第84話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第84話 Side:A》
アリス・テレスは、満身創痍で陽動部隊の隊室にようやく辿り着いた。目は虚に、体は泥だらけ、足は疲れで震えている。そして彼女は、とある柔らかくもたくましい肩に身を委ねた。
「あ・・・カペラ・・・」
グゥ〜〜〜・・・・・・。
見知った顔に安心したのか、アリスのお腹が鳴り、恥ずかしそうに赤面する。
「あ、ここ2日まともに食べてなかったから・・・」
「とりあえずお風呂入ってからご飯食べましょ」
カペラの提案に頷き、3人はアラグリッド城内にある風呂場へとやってきた。湯気が立ち込める心の洗濯場は、彼女たちを快く迎え入れた。まるで従者のように、カペラはアリスの頭を洗い、シャウラは体の泥を流す。タオルを胸の位置から巻き、もし仮に他の男性が入ってきても良いように、とシャウラが提案したものだった。
「しかし、アリス先輩、何でそんな泥だらけだったんですか?これだけボロボロだけど怪我1つないし・・・」
頭を優しく洗いながら、カペラはヒョイと顔を覗く。石鹸が目に入らないようにギュッと瞑る姿は、やはりまだ幼さが残る。
「ん・・・。私、ジュラス王国から逃げてきたの」
『え!?』
2人は驚くが、目を瞑った顔を少しカペラ達の方を向きながら、アリスは続けた。
「その事で、早く知らせないといけないことがあるの。カイゼル騎士団長がどこにいるか分かる?」
「あ、えと・・・カイゼル騎士団長は今・・・」
明らかに動揺しているカペラに、シャウラが首を横に振る。
「・・・亡くなったわ。アリス先輩が連れ去られている間に、葬儀も終わった。後、ニコラス副隊長も、亡くなられたわ」
それを聞くと、アリスは俯く。一言、そう、と呟くと、深い溜め息を吐いた。もちろん、自分達も、訃報(ふほう)を告げるのは辛い。カイゼル騎士団長に関しては目の前でそれを見ていた。心に傷ができなかったかと聞かれればNOと答えるが、忘れてはならない乗り越えるモノだという事は、全団員が抱えている思いだった。
「・・・後で、お墓まで案内して」
お湯の入った桶で頭や体の泡を流すと、アリスは少し唇を噛んだ。そして重い足取りで、ザブザブと湯船に浸かった。
所変わって、夕日の港町・トラモント。ここに、とある人物がやってきていた。
「バルカンさん、まだいるかな?」
その巨躯はまるで漁師をも思わせるが、アラグリッド王国の騎士団、突撃部隊副隊長のアレス・サーロインは、カイゼル騎士団長と、陽動部隊副隊長のニコラス・テスラールの葬儀に出ず、トラモントで漁師をしている、黒龍エテレインがいた海域まで船を出してくれたバルカン・ロースの元へ、その身一つで来ていた。時刻は昼を過ぎたところ。大概の漁師は深夜から早朝に掛けて漁をするので、この時間に漁港にいるのは稀だ。辺りをキョロキョロする彼は、誰がどう見てもここの人間ではない事が分かる。
「よう、兄ちゃん、ここいらは初めてかい?・・・ん?」
そんなアレスを見てか、いかにもガラの悪そうな男が声を掛けてきた。頭に茶色のバンダナの様な物を着け、腰には短刀を収めている。まるで田舎から都会に出てきたかのような挙動に、ゴロツキはそれを見逃さず、カモにしようと親しげに接してきた。だが、振り返った彼を見て、様子が少し変わった。
「あぁ、これは良かった。実は、ここら辺で漁師をしているバルカン・ロースという方を探しているんですが、ご存じないですか?・・・ん?」
アレスも、どこかで見たような顔に疑問符が頭に出る。
「お、お前は・・・、あの時の・・・!!」
「・・・すいません、どちらさんでしたかね?」
ゴロツキは思い出した様子だったが、アレスは真剣に思い出せない様子だった。だが、どこかで見た事があるのは確かなようで、腕を組んで仕切りに頭を捻る。
「俺だよ、俺!!【紫炎(しえん)の猪(いのしし)】と呼ばれてた大頭ナイジジの部下だった男だよ!!」
「ん・・・えぇ?」
アレスは、ナイジジの顔は思い出せてはいるが、その部下までは顔を覚えていなかった。
「だぁかぁらぁ!!大頭と戦った時に、変に説明口調の奴いただろう!?」
こいつは自分で言ってて恥ずかしくないのだろうか、という独特の視線を浴びせてはいるが、それを聞いてアレスはピンと来たようだった。
「あぁ、そういえば、『大頭は各地の盗賊を纏め上げる、俺たちじゃ足元にも及ばねぇ強さを誇ってんだぜぇ!?』って言ってた奴か」
「全部言うなよ、恥ずかしい!!」
どうやら正解だったようだ。
「で、何か用だったのか?」
「いや、俺はただ観光客かと思って金貨の一枚や二枚・・・ゴニョゴニョ・・・」
後半は聞き取れなかったが、恐らくは恐喝する相手を探していて、たまたまアレスに声を掛けてしまった、というところだろう。頭の後ろで手を組んで目を逸らしながら段々と小さくなる声に、アレスは思わず笑ってしまった。
「お前ら仕事ないのか?」
「盗賊なんだからそれが仕事なんだろうが」
真っ当ではない奴の真っ当な返答に、アレスは口をへの字に曲げたが、自分がここへ来た理由を思い出した。
「そうだ、ここの漁師のバルカン・ロースという方を知らんか?」
「ん、あぁ、そいつなら、あそこの酒場にいるはずだ」
男はアレスの後ろ側にある、お世辞にも繁盛してるとは言い難い、ボロ屋の酒場を指さした。それを確認すると、アレスは腕を組む。
「よし、お前も来い」
「何で俺まで!?」
「寂しいだろ」
「ガキかよ!」
側から見たらただの仲良しな2人の会話を、微笑ましく思いながらも通り過ぎる観光客らしき人物たちの視線に負けたのか、男は諦めた。
「・・・分かったよ、着いてきゃ良いんだろ」
「助かる」
アレスは笑って背中を叩く。いざとなれば軽く倒してしまえそうな程の力量差を確信しているのか、アレスは友好的に、男はめんどくさそうに、だが、やぶさかではない様子だった。
中は薄暗い灯りがあり、高い天井にある窓からの日光が優しく差し込む酒場だった。アラグリッド王国の【ビッグ・ディッパー】の様な活気はなく、マスターらしき人物が1人、カウンターの席が10席の小さなバーのようなところだった。そしてアレスはすぐさまバルカンを見つけた。それもそのはず、この時間に居た客が彼だけだったからだ。
「お久しぶりです。バルカンさん」
「・・・お前さんは確か・・・」
丸氷が入ったロックグラスに注がれた茶色い酒をちびちびと飲む彼は、アレスを一目見るなり思い出した様子だ。
「アラグリッド王国騎士団、突撃部隊副隊長のアレス・サーロインと申します。不躾なお願いで申し訳ありません。単刀直入に申し上げます」
と、アレスはいきなり頭を勢いよく下げる。
「自分を弟子にしてください!!」
バルカンは黙った。そしてまたチビリと一口、酒を口に運ぶ。
「・・・アレス・サーロイン、か。やはり、お前さんはあの時の少年か。変わりよって」
「はい。カイゼル騎士団長と肩を並べているバルカンさんを見て、憧れを抱いておりました!」
アレスが顔を上げてバルカンの顔を見るが、彼はアレスを見ずに、少し不服そうな顔をしていた。そしてグラスに入った丸氷をカラカラと回す。店内にはその音が響き、それがただひたすら続くのかと思うほどだった。バルカンが何かを考えているのは確かだが、それが何なのかは汲み取れない。
「・・・25年、か。俺が除隊処分されてから」
グラスを静かにテーブルに置き、バルカンは体の向きを変えて窓から差し込む光を見つめる。その目は切なく、昔を思い出しているように見えた。
「お、おい、兄ちゃん、この人は一体何もんなんだ?」
男の焦りを含んだ質問に、アレスは冷静に返した。
「この方は、元・アラグリッド王国騎士団、最強の《火》の魔法使いだ」
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第85話 Side:A》へ続く。
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