第90話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第90話 Side:A》
合同試練が各地で始まった。森林地帯、火山洞窟地帯、山岳地帯、荒廃地帯、寒冷地帯のそれぞれの場所でも、湿地帯にいる防衛部隊副隊長のフローラ率いるコウキの同期組同様、そこに棲まう魔獣を討伐せんと奮起している。突撃部隊長のソフィア・アラグリッドは森林地帯を、防衛部隊長のプロキオン・ロックは火山洞窟地帯を、山岳地帯には遊撃部隊副隊長のサンズ・ビーフシチュー、荒廃地帯には誰も行っておらず、寒冷地帯には陽動部隊長のシリウス・ホーキングが、各部隊から1〜2名ずつを選出して組んだ、合計7〜8名の小隊を率いている。そしてどの場所でも、必ず問題にあがる事がある。それは『食糧』だ。『ヘラクレス山脈』は魔素の濃い地域。だが、凶暴な魔獣以外にも、通常の食に適した動物はいる。フローラはまず、魔獣と戦う前に環境へ慣れてもらう為にと、3日間は戦う事を禁じた。そこで生活して、場に適応する事を最優先にしてから『ステュムパーリー』の群れに徐々に挑んでいく流れを、頭の中で練っていた。
「さて、キャンプ地も決まったところですし、とりあえず周りの散策をしてみましょうか」
フローラは手のひらを合わせる。その雰囲気はまるで保育園の遠足。和やかなムードに、一同は緊張感が緩んでいた。
「フローラ副隊長、寝床は決まりましたが、食糧はどうするんですか?」
シャークは幻惑に掛かった事など忘れてしまったのか、不用意に洞窟から体を乗り出し、空を見上げる。残念ながら曇っていた。今にも雨が降り出しそうな空気に、フローラも見上げる。
「そうですね・・・、この天気ならアレは確保できそうですね」
「アレ、とは?」
ジェストは池を見やる。ナマズの様な淡水魚と目が合うと、魚は姿を隠した。
「シモフリタケ。全国の湿地帯や、川岸などの湿った木の根元に生える、絶品のキノコです。ただ、天気が晴れでも、雨でも現れることはなく、今みたいな微妙な天気の時にしか地上には出てきません。そして、魔素が多いこの場所でも、例外ではないはず」
ちゃんとした知識に、アイザックは感嘆の声を漏らした。そして、シャウラがそのフローラの言葉に付け足す。
「・・・ただ、似た毒キノコもあって、間違って食べてしまった時の効果は幻覚、幻聴、などなど。触るだけなら害はないから、私かフローラ副隊長が見て判断した方が良さそうね」
植物に詳しいシャウラが先陣を切る様に前に出ると、もう食糧を探す雰囲気になっていた。と、シャークも口を開く。
「これだけ池があるなら、魚やカエルもいるかもな!」
港町育ちの彼は魚に詳しい様だ。
「仕方ありませんね、散策しながら食糧調達に行きましょうか」
観光気分に浸る一同だが、既に彼らはステュムパーリーの縄張りに一歩踏み入れている事を知らない。ただ1人を除いて。
キャンプ地に決めた洞窟から数十分歩いた。普段歩いている舗装された道とは違い、自然のぬかるみに体力をいつも以上に奪われながらも、彼らはフローラについていく。既に息が切れそうに呼吸が乱れるアイザックやジェストたちに比べて、フローラは変わらぬ様子で歩を進める。
「ねぇ、アルタイル」
「はい?」
ルナールはコソッとアルタイルの肩を叩く。彼は歩きながら耳を寄せる。
「さっきシャークが言ってた、ベガちゃん、って誰の事?」
「え・・・?」
明らかな動揺をルナールは見逃さなかった。そして何とも言えない空気を嗅ぎ分けたのか、カペラもシャウラも耳を傾け始め、アルタイルは一瞬にして囲まれる形になった。
「い、いや、何でもないですよ・・・!」
「ほほう、ならばその声色の揺らぎ、どう説明するのだい?アルタイル・イーグルハート君?」
カペラはノリノリだった。
「・・・どんな人なの?」
シャウラも興味津々だった。しかしアルタイルは困り顔で眉毛をハの字に曲げ、小さく溜め息を吐く。
「調査機関でお世話になったご夫婦の娘さんです。今回のジュラスの襲撃でそのご両親が亡くなられたので、心のケアとしてお伺いして話をしているだけですよ」
突然な冷静な返しに、カペラは『つまんなーい』と言いたげに口をへの字に曲げた。と、その一部始終を聞いていたのか、シャークもそれに乗っかる。
「話ってお前、・・・朝までか?」
『!?』
色めき立つカペラ、シャウラ、ルナールにたじたじになりながらも、アルタイルは『余計な事を』と、遠くの方を見つめてしまっていた。
「余計なおしゃべりはここまでにしときましょうか、もうステュムパーリーの縄張り付近まで来ています」
「フローラ副隊長は『そういう人』はいないんですか?」
ルナールが口にすると、彼女は少し照れながらどもった。
「え?あ、いや、えと、その、い、いないわよっ!!」
(いるな、こりゃ)
(動揺しすぎ)
(・・・誰?)
(分かりやすい)
(流石の副隊長も女子か)
(何かすいません)
(まさか、俺?)
アイザック、カペラ、シャウラ、ルナール、シャーク、アルタイル、ジェストは同時にそんな事を口には出さないが、顔には出ていた。
「同じ副隊長のサンズさんだったりして?」
からかうように冗談で言ったつもりのアイザックだったが、次第にフローラは赤面した。
「ち、ちちち違います!!」
(何だ、サンズさんか)
(近場だったわね)
(・・・ほう?)
(え、意外)
(お似合いっちゃあお似合いか)
(何かすいません)
(俺じゃなかった)
アイザック、カペラ、シャウラ、ルナール、シャーク、アルタイル、ジェストは各々の感想を顔で語り、フローラは頬に手を当てながらもズンズン進む。
「も、もう、あなた達が変な事を言うから言いそびれてしまいましたけど・・・」
水気のない小高い丘を音を立てないで登り、見えた先の光景を、彼らに見せる。
「既に、ステュムパーリーの縄張りに入っています」
小高い丘から少し見下ろすことができ、その視線の先には開けた絵に描いたような湿地、そしてそこには、フローラから受けた説明通りの特徴を持つステュムパーリーの群れがいた。いくつもの群れが点在し、かつ、どの群れも決まった数いるわけでもなくランダムだった事もあり、数を把握する事は目視ではできなかった。
「こ、こんなにいるのかよ・・・!」
アイザックのこめかみから冷や汗が流れ出る。ゴクリと唾を飲み込むが、口元は不気味な程に笑っていた。
「・・・カペラ」
「うん」
シャウラが何か指示を出した。するとカペラは右手を前に開いて突き出し、集中する。
「【魔力探知(まりょくたんち)】」
開いていた手のひらをグッと握る。ドーム型の波形が辺りに広がり、今の彼女なら、この湿地帯のほとんどの場所の魔力を感知できる程の精度だろう。そしてカペラの口元が数字を紡ぐ。
「・・・ここだけでも、200羽近いステュムパーリーが居ます」
フローラの顔を不安げに見つめる。すると彼女も何故か口角が上がった。その顔にゾクゾクと悪寒を走らせたのはカペラだけではなく、その場に居た全員がそれを感じ取っていた。が、その悪寒はすぐに去った。
「今のあなた達では、全員で戦っても1羽倒せるか倒せないか、のレベルだと思っています。というのも、ただ単に力量の差だけではなく、地形、敵の特徴など、様々な要因が絡んできます」
突然始まった講義のようなものに、視線は縛り付けられた。
「この1ヶ月で、あなた達には1人で5羽以下の小さな群れ1つを壊滅させる事を目標に生き抜いてもらいます」
それがどれ程の事なのか、まだ実感は湧いていないし、頭でも理解が追いついていない。
「そして、今は拠点は共有ですが、最後の1週間は拠点に戻ってきてはいけません。自給自足、1人で残りの日を生き抜いてくださいね」
パンッと彼女が叩いた手で現実に引き戻され、先程までの陽気な遠足気分から、一同の雰囲気は一変した。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第91話 Side:A》へ続く。
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