第85話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第85話 Side:A》
「1つ、聞かせてくれ」
バルカンはグラスを眺めながらアレスに問う。
「何故、俺だったんだ?それこそカイゼルや、他の連中もいただろう」
「・・・カイゼル騎士団長は、戦死しました」
それまで鋭い眼光で見ていたバルカンの目が、一気に丸みを帯びる。その言葉を聞き、彼は小さく喉を鳴らして鼻から息を吐く。
「そうか」
バルカンはグラスに入った酒をグイッと飲み干す。アルコール度数は低くない、むしろ高めの酒なのだろうが、構わず空ける。ダンッと机に叩きつけると、割れんばかりに握り、アレスよりも大きな身体が彼の目の前に立ち塞がる。
「理由は何だ」
「自分が弱いからです」
アレスは即答する。
「・・・俺が何故、除隊処分を受けたか知っているのか?」
バルカンは後ろを向き、声のトーンが落ちた。話しにくい事なのか、首も垂れる。そんな彼の背中には大きな一閃の斬り傷が着ているタンクトップの右肩から左下に掛けて見えており、着いてきたナイジジの部下の男は思わず目を逸らした。
「・・・新人兵4人を訓練中に誤って死なせてしまった、でしたよね」
静かな口調で、アレスはその背中に声を掛ける。すると小さく喉を鳴らして、正解だ、と反応するバルカン。当時を思い出しているのか、右手をギュッと握る。
「大まかとしか知りませんが、事故だったと聞いています。魔獣との戦闘訓練でバルカンさんの魔法に巻き込まれた4人は、そのまま帰らぬ人に。責任を問われたアナタはそのまま除隊」
「・・・そんな事があったのか」
ナイジジの部下は腕を組む。そして続けた。
「まぁ、俺が何か言える立場じゃねぇが、過去は過去、今は今。背負うのは勝手だが、後悔するのは違うんじゃねぇのか?」
こういう時、何も知らない人物が核心を突く事がしばしばある。この時バルカンには、この何気ない一言が心に響いていた。それを悔やみ続け、遺族の方々には頭を下げ続け、いつしか居場所を無くした彼の行き着いた答えが『除隊』を飲む事だった。そして、元・最強の《火》の魔法使いは自ら王国を去り、ここでアレスと会うまで、身も心も漁師として生きていた。
「俺は、また教え子を殺めてしまうのではないか、という不安がまだ残っている。それでもまだ、俺に弟子入りを志願するか?」
「アナタしかいません!!!!!」
バルカンの言葉を遮るようにアレスは叫んだ。横にいるナイジジの部下は耳を塞ぎ、言い終わったのを確認してホッとしている。
「・・・分かった。では、明朝8時、俺の船がある港へ来てくれ。遅れるなよ、2人とも」
そう言うと、バルカンはバーカウンターの上に銀貨を3枚置いて出て行ってしまった。そして今度はホッと溜め息を吐くアレス。その顔は、いつもの優しい兄貴の様な安心感がある。
「断られるかと思ったが、良かった」
「良かった、じゃねぇえよぉ!!!」
ナイジジの部下はアレス詰め寄る。
「何だ、どうした!?」
「お前のせいで俺まで弟子入りしちまった感じじゃねぇかぁ!!」
「え?」
「『え?』じゃねぇ!!6個前のセリフ思い出してみろ!!」
スピード感のあるツッコミに、思わずアレスは笑ってごまかしていた。
「まぁまぁ、せっかくなら、お前も修行を受ければ良いじゃないか」
ナイジジの部下の肩を叩いて落ち着かせようと試みるが、逆効果だった。
「冗談じゃねぇ!こちとらやる事があんだよ!!」
肩の手を振り解き、彼は店を出ようとしていた。鼻息を荒くしながら去る姿は、まるで暴れ牛をも連想させる。
「何だ、また恐喝か?」
冗談混じりだったが、その言葉にナイジジの部下は足を止めて首だけでこちらに視線を送った。その目はどこか寂しそうだった。
「・・・大頭、あの日以来行方不明なんだよ」
「ナイジジがか!?」
「あぁ。あの時の仕事の依頼先はジュラス王国のマリア・ルルシファー。奴が関与しているとしか思えねぇが、情報が足りなさ過ぎるのと、ジュラスに乗り込むにしても人手が足りなさ過ぎる。何もかもが足りねぇんだ。だから俺たちは分散して、情報を掻き集めてるってわけだ。観光客からな」
ナイジジの部下はそう言うと店から出て行ってしまった。一度対峙してその強さを肌で感じたアレスにとって、ナイジジはただの敵ではなかった。生まれる環境が違えば、今頃は同じ騎士団で武功を讃えあっていたかもしれない程の腕前に、どこか、一言で他人で済ますことのできない様な雰囲気があった。彼の背中が見えなくなる直前、アレスはその閉まるドアに手を掛けた。
「・・・何だよ」
ナイジジの部下は怪訝な顔でアレスの方を向く。
「お前、名前は?」
「・・・スライマン・ジンニー」
彼は素直に名乗った。その事が嬉しかったのか、アレスは別の意味で鼻を鳴らした。
「俺はアレス・サーロインだ。よし、スライマン、明日必ず港へ来い。良いか、必ずだ」
彼は言いながら意気揚々とバーの扉を閉めると、案の定、外からは不満の声が聞こえた。
『何で!!俺も!!行く事になってんだよぉ!!』
しかしスライマンも諦めたのか、しばらくするとぶつくさ言いながら去って行った。その中には『絶対行かないからな』や『お前1人で行けよな』など聞こえたが、翌日朝8時、バルカンの所有する船がある港にスライマンの姿はしっかりとあった。
場所は変わり、アラグリッド王国のグランツ城内。レジェイト霊園から戻ったアリスが、隊長たちに話したい事がある、と言って陽動部隊の隊長、シリウス・ホーキングに相談したところ、『まぁ、みんなでご飯でも食べながら聞こうじゃないか』と空腹のアリスを気遣って、怪我人のリゲルを含む隊長たちを招いて食事の席を設けてくれた。アリスの好物の、自身の母が作ったミネストローネではないが、グランツ城の料理長であるマルナが、腕によりを掛けてそれをコースに組み込んで作ってくれていた。
「それで、アリス。話というのは?」
シリウスがミネストローネを口に運びながら口火を切る。コンソメとトマトの味が疲れた体に沁み渡る。葉野菜の甘さや芋のホクホク感、これはマルナのオリジナルなのかアサリのような二枚貝が入っている。
「・・・はい、ジュラス王国に私とタニモト・コウキは囚われていました。奴らの目的は濃い魔力が入った血液。古代魔法が使える私とコウキは、奴らにとっては最高の素材だったのだと言えます」
アリスが古代魔法の使い手だと言うのを聞き、知らなかったのか、ソフィア、リゲル、プロキオンは驚いていた。アリスは続ける。
「そしてコウキは、奴らに協力するという条件に私を解放するように言ってくれて、1人残りました」
アリスの食事の手が止まった。
「・・・私は、そんな彼を助けに行きたいです。でも、コウキは言いました。助けに来てくれるのはありがたいが、それは3ヶ月後にしてくれ、と。みんなの怪我の事を気にしてました。万全の状態で来て欲しいとも言ってました」
それを聞き、ソフィアも食事の手が止まり、リゲルやプロキオンも、その話に聞き入っている。
「なるほど。アイツらしいな」
とソフィアは笑う。それに釣られてシリウスとプロキオンも口元が綻ぶ。だが、リゲルは少し気を遣われてムスッとしていた。
「それと、こちらの情報をジュラス王国に流していた人物がいました」
場の空気がピリッとした。肌で感じる程の痛さに、一瞬アリスの顔が強張(こわば)る
。しかし彼女は、言わなければいけない、と重く口を開いた。
「・・・その人物は、遊撃部隊スケジュール係のエヴァ・グラタンです」
リゲルの表情が一変する。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第86話 Side:A》へ続く。
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