第87話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第87話 Side:A》


同日、アラグリッド王国内、16時。コウキの同期である、アルタイル・イーグルハートやシャーク・レゴイースが所属している防衛部隊は、街の復興の最前線に立っていた。その中でも聞き上手なアルタイル、力自慢のシャークは、諸先輩方を押し退けて現場で活躍したいた。


「それじゃまた来ますね、お婆ちゃん」


「はいよ、アルタイルちゃん、また来ておくれ」


そう背中で受けると、アルタイルは会釈をしながら家の扉を閉める。


「・・・ふぅ」


民間人の心のケアを行っている彼は疲れが見え始めているのか、扉に軽くもたれながら小さく溜め息を吐く。1人の話を聞くのなら何時間でも付き合えるだろう。体育会系とは言えないアルタイルにとって、各家を回って話を聞くという事は思いの外大変だった。


「今日は後1軒で終わりにしましょうかね」


自分を奮い立たせるように顔をパンッと平手で打つ。気合いを入れ直して隣の家に行こうとするが、近くで倒壊した家屋の撤去作業をしていたシャークに呼び止められた。


「よぉ、アルタイル、お疲れさん」


「シャーク!お疲れ様です」


彼は長さ3mはあろう、太い木の柱を何本も抱えて平気な顔をしていた。向かう先にある焼却場に持っていく途中のようだった。額に汗が滲んではいるが顔は余裕そうで、筋張った腕や筋肉がその過酷さを表していた。


「俺はこれを持っていって今日は終わりなんだが、そっちはもう終わりそうか?」


「もう1軒行って終わりにしようと思ってます」


「そうか、なら、終わったら屋外演習場でまた魔法の練習に付き合ってくれないか?」


「えぇ。少し体を動かしたいと思っておりましたのでちょうど良かったです」


アルタイルは笑う。しかしその笑顔の中に疲労感が出ていた事を、シャークは見逃さなかった。


「あー・・・、やっぱ今日は無しだ!」


「え?」


シャークはその場を通り過ぎようと早足でアルタイルの前を横切る。


「そういえば、今日副隊長に呼ばれてるんだった・・・!まただな」


そう言うと、彼はアルタイルが声を掛ける隙もなく太い柱を抱えたまま走り去ってしまった。足音が聞こえなくなるのに時間は掛からず、姿も見えなくなると、アルタイルは再び小さく溜め息を吐く。


「・・・そんな嘘吐かなくても良いのに」


自分の事は一番自分が分かっている。正直、まだ陽は明るい。後1軒だと言ったのも、疲労感が拭えないからだ。明らかにアルタイルを思った嘘だと分かるシャークの愚直さは、愛される存在であり、彼もその魅力に取り入られた1人だった。


(さて、と・・・あれ、ここは・・・)


見送った方向を見ながら、とある木造の平屋の前まで来ると、アルタイルはノックしようとする手を一旦止めた。そして一呼吸置き、扉をノックする。



コンッ コンッ コンッ コンッ



『・・・はーい、開いてますー』


返ってきたのは少女の声だった。


「失礼します」


とアルタイルが中に入ると、すぐ机があり、三脚の椅子が側にある。返事をした当人はこちらに背中を向けてキッチンに立っており、茶髪のポニーテールが揺れながら振り返る。


「あ、何だ、騎士団の人か・・・」


レグルスよりも年上で、コウキやアイザックよりも年下であろう少女は、彼の顔を確認すると、寂しそうに再び料理に戻ってしまった。コトコト煮込まれている鍋の中からはとても良い匂いが漂い、昼から何も食べていないアルタイルにとって、拷問に近いレベルだった。


「何か、変わった事はないですか?」


「ありません」


彼女は素っ気ない態度を彼に向ける。


「そうですか、それなら良かった」


「・・・出てってください。これから食事ですので」


ギロリと睨む。その眼光から、本当に騎士団の人間を嫌っている事が窺える。彼女は皿にシチューを入れ、机に溢れんばかりに乱暴に置く。椅子に座ると、堅そうなパンをちぎり、シチューに浸して一口食べる。


「これは失礼しました。私共に何かできることがあれば、何でも言ってーーー


「じゃあお父さんとお母さんを返してよ!!!!!!!」


彼女は涙を堪えながら机を叩いて立ち上がる。右手には、曲がってしまうのではないかという力でスプーンを握っている。どこにもぶつけようのない怒りは、彼女の中に溜まり、渦巻き、そして放出された。


「・・・お父様、お母様の事は、大変お悔やみ申し上げます。お二方とも、とても優秀な研究員でした。私も面識があり、たまに雑用をしておりました」


「・・・お父さんもお母さんも、アラグリッド王国の発展の為に尽くしてきた。ジュラス王国が攻め入って来た時も、調査機関で研究していたらしいわ」


顔が俯く。静かに着席し、肩が小刻みに震える。次第に嗚咽とも取れる小さな声が聞こえ、鼻をすすり、俯いた影からいくつもの雫が落ちるのを、狼狽(うろた)えることもなく、彼女の中に溜まっている混沌を優しく解す様に、アルタイルは無言のまま見つめていた。


「それなのに、騎士団の戦闘員たちは、調査機関の研究員にはただ『逃げろ』とだけ伝えて放置・・・。研究資料や機材を見捨ててまで逃げようとしたのに、誘導ミスで敵の魔法にやられ、そのまま命を落とした・・・。ホント馬鹿げてる・・・・・・」


「ベガさん、貴女の怒りも最もです」


ベガと呼ばれた少女はピクッと肩を振るわせる。


「・・・・・・アナタに何が分かるのよ・・・」


もう顔も見たくもないのか、ベガは顔を俯かせたまま、消え入りそうな声で反抗する。恐らく、目は赤く腫れ、顔は紅潮しているだろう。


「正直、貴女の気持ちは計り知れないので、理解する事はできないかもしれません。ですが、汲み取る事はできます。今はとても辛いと思います。急に1人になってしまい、戸惑いや悲しみ、怒り、様々な感情で目の前が塞がっているはずです。ですが、それでも、少しずつで良いので、前を向いてみませんか?」


その言葉に、ベガは顔を上げる。するとそこには、自分が怒りをぶつけ、好き勝手言ったはずなのに、もう構わないで欲しいのに、柔らかく笑うアルタイルの姿が、輝いて見えた。


「・・・・・・」


「忘れろ、とは言いません。心に残しておくのは当たり前です。ですが、必ず『その時』は来ます」


彼が何を言っているのかは、ベガは概ね理解はできていた。ただ、頭では理解できても、心が追い付かない。まだ15歳の未成熟な心は、アルタイルの優しさに酷く反応し、受け入れようとする気持ちと、それに反発する気持ちが、文字通り『ぶつかり合っていた』。


「そ・・・そんなの、いつまで掛かるか分からないじゃない・・・」


「分かりません。それは、本人の意思によって、長さは決まります」


ベガの目が少し変わった気がした。それを見たアルタイルは、口角が緩み、思わず緊張を解いてしまった。と同時に、彼のお腹がその空気をぶち壊さんばかりに鳴り響く。



グゥウゥウゥ〜〜〜・・・・・・。



ついにアルタイルのお腹は限界を迎えたようだった。ベガもその音に涙が止まり、目を丸くしている。


「・・・フフッ・・・、アッハハ・・・!」


耐えきれずに笑いが溢れる。その顔は天真爛漫な少女そのもので、アルタイルからもつられて笑いが出てしまった。


「すいません、今日お昼食べていなくて・・・」


「・・・良いわよ、シチューで良ければ、食べていって?」


そう言うとベガは立ち上がり、彼女が使っている物とは少し大き目の深皿に湯気の立つシチューを装い、アルタイルの前に置いた。ミルクとチーズの濃厚さが伝わる、少しトロミのあるシチュー。具材はシンプルにイモと鶏肉。サラサラとしたものではなく、どちらかと言えばポタージュに近いものがあった。


「どうぞ。ダージリン家特製クリームシチューよ。と言っても、味付けだけだけどね」


「ありがとうございます!」


思わぬ形の食事に、アルタイルは頬が落ちそうな感覚に襲われながらも、ベガの作ったシチューを美味しそうに食べていた。


「・・・ねぇ、お父さんとお母さんの研究室での話、聞かせてくれない?」


「えぇ、もちろんです」


彼らは半ば談笑という形で、久し振りに楽しい食事の時間を過ごした。

そしてそこから帰った夜、アルタイルはシャークがずっとこちらを見てニヤニヤしている事に関して疑問を抱いていた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第88話 Side:A》へ続く。

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