第91話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第91話 Side:A》


(・・・とは言ったものの、私も正直今の魔力では同時にステュムパーリーを相手にするのは3羽ぐらいが限度・・・。隊長たちに追い付くには、まずは軽くそれらを倒せるぐらいにはならないと)


フローラは、あの大群を目の当たりにして目標立てた後、キャンプ地への帰り道でそんな事を思っていた。彼女はただ強さで防衛部隊の副隊長に就任したわけではない。その武器は魔力や戦闘力ではなく、民間人に対する優しさ、福祉貢献度で、民間人からの強い後押しによって就任している。そのため、今の防衛部隊には副隊長補佐という役職が存在し、仕事の補助から任務の補助までを行うカーニャ・グラタンが居る。


(私自身も、強くならなくちゃ・・・!)


「・・・・・・」


勇む彼女の雰囲気をどことなく感じ取ったのか、アルタイルは黙ってその様子を歩きながら見ていた。まるで、自分にも何か迷いがあるかのように。


「フローラ副隊長、そろそろ食糧調達に行きませんか?」


「・・・そうですね・・・!そうしましょうか」


アイザックの提案に、何かに耽(ふけ)りながら歩く彼女は我に返った。キョロキョロと辺りを見回し、とある獣道に草を掻き分けて入っていく。


『?』


不思議に思ったのはシャウラ以外だ。彼女はそこに何があるのか、大方予想はついていた。数分も経たずにフローラが戻ってくると、手には抱えきれない程のキノコがあった。


「キノコ類はこれぐらいで良いでしょう。後はお魚やお肉類が欲しいところですね・・・」


抱えるキノコを見つめ、満足げな顔をする彼女の期待に応えようと、ジェストは意気揚々と袖をまくる。


「それなら、俺が獲ってきましょう!この突撃部隊のムードメーカー、ジェスト・ランプが、5日は食べるのに苦労しない肉を持って帰ってきます!」


と言いながら、ジェストは一団から離れてどこかへ行ってしまった。その背中を見送ると、シャークも口を開く。


「じゃあ、俺は池にいる魚とかカエルを獲ってきましょうかね」


「あ、僕も行きますよ」


とアルタイルが手を挙げる。ここのところ2人は、同じ防衛部隊の同期という事もあり、一緒に魔法の特訓をする程仲が良い。それを羨ましく思うのか、カペラはシャウラの手を引っ張り、無言でどこかへ行ってしまった。


「お、おい!みんな・・・!」


アイザックはフローラと残され、とても気まずい空気が流れた。


「あらあら、仕方ありません。アイザックは私とキャンプ地で火起こししてみんなを待ちましょうか」


フローラはそんな時も優しい母の様に振る舞っていた。


(う〜ん・・・、何か良からぬ事が起きなければ良いのですが・・・。他の場所でもこんな事になってるのでしょうか・・・?)


内心、彼女は心配で堪らなかったようだ。だが、自分にも課せられたモノがある。『引率者』として、『防衛部隊の副隊長』としての責務は、ここにいる誰よりも重くのしかかっている。どこか抜けているようだが、しっかり者のフローラは気合いを再度注入する。パンッと頬を両手で打ち、じんわり赤くなる。


「行きましょうか。アイザック」


「は、はい・・・!」


来た道を戻る彼女らだが、このバラバラの行動を取ってしまった判断が数日後に後悔することになろうとは、この時は誰も思っていなかった。


「あ、そういえば」


アイザックは何かを思い出した。


「サンズ副隊長のどこが好きなんですか?」


「ぇ、え・・・?」


別の意味で赤くなる頬を見ながら、アイザックは少しイタズラな顔で笑う。



「・・・へっくし!」


「サンズ副隊長、風邪ですか?」


遊撃部隊の副隊長、サンズ・ビーフシチューが率いて向かっていたのは山岳地帯。山頂に行こうものなら、『ヘラクレス山脈』が一望できるとかできないとか。


「いや、これは誰かが噂しているクシャミだろう」


サンズは鼻をすすりながら答えてメガネをクイっと上げる。


「お前たち、今日中に山頂まで行くぞ」


『はい!!』


一般的な山登りの装備よりもやや軽装で、1ヶ月もそこで訓練を含む生活を行うには到底足りない。おまけに山岳地帯にはイノシシの大型魔獣が棲んでいる。戦いの基本は高所を取り状況を理解する事、と、普段、遊撃部隊長のリゲル・サンドウィッチから耳にタコができる程に聞かされている。それを踏まえてか、サンズは魔獣と戦闘になる前に山頂に陣を構えようとしているようだった。歩いている道は、横に5、6人が並ぶには十分な広さはあるが、魔素のせいなのか木々が生えておらず、荒廃地帯が隣なのが頷ける。


(しかし思ったより冷えてきたな・・・。早いところ設営して暖を取るか・・・ん?)


吐く息が徐々に白くなりつつあった。と、視線の先に何やら動く黒い塊を捉えた。


「あれは・・・」


どうやらイノシシ型の魔獣の子供のようだ。いくら魔獣でも、子供は可愛い。思わずサンズの口は緩む。が、その魔獣の子供が近付いて来ると同時に、等間隔での地響きが彼らの足を止める。



ズシン ズシン ズシン ズシン・・・・・・



「・・・!?」


何かに気付いたサンズは身を翻し、少し戻ったところの出っ張りのある洞窟の様な窪みに隊員全員を押し込める形で自身もそこに身を潜める。口元に人差し指を縦に当てて『静かに』という意思表示で隊員たちを落ち着かせると、その音の正体が彼らの目の前を横切る。サンズは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


「お前ら、早速お出ましだ」


隊員たちも息を呑む。


「こ、これがサンズ副隊長が先程説明してた、山岳地帯に棲まう大型魔獣・・・」


体高10m程の体に、寒さに対応している堅そうな体毛、天を穿(うが)つ程の大きな牙。目は赤色に不気味に光り、コウキたちが入隊試験の時にイレギュラーで戦ったバッファロー型の魔獣とは、纏うオーラは格段に違う。


「個体名『エリューマン』。お前ら良かったな、早めに見ておけて・・・」


サンズが振り返るも、隊員は震えが止まらないようだった。目尻に涙を浮かべる者も中にはおり、寒さによるものなのか、恐怖によるものなのかは分からないが、余りの様子の変貌ぶりに、サンズ自身も一瞬呑まれ掛けた。


(ちっ・・・)


小さく聞こえない様に舌打ちをし、サンズはゆっくりと深呼吸をする。脳に酸素を送り、状況を理解する。彼の強みはその冷静さから出る知略。それに加えて魔力も決して低いわけではない。欠点と言えば、ある人に対して冷静さを欠いて張り合ってしまう事だろう。『エリューマン』が通り過ぎ、足音も聞こえなくなった事を確認すると、サンズは口を開く。


「大丈夫か?深呼吸して落ち着け」


力強く肩を叩かれ、隊員たちは何度も深呼吸を繰り返す。と、落ち着いたのか、目の泳ぎがなくなり、次第に肩の力が抜けてきていた。


「ありがとう・・・ございます・・・」


「しかし、幸運だったな」


『え?』


サンズの突然の発言に、困惑の一言が口から出る隊員たち。その意図が分からず顔を見合わせていた。


「あの、それはどういう・・・」


「初日から現れたんだ。気が引き締まるだろう」


自信に満ちたサンズは、この時隊員たちからは隊長以上に頼もしく見えていただろう。が、サンズの背中には寒さに反してじっとりと汗をかいていた。彼らには届かないプレッシャーがそこに当たっているのか、必死にマイナスの考えから抜け出させようとしている。


(マズイな・・・。私1人では到底太刀打ちできない程の魔力だ・・・)


一度萎縮してしまえば、また対峙した時にトラウマとして蘇ってきてしまう可能性が高い。そうなってしまえば全滅もありえない事ではない事に、彼は口で説明しても、頭では理解できるが体や心が無意識に反応してしまうことは知っている。


「さぁ、あいつらが戻って来る前に、足跡を辿って、巣を覗ける位置をキャンプ地としよう」


他の隊員の士気が下がる前に、サンズは先頭を切って山頂を目指して歩き始めた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第92話 Side:A》へ続く。

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