第82話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第82話 Side:A》
亡くなった者たちの葬儀が終わったその夜。アラグリッド王国内にある居酒屋兼飯屋の【ビッグ・ディッパー】では、しんみりとした空気を吹き飛ばそうと、ホールの女性スタッフたちが活気を出して各卓をまわる。これはここの主人でもある、コウキの同期、アイザック・オールトンの親父さんの意向であった。そんな中、主人の意向に賛同して気持ちを上げる者や、戦いの傷が癒えずにしんみりした空気の卓と両極端で、店の中にはコウキの同期たち7名が揃い、静かに食事を摂り、飲める者は酒を飲んでいた。
「・・・納得はいかないよな」
ジョッキに注がれた冷えた泡で蓋をされた麦酒を一口飲むと、アイザックは呟いた。手元にある食事には手を付けず、先程から酒しか飲んでいなかった。
「そりゃ、アナタだけじゃないわよ。私だって、報復するな、なんて言われて、黙っておけないわよ」
珍しく酒を飲んでも平静を取り持つカペラは、既にジョッキを3杯空けている。
「それもそうだが、それじゃない。コウキの事だ」
「え?」
アイザックはそう言うと、ホールを見回す。
「ほら、あそこ」
彼はとある女性スタッフを指さす。泉だった。
「・・・サヤカがどうかしたの?」
今度はシャウラが、クピリと湯呑みの様な物に注がれた、酒をお湯で割ったものを飲みながら振り向く。泉は忙しなく働いていて、笑顔を絶やしていない。彼女が厨房の出入りを許可されてから、魚介の料理が格段に美味しくなったと評判になり、今では厨房から直接ホールに出て給仕する姿を見たさに来店する客もいるのだとか。
「サヤカは、コウキと一緒にこちらの世界に飛ばされてきた。今コウキはいない。噂だとジュラス王国に囚われたらしい。ことの真相は分からないが、少しは情があってもおかしくはない」
「・・・・・・何か知っている、と?」
何かに辿り着きそうなのか、アルタイルが口を開く。
「そこまでは分からないが、俺たちもコウキの同期であり、仲間だ。本当にジュラス王国に連れ去られたのであれば取り戻したい」
と、アイザックはテーブルの上にある、エビフライにようやくフォークを刺す。そして横に添えてある白いソースを付けて一口ガブリと頬張る。
「俺たち下位の隊員には情報を漏らさず、隊長、副隊長や実力のある人たちから抜粋して、ジュラス王国に乗り込むのかもしれない。コウキの他にも、陽動部隊のアリスという女の子も連れ去られたと聞いた。・・・美味いな、コレ」
その言葉を聞き、向かいの席に座っているルナールがドキッとした様子でフォークをエビフライを刺しそびれていた。既にジュラス王国に一度乗り込んでいる、とは言えなかった。
「そうなれば、自分も行きたいっす」
シャークはトマトソースベースの海鮮パスタを頬張りながら賛同する。食わねば力が出ない、と、根っからの体育会系の彼は、みんながしんみりと話をしている最中でも食事の手を止めていない。それを平らげると、次はオムライスに手を付けている。
「・・・よく食べるなぁ」
彼の食べっぷりに緊張の糸は緩みつつあるのか、アイザックはもたれかかっているイスに浅く腰掛け、背中を預けた。
「あの、ちょっと良いですか・・・」
今まで影を薄くしていたレグルスが口を開く。以前よりはハキハキと喋る様にはなってきたが、まだ堅いところがあった。
「サヤカさんに、直接聞いてみてはどうですか・・・?その、コウキ兄ちゃんについて何か知っているかどうか・・・」
暖色系の明かりが、より一層彼の雰囲気を際立たせる。アイザックは立ち上がり、自信なさげなレグルスの頭を一撫でする。
「それもそうだな。ちょっと行ってくる」
急に頼もしく思える背中に、シャークの食は進み、カペラはジョッキに注がれた冷えた麦酒を一気に呷(あお)る。それをダンッと机に叩き付けると、いつものカペラがやってくるかと思っていたが、今日は少し違っていたようだった。
「・・・何よ、同期組のリーダーみたいになっちゃってさ・・・」
それを見たシャウラはフフッと珍しく笑い、再び湯呑みに入った酒のお湯割りを静かに飲み出した。
「そういえば、アルタイル、今度またアレの続きに付き合ってくれ」
シャークはオムライスを平らげ、水を一気に飲み干した。
「えぇ、良いですよ、またシャークさんの都合が良い時に」
「ねぇ、アレって何?」
ルナールはやっとこさありついたエビフライを食べながら2人の話に入る。
「あ、いや〜、まぁ・・・、男の秘密だ」
「魔法の特訓してるんですよ」
「おい言うなよ!」
シャークが親指を立ててカッコつけたが、すぐ当事者のアルタイルからのネタバレに、顔芸かと思うほどの崩れ方でツッコミを入れていた。
「・・・特訓、かぁ・・・」
と、ポソッと呟いたカペラの言葉を、シャウラは聞き逃さなかった。亡き恩師、陽動部隊の副隊長を務めたニコラス・テスラールに【魔力探知】の強化を教わり、今では同期、いや、全部隊の上位にも入ろうかという勢いの力となったが、それでもまだ足りない、とカペラ本人は思っているのだろう。そして、もう教わる事ができない、と嘆くこともせず、先を見据えている辺り、葬儀でのソフィアの言葉が深く心に刺さったのだろう。だが、ニコラスが亡くなった事を知った直後、カペラは取り乱す程泣いていたのを、シャウラは知っていた。
「・・・そうね、私たちは一回別々の修行をした方が良いのかもね」
2人は物心ついた頃から一緒だ。同じ街に生まれ、育ち、今もアラグリッド王国の騎士団という同じ職場にいる。その言葉はシャウラなりの決心でもあり、覚悟の現れでもあった。
「修行も良いけど、街の復興や民間人のケアもね」
ルナールはどことなく余裕のある表情でカペラたちに釘を刺す。それは既に、自分が選抜隊に入って現場慣れしているからなのかは分からないが、彼女自身、村人たちの事もある分、おちおち修行に勤しんでいられないところもあり、背負っているものの大きさは計り知れない。
「・・・分かってるわよ。あ、戻ってきた」
カペラは口を尖らせながらそっぽを向く。と、泉に話を聞きに行っていたアイザックが戻ってきた。
「どう、収穫はあった?」
「あぁ、それなんだが・・・」
変に口籠る彼の表情に、その場にいる者の顔も一緒に曇る。
「エビフライ、ちゃんと背腸を取ると味が落ちないらしいぞ・・・」
『は?』
一同の拍子抜けした顔は、間抜けの他ならなかった。それを真剣に話しているアイザックもアイザックだが、ここで欲しかった情報とはかけ離れていた事に、全員の空気は一気に緩んだ。
「何だ、この空気は?」
「お前のせいだろー!」
キョトンとするアイザックにヘッドロックをかます、いつもの調子のカペラがそこに居たことに、その場は和みつつあった。先程までのしんみりした空気から一変した事に安心したのか、レグルスも食が進み、シャークも豪快に笑い、アルタイルも肩の力が抜けていた。
「久し振りに笑ったな!あ、そうだ、明日隊長たちに直談判しに行くか?」
シャークは時々、大胆な発想をする。それは漁師町出身だからかなのかは分からないが、今回に限っては的外れではない事に、アイザックは目付きを変え、口角を上げる。
「良いな、それ」
そして翌日午前。コウキの同期7名は、突撃部隊の隊室にて隊長のソフィア・アラグリッドに、コウキ奪還の許可を得る為に行くのだった。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第83話 Side:A》へ続く。
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