第93話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第93話 Side:A》
爆発が起きた頂上付近に目をやるサンズとメル。奥歯を噛み締めながら、こめかみに力が入る。
「・・・急いで戻るぞ!」
「はいっ・・・!」
メルが山頂に向かう為に山道に走り出そうとすると、サンズが彼女の腕を掴んで止めながら《風》の魔法を地面に放つ。
「そこからだと遅い!!」
メルを右手で抱き寄せるように抱え、左手は下に。
「【ブレス】!!」
「あ、ぇ・・・〜〜〜!?」
竜巻の様な風が彼らの真下で渦巻いて放たれる。地面に向けている事で、まるでロケットのような推進力を得た2人は一気に山頂まで突っ切って行き、メルの叫びがこだました。
そして山頂。時は少しだけ戻り、サンズたちが降りて行った時に、事は起きた。
「すげぇな、サンズ副隊長、この崖を躊躇なしで降りて行ったぞ・・・?」
「あぁ。あの人の《風》魔法は繊細で、何でも、攻撃魔法を移動に使える程のコントロールができるらしい」
『はぇ〜・・・!』
隊員たちからは感嘆の声が漏れる。が、1人の男性隊員はそれを良く思っていないようだった。
「ふん、強さは認めるが、俺はあのスカした感じが好きじゃないな」
「そんな事言うなって。実力は本物なんだからさ・・・ん・・・?」
そんな彼を優しく諌める男性隊員が、とある異変に気付いた。
「・・・ん?」
彼は気配と、視線を感じる方へ顔を向ける。すると、そこには登ってきた時と似ている小さな猪が。男性隊員は肩の力を抜き、ペットをあやす様に指を動かす。
「ほらほら、おいで。怖くないよ〜」
すると最初は警戒していた子猪も、少しずつ歩み寄る。そして男性隊員の腕の中に収まると、寒いのかブルブルと震え始めた。それを見た彼は焚き火の側へと子猪と共に向かう。
「おい、何だよ、そんなの抱えて?」
「え?いや、人懐っこくて抱えたら寒そうに震えるもんだから、つい」
「全く、そいつの親かもしれない奴が標的かもしれないん、だ・・・ぞ・・・・・・」
明らかにその隊員の背中を通り越した辺りに視線を取られて絶句している。
「え・・・?」
彼も恐る恐る振り返ると、陰から、体高10m前後の、赤色の目を不気味に光らせ、頑丈そうな毛皮を纏い、天を穿つ程の牙を持つ、巨大な猪が姿を現した。
「エ、エリューマン・・・!!出た!!!」
焦って子猪を手放す男性隊員。構え、彼が魔法を放とうと右手に火球を出した瞬間。エリューマンがワープにも近い、目にも止まらぬ速さで間を詰めて突進した。
「がっ・・・!!!!」
ミシミシと体中の骨が悲鳴を上げながら吹き飛び、彼の手の中にあった火球は行き場を無くして爆発を起こした。
ボゴォォォォォォン!!!!!!
砂煙が舞い、岩石の破片が飛び散り、その場はキャンプ地から戦場へと姿を変えた。
「うらぁぁぁぁぁぁ!!!」
「はぁっ!!」
突如現れたエリューマンに対して、最初こそ物怖じしていた隊員たちも奮い立ち、真っ向から自分の力をぶつける。1人は《土》の放出魔法を連打で浴びせ、もう1人も《火》の放出魔法を解き放つが、どれもエリューマンには効いてないのか、当たれども傷にすらなっていない。
「堅すぎる・・・!」
「退いて!私がやる!!」
と、《風》の付与魔法をレイピアに乗せた女性隊員が一点に力を集約させて突進する。
「ていやぁ!!!」
先端は脇腹の毛皮に刺されども本体までは届いておらず、エリューマンは赤い目を彼女に向け、睨み付けている。
「・・・ひっ・・・!」
それに恐怖感を覚え、一瞬たじろいだだけなのに、その隙を見逃さなかったエリューマン。威圧感を存分に撒き散らしながらレイピアを構える女性隊員にも突進を食らわせる。
「ぐはっ!!!」
そのまま壁に叩きつけられ、頭を打ったのか血が流れた。そしてサンズを非難した男性隊員は腰を抜かし、涙を薄らと浮かべてエリューマンと対峙していた。
「や、やめろ・・・っ!来るなぁっ!!」
『ブゴォォォォォォォォォ!!!!』
エリューマンは彼を踏み潰そうと、器用に後ろ足で立ち上がる。自分たちの魔法が効かない、と希望を失った隊員たちを最後に目に映してギュッと瞑る。だが、その時だった。
「【ブレス】!!」
その声にハッとして目を開けると、まるで猛牛でも突進してきたのかと思う程の大きな衝撃の《風》の魔法。後ろ足で立ち上がったエリューマンの顔面目掛けて直径1m程の威力を凝縮させた竜巻が襲い、奴はバランスを崩した。
「大丈夫か、お前ら!?」
「た、助かった・・・」
「気を抜くな、体勢を立て直せ!」
その言葉に、一同は目の色を変えた。そうだ。今ここに居るのは遊びに来ているのではない、自分自身の成長の為、強くなるためにここに居るのだ、と。しかし、その威勢はエリューマンにスカされるように、奴は踵を返して逃げようとしていた。
「追うぞ!」
サンズは好機と言わんばかりに攻めようと、ノシノシと大きな歩幅で去ろうとするエリューマンの背中を追うが、一瞬の陰に姿を見失った。すかさず彼らもその陰の方へ向かうが、視界に入ってきたのは、そこには最初から何も居なかったかのような静かな山道。辺りにはあれ程の巨体を隠す場所など無く、彼らはまるで狐につままれた様に呆気に取られていた。
「・・・消えた、だと・・・?」
彼はメガネのブリッジに指を当てた。
「サンズ副隊長、これ・・・」
地面を見た《火》の放出魔法を扱う男性隊員が指をさす。それを見て更に彼らは意味が分からなくなってしまった。
「足跡が途切れてます・・・」
サンズは黙って腕を組んだ。もちろん、その考える仕草は、周りに緊張の糸を張り巡らせる事になる。独特の角度でメガネのレンズが光を鈍く反射させ、次に発する言葉次第では、今後の士気に関わるのは言うまでもなかった。ゴクリと唾を飲む一同だが、彼の口から出た言葉は少し意外だった。
「・・・お前たち、エリューマンと対峙してどうだった?」
「え・・・?」
「怖いと思ったか?勝てると思ったか?力を合わせたらどうにかなると思ったか?」
サンズの言葉は、その場にいる戦っていないメル以外に刺さる。グッと後ろで拳を悔しそうに握る者もいた。血を流す女性隊員も、自分の不甲斐なさを嘆いているのか、俯いたまま顔を上げない。
「死ぬ、というのがどう言うことか、肌で感じたな?・・・私は、死ぬのが怖い」
『・・・』
「だから死に物狂いで強くなろうと努力をし、今の役職に辿り着いた。今のお前たちは、昔の私を見ているようで懐かしさも覚えるが、同時に可能性も感じている。強くなりたいか?」
サンズが珍しく諭すような話し方に、隊員たちは聞き入ってしまっていた。先程まで非難していた男性隊員ですら、サンズの言葉を聞いて心に響いているのか、姿勢を崩さずにいた。
「本当はすぐにやるつもりはなかったのだが、仕方ない。お前たちにはこれをやってもらう」
と、サンズは1つの冊子を一塊に置いてあった自分の荷物の中から取り出した。
「それは・・・?」
「私が副隊長に就く前までやっていたトレーニングだ」
『!?』
「中には魔力コントロール、基礎体力の向上、戦略マニュアルが記されている。これを、お前たちには叩き込んで、副隊長になる前の私同等とまではいかないが、それに近い戦闘力を有してもらう」
サンズは冊子を1ページ1ページ懐かしむようにめくる。どの項目も、今の自分の土台であり、道標でもあったためか、一息吐くと再び口を開く。
「だが、そうやすやすとこれを見せるわけにはいかない。だから・・・」
そう言いながら彼は冊子をバラバラに分け始めた。その行動に一同は疑問しかなかった。そしていくつかになった小冊子を、サンズは崖上からフリスビーの要領で投げ捨ててしまった。それらはサンズの魔法なのかは分からないが、風に乗って散らばって見えなくなった。
『え!?』
「さぁ、今からいつ魔獣と出くわすか分からない未知なる場所で冊子を1つでも探し出し、またここへ戻ってこい。戻ってきた者から実践の稽古だ」
サンズは再び、メガネのブリッジに指を当てた。
(私自身も強くならねば・・・)
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第94話 Side:A》へ続く。
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