彼女はゴクリと唾を飲みながら1人で走っていこうとしたが、それをシャークが止める。


「待ってください!!」


その声に振り返ると、彼は物凄い形相で仁王立ちをしている。


「・・・どうしましたか?」


「自分も行きます!」


「シャーク。無理しなくて良いのですよ?」


「無理ではありません。お願いします」


その鋭い眼光に、フローラはたじたじだ。年もそう離れていないシャークに、頭を下げられては、彼女も折れる他ならなかった。


「・・・危険だと判断したならば、すぐに退いてくださいね?」


「はい・・・!!」


「それならば・・・」


と、フローラはアイザックの介抱をしているルナールたちの方を向く。その視線に気付き、目が合う。


「ルナールとアルタイルは、アイザックを拠点へと運んで傷を診てあげてください。ジェストとカペラは、私と一緒にシャウラの奪還へ向かいます」


突如飛んできた指示に、彼らは気を引き締める。


『はい!』


「行きましょう」


フローラはカペラ、ジェスト、シャークを連れてステュムパーリーが去った方向へと急いで向かった。アルタイルとルナールも、よろよろと立ち上がるアイザックに肩を貸し、ゆっくりだが、拠点へと戻っていった。

そして湿地帯には、いよいよ雨が降ってきた。フローラたちは雨に体を濡らしながらも、ステュムパーリーを見失わないように後を追っていた。草木を掻き分け、時には枝で頬を切りながら、ぬかるみに足を取られて泥だらけになりながらも、彼女らは走り続けた。


「・・・ふぅ・・・。ようやく止まりましたね・・・」


強くなってきた雨が体や顔に付着した泥をわずかだが落とし、防具は水分を吸って重くなり、体温も奪われつつあった。一息吐いている余裕などないのだが、フローラにつられてか、カペラ、ジェスト、シャークの3人の顔にも疲労感が見えていた。それほどまでにステュムパーリーは移動をしていた。これが、奴が考えてしているのであれば、相当知恵があり、厄介他ならない。薄暗い谷を隔てた先の枯れた大木の枝に留まり、シャウラを攫(さら)ったステュムパーリーは優雅に金属の羽根を鳴らしながら毛繕いをする動作をしていた。そしてその真下には、腹部に夥(おびただ)しい量の血を付けたシャウラが、雨を凌ぐように大木に体を預けていた。気を失っているのか、彼女は微動だにしない。それを見てカペラは正気を失いそうになる。


「!!?」


口に右の手のひらを当てるや否や目からは涙が溢れそうになるが、それを堪える彼女は左拳で地面を殴りつけた。と、シャウラの真上に居たステュムパーリーは何かを見つけたのか、彼女らが居る方向とは違う方を向き、そちらへと飛んでいった。これ幸いと身を乗り出し、対岸の大木がよく見える場所へと急いで走り、カペラは思わず叫ぶ。


「お願い、起きて!!!!!」


「ダメ、大声は出さないで。奴らが集まってきちゃう」


「くっ・・・!」


それをフローラは止める。


「しかしフローラ副隊長、このままでは彼女が・・・」


ジェストの声に、フローラは頷く。


「分かってるわ。今あの子を助ける方法を考えています」


「・・・お願い、起きて、シャウラ・・・」


カペラは神に祈る様に手を組んだ。特徴的な紫色の長髪からは雨が滴り、涙なのか雨なのかが分からなくなっていた。激しく降る雨に、カペラの声は掻き消されたが、晴れていたのなら彼女の声が聞こえてしまう距離に、ステュムパーリーはいる。どう動くかフローラが考えていたところ、後ろでその一部始終を見ていたシャークが、自信ありそうな顔でズンズン進んでいった。


「・・・えっ?シャーク・・・!?」


予想もしてなかった行動にフローラは動揺する。カペラもジェストも、顔を見合わせるが、当の本人は怒りなのか、かなりの自信なのかは分からないが、肩や胸を張ってシャウラを見つめる。そしてスンッと一回匂いを嗅ぐ。常人では何も感じないが、彼の鼻は何か匂いを感知しているようだった。


「この匂い・・・。シャウラの腹に付いてる赤いやつ。あれ、血じゃないっすよ」


『え!?』


フローラ、カペラ、ジェストは同じ反応だった。


「何かこう・・・果実のようなものを潰した汁みたいな・・・。清涼感のある甘い香りがします」


「ということは、流血による気絶ではなさそうね」


気絶している理由として考えられるのはステュムパーリーの糞の臭いによる幻覚、幻惑作用によるものだが、この雨でほとんど甘い匂いは分からない。しかし、鼻も効くシャークが幻惑に掛かっていないのは、ここに奴らの糞がない証拠でもあった。


「まだ奴が戻ってこない内に救出してしまいましょう」


フローラがステュムパーリーの飛んでいった方へ向くが、奴は僅かに見える上空で旋回している。これ幸いに、と彼女は崖の際に膝を突き、地面に手を当てる。魔力を込め、集中すると、崖の際から対岸の崖へと掛かる、横幅2m程、長さ10m程の石橋が形成されていった。フローラの魔法は《土》の放出系。人が渡る分の強度の足場を作る事は造作もないことだった。


「すごっ」


感嘆の声が漏れるジェストを尻目に、カペラとシャークは石橋を渡る。下は濁流となっている川。高さは何十mもあるだろう。下を恐る恐る覗くジェストはその高さに怖気付いたのか、一瞬身を震わせて覗くのを辞めた。


「シャウラ!シャウラ!」


カペラは彼女の肩を揺らす。


「・・・ん・・・・・・?カペラ・・・?」


シャウラは、ゆっくりと瞼を開け、カペラの名前を口にする。どうやら見たところ怪我はしておらず、連れ去られた時に捕まれた服の腰部分が少し破れている程度だった。


「立てるか?」


シャークは肩を貸す。頭を軽く押さえながらもシャウラは立ち上がるが、自分の異変に気付いた。


「・・・何これ?」


左手で腹部に付いている赤い液体を拭う。匂えば、明らかに果実の様な甘さが鼻を突く。


「たぶんこの辺に自生してるベリー系の果物だろう。ところで、何でシャウラだけ連れ去られたんだろうな?」


シャークの問いに、彼女は思い当たる節があるのか少し考える。


「・・・もしかしたら、これが原因かも」


と、彼女はズボンのポケットから木の実を取り出した。見た目はドングリを一回り大きくしたものだ。


「・・・私が攫われた近辺の木になっていた物で、昨日と一昨日でほぼ全部取り尽くしちゃったの。それに怒って、私だけ連れ去ったのかも」


フローラの作った石橋を渡り終え、安心したのかシャウラからは思わず笑みが溢れた。半分本気で半分冗談で言ったであろうその言葉は、周りを和ませた。が、その空気は遠くで聞こえたステュムパーリーの啼き声が切り裂いた。


『!?』


もう戻ってきたのか、とシャークは振り返る。


「【スパイラル・トーピード】!!」


と、振り返るシャークの顔面の数cm横を、螺旋状に渦巻く水の魚雷が、戻ってくるステュムパーリー目掛けて勢いよく飛んでいく。



…ドォン!!!



少し遠くで命中するが、そんなことはお構いなしにこちらに向かってきている。そのスピードはルナールの【稲荷憑き】の速度を明らかに上回っている。


「突っ込んできます!!みんな避けて!!」


フローラの言葉と同時に、ロケットの様に飛んできたステュムパーリーは彼女らのいる場所へと着弾した。


「うわぁー!!!」

「きゃー!!」

「うぐっ!!!」

「っあ゛ぁ!!」

「くっ・・・!!」


激しい轟音や、地面に穴が空いてしまうのではないかと思う程の衝撃がフローラたちを襲う。彼女らが追撃を避けるために素早く体勢を立て直すが、突っ込んできたステュムパーリーの姿を見て驚愕した。


「赤い・・・ステュムパーリー・・・?」


今まで見ていた金属の鈍色ではなく、まるで刀に火を入れた様に赤く光るステュムパーリーが翼を広げてこちらを激しく威嚇していた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第96話 Side:A》へ続く。

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