第94話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第94話 Side:A》


5日目。

薄暗い鈍色の雲に覆われた湿地帯では、いよいよ全員で1羽のステュムパーリーに挑もうと、小群の内の1羽が単独行動するのを草陰に隠れて様子を窺っていた。

2日目、3日目とそこでの暮らしに順応し、4日目に、初めてそこでの生活以外で魔法を使った。相手は食糧になる動物に対してだったが、試練が始まって以降使った魔法と言えば、《火》の放出系が焚き火を起こしたり、《水》の放出系がシャワーの水を貯めたり、と、その他にもあるが微調整が必要なものばかりだった。その為か、彼らが感じた『変化』は身をもって実感していた。今まで戦闘に使っていた魔法が、『強』と『弱』だけだったものが、今では『5段階』の力の加減や調節が可能になっていた。これが何の役に立つのかは、現段階では彼らはまだ分かっていない。だが、その動物の大きさに対してどれ程の魔法を使えば身体を損壊させずに仕留められるか、を学んでおり、『力の強弱』の次のステップに移行せんと、フローラも考えを巡らせていた。

そして今、その『力の強弱』を会得した彼らは、初めてそれを戦闘に応用するために3羽のステュムパーリーの小群を目の前にしていた。


「なかなか単独行動しないなぁ・・・」


アイザックがヒョイ、と、見付からない程度に草の陰から顔を覗かせた。


「必ずその時は訪れます。今は根気よく待つのが正解です」


フローラの言葉に、一同はゴクリと唾を飲む。彼らが身を潜めてから、早2時間程が経過している。いい加減、待つのにも飽きてきているのが正直な意見ではあるが、命のやり取りをする以上、迂闊に判断はできない。が、痺れを切らしている人物がいた。


「・・・フローラ副隊長、俺、行ってきちゃダメですか?」


ジェストは少しイラついている様にも見えた。お調子者の彼は、じっと耐え忍ぶ事が苦手な様で、アイザックが口を開く少し前からソワソワし出していた。


「食糧調達の時は許可しましたが、今こちらが単独行動するのは危険です」


しかしそれには納得していない様子のジェスト。鎮める為なのか、一度鼻から息を吐く。しかし、フローラの今にも潤みそうな必死な眼差しに、彼は折れた。


「・・・分かりましたよ。待ちます」


落胆したような肩にアイザックは手を置く。後輩に慰められ、寂しい背中となった彼だが、それと同時に、ステュムパーリーの方に動きがあった。


「・・・ん、1羽だけ飛んでった」


シャウラは目でそれを追う。向かったのは山岳地帯の方向だ。


「追いましょう。完全に群れから離れたら、作戦通りに」


『はい・・・!』


フローラが昨夜、みんなを集めてステュムパーリーを狩る作戦を練っていた。まずは1羽が群れから切り離されたら突撃部隊であるジェストとアイザックが先手を撃つ為に強襲し、次にその後ろから状況に応じて遊撃部隊のルナールが追撃を喰らわせる。主にこの3人が攻撃の主軸を担い、陽動部隊のカペラとシャウラが場を掻き乱してステュムパーリーを混乱させ、魔法の苦手なアルタイルとシャークはフローラの後ろで、劣勢になれば即座に退けるように体力を温存してもらう。というものだった。が、これに1つだけ異議を申し立てた人物がいたが、この時はまだその異議を保留にしていたままだった。というのも、フローラが提案したのは基本に忠実に、各隊の持ち味を生かした作戦なのだが、その人物が発言した事は、この作戦を大いに覆すものだったからだ。


(まさか、彼からあんな言葉が出るとは・・・)


とフローラは先頭で身を屈めながら歩き、一瞬後ろを確認する。全員顔付きは真剣そのものだったが、昨夜フローラの作戦に異議を申し立てた人物だけ、目の色が少し違っていた。


(ふふっ・・・。その覚悟がどれ程のものか、見せてもらいましょうか)


不敵に微笑むフローラに、数人は背筋に悪寒を感じていた。

そして1羽、単独行動を取ったステュムパーリーを追うと、湿地帯の中でもずいぶんと硬い地盤の開けた場所に来た。周りにはゴツゴツとした岩場に近いところもあり、山岳地帯まで来てしまったのかと思う程だった。アイザックたちは一段下がったところに身を潜めて機を窺う。すると、1羽のステュムパーリーはこちらに背中を見せて谷底を覗いたり、天を仰いだり、金属の羽根を毛繕いしているのか、クチバシが当たる音が小気味良かった。それを見て、ジェストとアイザック、そしてルナールは顔を見合わせて頷き、フローラの顔を見る。すると彼女も頷いた。


「行くぞー!!」


威勢良く真っ先に飛び出したのはジェストだ。それに遅れを取るまいとアイザックも飛び出し、彼は自身の履いているブーツに《風》の魔力を込める。と同時に高く飛び上がり、ステュムパーリーの頭に目掛けてカカト落としを放つ。


「どぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」


しかしその攻撃は避けられてしまった。


「アイザックどけ!俺が行く!!」


ジェストは手のひらを胸の前で、まるでそこに玉でもあるかの様に空洞を作る。そしてその空洞にできた水の塊を瞬時に両手に分けると、各手に10cm程の水の玉ができあがった。


「【X(えっくす)・トーピード】!!」


それを同時に投げつける。対象に向かって飛ぶ様は、まさにアルファベットのエックスの軌道を描く。飛び上がって間もないステュムパーリーは、突然2方向から一直線に向かってくる魚雷は避けきれずにその一撃を貰ってしまう。



ドォン!!



金属の破片が散乱する。ステュムパーリーの羽根が傷付いた証拠だ。それに追い討ちを掛けるルナールが《火》の魔法を【白狐のお骨】に付与させ、全身に纏って回転しながら弾丸の様に突撃する。青い炎を纏った彼女は、ここにいる誰よりも速く、そして鋭い。


「【稲荷憑き(いなりつき)・蒼抉弾(そうけつだん)】」


空気を切り裂く音と共に着弾すると、辺りにはジェストが放った魔法の衝撃を上回る程の金属片が散らばった。それが光を反射してキラキラと目を奪う。何だ、あっけなかったな、と3人で顔を合わせていると、舞う煙の中からステュムパーリーは上空へ勢いよく飛び上がった。


「え、無傷・・・!?」


ルナールはその様子を見て驚いていた。あれだけの羽根から破片が出たにも関わらず、ステュムパーリーの体には傷ひとつ付いていなかった。羽根も回復しているのか、戦う前よりも光を反射している様にも見える。そして今度は自分の番だ、と言いたげに奴は啼く。


『キェェェェェェェェェ!!!!!』


耳をつん裂く高音。思わず耳を塞ぎ、片膝を突く者もいた。ステュムパーリーは空を自由に動き回り、アイザックの真上に移動したかと思えば金属の羽根を滝の様に撃ち下ろしてきた。


「うわぁぁぁ!!!」


「アイザック!!!」


降り注ぐ金属の羽根を掻い潜る様にルナールは避けながら助けに向かおうとするが、左肩と右足に攻撃を貰ってしまう。


「・・・くっ!」


だがアイザックはまともにそれを受けている。早く助けなければ、と彼に体当たりをぶつけて攻撃の範囲外へと飛ばす。飛んだ先が幸いにもフローラやカペラたちがいる方で、すぐにカペラが出てきて介抱に向かう。


「大丈夫!?」


「うっ・・・」


頭、両肩、両腕、腹部に金属の羽根が無数に刺さり、血も少なからず流れている。


(このままじゃマズイかも・・・、そうだ・・・!)


「シャウラ!」


カペラはシャウラを呼ぶ。


「この辺に生えてそうな、傷に効く薬草を取ってきて」


「・・・分かった」


とシャウラは踵(きびす)を返してどこかへ行こうとした。が、それをフローラは止める。


「ちょっと!今単独行動は危ないですよ!」


「・・・大丈夫です、昨日も一昨日も、この辺りは1人で散策してますのでーーー・・・!?」


一瞬、傷付いたアイザックに気を取られた全員がステュムパーリーにしてやられた。奴はシャウラをクチバシに咥えて遥か上空へと飛び上がり、そのまま意気揚々とその場から去って行った。


「シャウラ・・・!?」


あまりの時間の短さで起きた出来事だったため状況が飲み込めず、カペラはその場にへたり込んでしまった。

そしてしばらくして、湿地帯全域に雨が降り始めた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第95話 Side:A》へ続く。

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