第83話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第83話 Side:A》


「ダメだ」


隊員がほぼほぼ街の復興に出払っている突撃部隊の隊室の中、隊長席に座って数々の書類に目を通しているソフィアは、アイザックの申し出を聞いて腕を組んでいた。


「そこを何とかお願いします!コウキは俺たちの同期で、仲間なんです!!囚われているという噂のジュラス王国に行かせてください!」


一度断られても、尚食い下がるアイザックの顔は、必死だった。昨日までの余裕はどこへ行ったのか。もしかしたら、昨日の夜は色々ありすぎて逆に冷静になってしまっていたのかは分からないが、今は、どうにかソフィアからコウキ救出の許可を得ようと、相手が隊長というのも忘れて抗議していた。


「・・・辛いのが、お前たちだけだと思うなよ?」


ソフィアは目を瞑る。その言葉に、思わずアイザックはハッとして状況ごと飲み込む。こめかみから一筋の汗が流れ出る。口を閉じれず、次の言葉が出ない。自分の事しか考えていなかった自分が恥ずかしい。そういう感情まで出てきてしまっていた。そして彼はソフィアに見えない様に拳を後ろで握る。


「・・・それは分かっています・・・!分かっているからこそ、居ても立っても居られないのです。ソフィア隊長・・・!お願いします・・・」


彼の必死な懇願に、ソフィアは間を置いて溜め息を吐いた。


「・・・はぁ・・・。その強引さは誰が教えたんだか・・・」


「・・・!!それじゃあ・・・!!」


「だが、ダメなものはダメだ。ルナール、お前は確か一度ジュラス王国に村人救出の為に乗り込んでいるだろう。そこでの過酷な戦いは、隠密に長けたヘルメスから報告は受けているが、・・・言ってなかったのか?」


ソフィアは手に持つ手紙のような物を読みながらルナールに振る。彼女はギクッと肩を一度震わせる。アイザックより少し背の高い彼女が彼の影に隠れて気配を消していたつもりだが、お構いなしのようだ。頭をポリポリと掻きながらその影から現れると、罰の悪そうに、その糸目が更に細くなったようにも見えた。


「あ、いや、その〜・・・、申し訳ありません」


潔く頭を下げるルナールに、同期たちの視線が集まる。


「確かに私は、生まれ故郷の村人がジュラスに捕まっていたので、救出する為に乗り込みましたけど・・・」


「お前から見て、アイザック達の力はジュラスの兵士に通用するか?」


ソフィアの質問に、一瞬だけルナールの口が止まった。それは唯一、同期たちの中で敵の懐に入って戦ったからこそ感じる勢力。自分自身、敵に劣っていたわけではない。だが、それは雑兵たちに対してだ。幹部クラスや、アラグリッド王国騎士団で言うところの副隊長や、役職に就いていなくても力の強い者がもし自分らと対峙した場合、通用するかは分からない。ましてや、軍長らが出張ってきた際は、全滅する事も十二分にあり得る。ルナールは奥歯に力を入れながら答える。


「・・・通用しないと思います」


その言葉に、アイザックらは息を呑む。唇を噛み、拳に力を入れる者もいた。


「そうか。これが実際に目で見た者の判断だ。これを聞いて、まだ死にに行くつもりか?」


『・・・・・・』


長い沈黙が答えだった。


「別に、コウキを救出に行かないわけではない。こちらも準備というものがある。それが整い次第、即刻乗り込むつもりだ」


ソフィアは椅子から立ち上がり、背もたれに手を掛けながら窓の外を眺める。天気は、雲一つない青い空が広がる晴れ。外は晴れているのにどんよりした隊室だったが、そんな空気に割って入らんばかりに、鋭いノックが鳴った。



コンッ! コンッ! コンッ! コンッ!



「失礼します」


入ってきたのは遊撃部隊副隊長のサンズ・ビーフシチューだった。彼は左脇に書類を抱えながら、ツカツカと一直線にソフィアのいる机にそれを置きに来た。


「ご苦労」


「はい」


素っ気ない会話に圧倒されそうになったが、サンズが少し気になる事を話し始めた。


「そういえば、ソフィア隊長。うちのスケジュール管理係のエヴァ・グラタンを見てませんか?」


「いや、見てないな」


「・・・そうですか、ありがとうございます」


そう言うとサンズはまた早足でその場を去ろうとしていたが、突撃部隊の隊室に自分の部下がいる事に気付いた。レグルスを筆頭にハッとして敬礼を彼らは向ける。そしてその場にいるのがコウキの同期たちだと分かると、何かを察して鼻から息を抜く溜め息を吐いた。


「遊撃部隊も街の復興に人員を割いている。お前も例外ではないぞ」


「・・・はい!」


大人気なく見えてしまうが、ここは騎士団。入ってしまえば年齢は関係ない。レグルスが返事をすると、サンズは眼鏡をグイッとあげ、その場を去っていった。


(怖えーな、お前んとこの副隊長)


アイザックが小声で耳打ちするが、レグルスは首をフルフルと横に振る。


(・・・実は隊長の事を一番に心配してるし、僕ら隊員の安全を1人で見回ってるの。だから、ああ見えて優しい人なんだよ)


レグルスは小声で返すと笑った。前髪で目までは見えないが、恐らく尊敬の眼差しをしているのだろう。


「これで3人目か・・・」


ソフィアは再び腕を組む。


「何事なんですか?」


思わずカペラが口を挟む。


「ん、あぁ、ジュラスが攻め入ってくる前から、王国内にいたはずなのに、何故か行方が分からなくなってる者がいるんだ」


一同は顔を見合わせる。


「1人目は調査機関のデネブ・ボロネーゼ。2人目はコウキたちと同じく向こうの世界から来た科学者、ミヤビ・ジャガーノート。そして3人目が、今言っていた遊撃部隊のスケジュール管理係のエヴァ・グラタンだ」


「・・・行方が分からない・・・」


アルタイルは顎に指を這わせた。研究機関で仲良くなったデネブのまさかの情報に目が泳ぐ。


「そうだ。今、この戦争で行方不明になった者の捜索に当たる人員も選別しているところだ。・・・コウキも大事だが、視野を広くしてくれ。分かったら、今自分がすべき事をやってほしい」


ソフィアの口からは、それ以上は聞けなかった。アイザック達は敬礼をし、その場を後にする。


「失礼します」


背中は寂しいものだが、『コウキを助けに行かないという事が無かった事』に、安心はしていた。バタン、と閉まる扉を背に、アイザックは力が抜けてへたり込む。


「はぁ〜〜〜〜・・・・・・」


「・・・何よ急に?」


あまりにも変わり果てた姿に、カペラは思わず突っ込んでしまった。


「やっぱソフィア隊長の圧がしんどくてさ」


「・・・どこの隊長も、やっぱり凄い」


シャウラはフォローするように彼の肩を叩く。彼女のその行為に少し力みが取れたのか、アイザックは笑みを取り戻し、ゆっくり立ち上がった。


「さて、コウキの事は隊長たちに任せて、俺たちは復興作業に行くか」


「そうね・・・ん?」


ルナールが、陽動部隊の隊室の方向で誰かが騒ぎ立てる声に気付いた。


「何?」


どうも只事じゃない様子に、アイザック達も振り向くと、その騒ぎの中心にいるのはどうやら陽動部隊の隊員のようだった。


「え、アリス先輩!?」


泥だらけで、おまけに体力も使い切ってボロボロな状態のアリス・テレスに、同じ部隊のカペラとシャウラは駆け寄って行った。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第84話 Side:A》へ続く。

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