第88話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第88話 Side:A》


とある昼下がり。


「シリウス、ちょっと良いか?」


ソフィアは、グランツ城の2階部分に位置している、城下町が一望できるほどの大きな窓の枠にもたれながら外をぼんやり眺めるシリウスに声を掛ける。彼は眠たそうにウトウトとしていたが、彼女の声に目を覚ました。


「・・・ん、あぁ、ソフィア嬢」


「こんな時に呑気にうたた寝か。その図太い神経は見習いたいものだ」


罰が悪そうに頭を掻くシリウスだが、ソフィアの抱える書類の数に目が行く。


「それは?」


彼女は書類をシリウスに手渡す。そこには騎士団に所属する隊員の顔写真、名前、所属部隊、魔法の系統などが書いてあった。下部にはメモができるような空欄もあり、彼はそれを何に使うのかがすぐに理解できた。


「・・・なるほど、こちら側でまた選別するんだね」


彼らが話しているのは、今後ジュラス王国へコウキの奪還へ行く際に、乗り込むメンバーの絞り込み。しかしこれは、ただ単純に選別するだけのものではなかった。


「場所は?」


「『ヘラクレス山脈』一帯。もうプロキオンとリゲルからは容認されている」


「!?」


シリウスが驚くのも無理もない。ソフィアが口にした『ヘラクレス山脈』は、発見されているだけでも大型の魔獣が10体はいる魔素の濃い場所だ。まだ調査が完全ではなく、未開の地も多い。天候も不安定で、騎士団でも不用意に足を踏み入れてはいけない、という暗黙のルールがある。過去に調査隊を派遣したところ、数名が帰らぬ人に、そして生き残った者も除隊をしてしまったという話も残っているほどだ。


「・・・死人が出るぞ・・・?」


「出させない」


「何を根拠に」


「私たち『隊長』がいるではないか」


シリウスの背筋が騒ついた。それは恐怖ではなく、武者振るい。背中を任せていた、対等だと思っていた彼女が、いつの間にか自分より前を見据えている事に、彼の顔は自然と笑っていた。


「・・・何だ、その気持ちの悪い笑顔は」


「いや、何でもないよ。そうだね、俺たちがその気じゃなくてどうするんだ、って話だな」


彼の中で何か1つもやが晴れたのか、清々しい顔でソフィアに書類を返す。と、頭の後ろで手を組み、シリウスはどこかへ行こうと歩き出した。


「どこへ行くんだ?」


「もう一度、ニコラスの墓に問い掛けてくる」


顔を向けないで背中で語る姿は、もう大丈夫だ、と言わんばかりに主張していた。口元だけがソフィアには見え、それが口角が上がっている事に安心したのか、彼女も無言で送り出した。

それから1時間後、ソフィアは各部隊室、屋外演習場、屋内演習場に、『特級通達』として張り紙を出した。内容は『ヘラクレス山脈』一帯にて行う合同試練。参加は自由で、途中リタイヤも自由。期間は1週間後から1ヶ月。参加者が多ければ前半組と後半組に分けて行う。ただ、そこにはどんな武功や報酬は無けれど、己の強さを根底から見直し、底上げができる事に、アラグリッド王国内にいる騎士団の隊員の、ほぼ全員がやる気に満ちていたが、一部の隊員からは、あまり宜しくない印象があったようだ。


『あのヘラクレス山脈かよ・・・』

『毎年あそこで変死体が出るらしいじゃねぇか』

『何でも、過去に行った調査隊の遺体、まだ出てきてないらしいわよ』

『魔人が住んでるって噂もあるぞ・・・?』


ネガティブな会話がある屋外演習場の人集(ひとだか)りだが、その張り紙を一目見て、その場を少し離れたところでも、もう一つの集まりができていた。


「これは、戦力増強の他に何か裏があると見た」


アイザックは腕を組んで胡座(あぐら)をかいて座っている。そこには同期のルナール、レグルス、カペラ、シャウラが居た。


「裏って何よ?」


カペラは、すっかり同期組の中で、コウキがいないとリーダー面するアイザックに対抗意識を出している。


「・・・カペラ、少し落ち着いて」


そんな彼女には、やはりブレーキ役のシャウラが必要だ。いとも簡単に静止させてしまう。


「コウキ兄ちゃんを助けに行くメンバーを選抜するテストも兼ねてる、ってこと・・・?」


「俺はそう思う」


レグルスの答えに、アイザックは息を漏らす。


「そういえば、シャークとアルタイルは?」


ルナールは辺りを見渡す。


「魔法の稽古だとよ。ったく、俺たちも仲間に入れてくれ、って話だよなー」


少し不貞腐れながらも、アイザックの顔は笑っていた事に、ルナールもつられて笑顔になる。


「確かに。私も今のままじゃいけない、って思ってるし、何より、ジュラスの幹部たちは強い・・・。雑兵なら蹴散らす自信はあるけど、それじゃ足りないのが現状よね」


核心を突く彼女の言葉に、カペラ、シャウラ、レグルスは黙る。特にレグルスはまだ幼い。伸び代はあるにしても、今回のこの合同試練は辞退しても、何らおかしくはない。しかし、コウキを助けに行きたいという強い思いは、同期組一なのかもしれない。それはコウキを、実の兄の様に慕っているからなのか、それとも、初めて会った試験の時の活躍ぶりを見てなのかは定かではないが、ここにいる誰よりも、静かに闘志を燃やしていた。と、すくっとレグルスは立ち上がった。


「・・・どうしたの?」


「僕、ちょっとリゲル隊長のところに行ってくる・・・」


何かを考え、シャウラの言葉に笑顔で返すと、彼はトットットッと音がしそうな走り方で医務室の方へと行ってしまった。


「さて、試練は1週間後だ。俺らも今日は解散するかね」


アイザックは立ち上がる。が、先程の張り紙があった場所が更に騒めきたっていた。何事かとそちらを見やると、そこには防衛部隊・隊長のプロキオン・ロックがおり、彼らはそちらに急いで向かった。


「おう、ご苦労さん」


『お疲れ様です!!』


隊員たちは威勢のいい敬礼をする。


「お前ら、これ見て正直どう思った?」


プロキオンは背後にある張り紙を親指で指差す。すると隊員たちは、先程のネガティブな発言を、少し噛み砕きながら口にする。それを聞き、彼は終始ウンウンと頷きながら、話している隊員の目を見ながら親身になって聞いていた。そしてネガティブな発言が出終えると、溜め息を1つ吐き、静かに口を開く。


「お前ら、いつからそんな後ろ向きな考えしかできなくなったんだ?」


ネガティブな発言をした隊員たちの目が、罪の意識を持つ目に変わった。


「儂(わし)たちは変わらねばならん。ジュラス王国の侵攻を受け、失ったモノは少なくないはずだ。かく言う儂も、戦友(とも)を失った。もう、2度と繰り返してはいけない事なのは、お前らも分かっているだろう」


次第に、隊員たちの目はプロキオンから外れて、下を見る者や、明後日の方を見る者も現れた。


「今までと同じで良いのか?それは否。お前らだけじゃなく、儂ら隊長も、戦力の底上げが必要だと考えての『ヘラクレス山脈』だ。着いてくる、着いてこないはお前らの自由だが、生半可な覚悟なら辞めておけ。本気の奴だけ、儂らの後ろを歩け。そして・・・」


プロキオンの雰囲気が変わった。


「儂らを追い越していけ」


突風が通り抜けたかと思うほどの言葉の圧。思わず目を瞑ったのはアイザックたちだけではないはずだ。プロキオンの不思議な演説が終わると、先程まで罪の意識しかなかった隊員たちの目は変わり、今にも猛獣をも倒してしまいそうな程に煌めいている。彼の重みと深みのある言葉には、人を惹きつける不思議な魔力が宿っているようだった。

そして1週間後、1ヶ月毎に前半、後半と分け、覚悟が整った隊員の『ヘラクレス山脈』での試練が始まろうとしていた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第89話 Side:A》へ続く。

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