第92話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第92話 Side:A》
「ほら、これ飲んで体暖めろ」
サンズは山頂付近にある平地にテントを張り、隊員たちが山に登る前に拾ってあった枝や木片で焚き火を始めた。持ってきていた銀色のポットに水を入れて、煮出した紅茶の様なモノをコップに入れて飲んでいた。
「ありがとうございます」
受け取った男性隊員は、スッとすすり、一息吐く。
「それにしても、こんな順調に進めて大丈夫ですかね?」
「何がだ?」
男性隊員の言葉に、サンズは次々とコップに注ぎながら耳を傾ける。
「初日にして目的の魔獣に出くわし、その巣を、近くではありませんが、何とか確認できる場所に陣を張っています。良からぬ事が起こらなければ良いのですが・・・」
コップの中の揺れる水面を見つめながら、男性隊員は不安気な表情で目を細める。それを聞いたサンズはゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。
「・・・ここは、ヘラクレス山脈の各地帯を見渡せる場所だ。逆を言えば、各地点からもこちらが確認できるかもしれない場所。もし俺たちに何かあれば、誰か来てくれるはずだ」
それを聞いた男性隊員は少し安心したのか、自然と笑みが溢れた。しかしサンズは続ける。
「だが、それはできることなら避けたい事だ。逆に、俺たちが他の場所を助けてやるぐらいの気持ちでいよう。それなら、心にゆとりができるはずだ」
『・・・はい!』
他の隊員も口を揃えた。
(ここからなら、あそこも見えるはずだ・・・)
と、彼は視線を少し下に向ける。その先がどこなのかは定かではないが、サンズの視界にはちゃんと捉えられていた。
「・・・サンズ副隊長!」
「ん、どうした」
そんな彼をふと現実に戻したのは女性隊員の声だった。赤色のゆるふわボブヘアーが似合う、まだサンズからしたら若い隊員だ。
「きょ、今日中に、魔獣の巣の偵察に行きませんか?大型の魔獣ともなれば、人並みの知能がある個体もいると聞きますし、先手を打てる様に対策もできると思います」
少し緊張した様子で自分の気持ちを述べる赤髪の女性隊員。口が真一文字に力が入っている。サンズはそんな彼女の目の前に立ち、眉間にシワを寄せる。傍(はた)から見れば、彼が高圧的に睨み付けている様子だ。
(ふむ、それも一理ある、か・・・)
しかしそれは誤解であった。サンズは何か考える時は何故か眉間にシワを寄せ、目から光が消える。決して機嫌が悪いとか、他人の意見が気に入らない、などとは思っておらず、ただ考える時の仕草が怖いというだけだ。それを知っているのは隊長たちと副隊長たちだけ。一部の下位の隊員たちの間では、『サンズ副隊長に意見する時は機嫌を窺ってからする』という暗黙のルールがあるぐらいだ。赤髪の女性隊員やその場にいる他の隊員もゴクリと唾を飲み、サンズの次の言葉を待っている。恐らく、ここに居るサンズ以外の全員が、暗黙のルールに従う者なのだろう。
「そうだな。それが良いかもしれないな」
ホッと息を吐いたのは全員だった。するとサンズはすぐさま身支度を整え始めた。それを見て、隊員たちも遅れをとらまいと身支度をするが、彼は動きを止める。
「行くのは、俺と、お前だ」
指を差されたのは赤髪の女性隊員だった。指名された彼女は驚きを隠し切れないが、それよりも緊張のが勝っているのか、ビシッと背筋を伸ばしたまま硬直してしまった。
「な、何故私なのですか・・・!?」
「提案してくれたからだ。俺はその意見にここの引率として許可した。もちろん、俺も着いて行くが、全員で行く必要はないだろうという、俺なりの判断だ。何か異論でも?」
悪気はないのだろうが、『何か異論でも?』のところでメガネのブリッジに指を当てながら流し目をすると、たちまち隊員たちは震え上がる。それを見たサンズは口を開く。
「ん、俺の顔に何か付いてるか?」
((怖いんですよ))
口が裂けても言えない事に、全員の心が一致した瞬間だった。
「ふ、不詳、メル・ビスケット!サンズ副隊長にお供します!」
敬礼を向け、指名されたメルも身支度を済ませ、サンズと共に巣の近くまで降りる事に。
「残った者は飯の支度、後は飲み水の確保を頼む」
『はい!』
彼は振り返りながらそう言うと、切り立った崖とあまり変わらない絶壁を軽々と降りて行く。
「えぇえぇえぇ〜!?」
それを見た彼女は足がすくみ、飛び降りるのを躊躇していた。が、自分も騎士団の一員だ、と言いたげに、意を決して飛び降りる。
「うわあぁぁぁぁぁぁ〜!?!?!?」
迫り来る一面の森。少しでも体勢が崩れれば着地に影響が出るだろう。メルは、《風》の魔法を使ってゆっくり降りているサンズを一気に追い越し、一直線に森に突き刺さろうとしていた。
「・・・っ!バカ野郎!!」
とサンズは魔法を発動しながらコントロールし、落ちる速度が緩やかになるように風の足場を作って降りていたのを、今度は真逆に足場の位置を変え、彼を下に押し出す様に発動させて落下速度を跳ね上げた。彼も頭から一直線に森に突き刺さる勢いになり、彼女を追い越した。通常こういう落下は、木に引っかかってラッキー、と思う場面だが、今回サンズが落ちようとしていた場所はちょうど木と木の間だった。しかしそれをも、彼はラッキーだと思っていた。
「はぁっ!!」
サンズは地面との接触の瞬間、右手から《風》の魔法を発動させ、落下の衝撃を相殺させた。辺りには轟音が響き、砂煙が舞い、周りの木がその効果範囲に入ってしまい、クレーターの様に大きな窪みができた。その中心でサンズは素早く体勢を変えて空を見上げ、メルが降ってくる地点を見極めた。
「【クレイドル】!!」
発動すると、落下地点には風が渦巻くベッドの様な、大きなクッションの様なモノが現れ、降ってくる彼女を受け止めた。フワッと、一瞬で勢いを相殺どころか、むしろ少し浮遊感もあるサンズの魔法にメルは気が動転し、目をギュッと瞑りながらあたふたと手足をバタつかせる。
「安心しろ、俺の魔法だ」
「え・・・、ちょっ、あっ・・・!」
すぐ横に現れたサンズに驚いたのもあり、彼女は勢い余って彼の方へ放り出されてしまった。ズデンと鈍い音と共に、メルは目を開ける。
「あ痛・・・!んぇ!?」
しかしぶつかった彼女は、現状に赤面しながら驚いていた。
「ん、んぅ・・・?」
メルは仰向けに受け止めたサンズの腰に跨がる様に着地をしており、事の様を把握した彼がメガネのブリッジに指を掛けていた。絶妙に光を反射しており、目までは見えない。
「す、すいません・・・!」
「降りろ」
「はい・・・」
(こ、殺されるぅ・・・)
アワアワと涙目になりながら、ゆっくりとその場から立ち去ろうとするメルの背中に、サンズの声がそれを止める。
「おい」
「はひゃい!?」
「見ろ」
「・・・え?」
言われるがままにそちらの方を見ると、恐らく、エリューマンの子供と見られる猪が数匹、こちらを見ていた。そしてサンズは黙ってしまった。メルも、思わず言葉を失う。
「・・・私たちがエリューマンを倒してしまったら、この子たちはどうなってしまうんでしょうか」
彼女の言葉に、サンズは『恐らく』という言葉を強調して答えた。
「恐らく、騎士団によって掃討されるだろう」
俯くメルに、彼は続けた。
「しかし、全部が全部脅威にはならないだろう。それを俺らが見極め、上に報告する。今はそれしかないだろうな」
「・・・そうですよね」
子猪が去って行くのを確認し、これから巣に行こうと足を進めた瞬間だった。
ボゴォォォォォォン!!!!!!
『!?』
サンズたちが降りてきた山頂付近で、麓(ふもと)まで聞こえる爆発が起きた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第93話 Side:A》へ続く。
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