第81話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第81話 Side:A》


静まり返るアラグリッド王国では、これ程までに『静寂』という言葉が当てはまる時はほとんどなく、普段ならどの時間でも人は行き交い、朝は市場で商人の声が、昼は騎士団の訓練する声が、夜は酒場で、いつ何時でも、アラグリッド王国は『賑やか』という言葉が良く似合っていた。しかし、今だけは雰囲気をガラッと変え、人々はそこに居れども、誰一人笑っている者は居なかった。

数日前にジュラス王国からの侵攻を受け、傷を負った者、何とか無傷で避難できた者、様々だったが、今、アラグリッド王国の領地内の小高い丘の上の、王国が一望できる場所にある霊園、『レジェイト霊園』には、国内外で活躍する騎士団の隊員たちがほぼ全員顔を揃えたいた。コウキの同期たちは漏れなくその場に居たが、中には連絡がつかずにこの場に居ない者もいる。大怪我をした遊撃部隊長のリゲル・サンドウィッチの姿はなく、突撃部隊の副隊長を務めるアレス・サーロインも何故かいなかった。他にもいたが、それでもその数、約300名がそこに集まっていた。隊長が先頭に並び、次に副隊長、その後ろに部隊ごとに名簿順で整列していた。各部隊、代表で隊長がジュラス王国の襲撃で亡くなった方々の墓石の前に左膝を突き、上体を起こして左胸に右手の手のひらを当てる。それが冥福を祈るというのと、死者を弔うというのを兼ねている。今回の戦いで、少なくはない犠牲が出た。様々な思いが飛び交うであろう。それを受け止めるのも騎士団の仕事の1つであり、その心を解きほぐすのも、役目の1つなのだろう、と、防衛部隊長のプロキオン・ロックはその巨躯を震わせる。沈黙を破ったのは、突撃部隊長のソフィア・アラグリッドだ。そこにいる3人の隊長は立ち上がり、後ろを振り向く。


「皆のもの、聞いてくれ」


凛とした声は良く通り、そこまで声を張っているわけではないのに、隊員全員に届いていた。


「私たちは、大きなものを失った。だが、いつまでも後ろを向いたままではいられない」


目元が影になっており、表情は窺えない。だが、普段の彼女とは、多少なりとも雰囲気が違う事は誰しもが思っていた。


「今回のジュラス王国の襲撃。復讐したい者がいるなら、除隊をオススメする。何故なら、誠に勝手ながら部隊長会議にて、復讐はしない、と決めさせてもらったからだ」


隊員が騒つく。それもそうだろう。自分の家族が亡くなった者もいる。友人や恋人が殺された者だっているはずだ。だが、ソフィアはハッキリと公言した。『復讐はしない』と。


「これは、とある隊員からの一声があり、私たちもそれに賛同したから決めた事だ。だから、責める者がいるのであれば、最終決定をした我々隊長に向けてくれ」


その一言に、騒ついていた隊員たちは静まる。頭を下げる隊長たちに何も言えないからだ。


「・・・これは、亡きカイゼル元・騎士団長の言葉だ」


ソフィアはゆっくりと頭を上げ、口を開く。


「『報復は何も産まない。だが、今やるべき事は1つだ。冷静になって前を向け』」


生前、カイゼルが最期にコウキ、カペラ、シャウラに言っていた言葉だった。みなに伝えてくれ、という彼の頼みをカペラとシャウラは、ソフィアに伝えていたようだった。それを聞き、伝えた当の本人らは下を向く。


「これは、カイゼル元騎士団長が口癖のように我々にも言っていた。『前を向け』。私が入隊した当初から、言われていた。『苦しい時、悲しい時、下を向いて現実から目を背けるな。前を向いてそれを見据えろ』という意味が込められている」


ソフィアは数々の思い出が脳裏に蘇っているのか、拳を握り、次第に小刻みに震えていた。


「だが、この言葉に一言付け足して、今後のアラグリッド王国騎士団の、いや、私たちの、精神的な支えになれば、と思っている。聞いてほしい」


そして彼女は震える声に、自らに喝を入れるように、頬を両手でパチンッと挟むように叩く。この行動に他の隊長始め、驚いた者もいたが、ソフィアは構わず、叩いたところが赤くなろうとも、気にせずに一呼吸置いた。緊張していたのだろうか、肩の力は抜けていた。


「『苦しい時は前を向け、そして横を見ろ、仲間が居る』と」


この言葉に、心を動かされた者が何人いるのかは分からない。だが、感嘆の鼻からの溜め息や、ピリッと緊張の糸が張った雰囲気。誰一人口を開く者はいなかったが、全員の目が変わった事に、プロキオンやシリウスは目を合わせて口角を上げた。


「・・・1つ、良いでしょうか、ソフィア隊長」


と、手を挙げたのは、遊撃部隊副隊長のサンズ・ビーフシチューだった。


「うちの隊長は今重症を負っており、伝言を承ってます。副隊長の私からの発言で申し訳ありませんが、聞いていただけますか?」


「うむ、話してくれ」


ソフィアは即答した。


「カイゼル騎士団長が亡き今、この騎士団を統括する、新しい騎士団長を決めなければならないと思います。そして、リゲル隊長は、現・防衛部隊長のプロキオン・ロックが適任ではないか、と言っておりました」


その言葉に再び騒めく隊員たち。それを聞いたプロキオンは、その褐色のスキンヘッドをポリポリと掻き、少し困った表情をしていた。


「その件についてだが、私たちも話をしなければならない、が、今この場では、発言を控えておこう。サンズ、ありがとう。お前のところの隊長は、良く視ているな」


隊長を褒められて少し満足げなサンズは頭を下げる。


「これから、色々決めなければならない。後任や、新たな戦力の補強。失ったモノは多いし、大きいが、我々はこの試練を乗り越えなければならない。・・・皆のもの、付いてきてくれるか?」


約300名が、右の手のひらを左胸に当てる独特の敬礼をする。それが答えだ。視線を一気に浴び、その圧からは尊奉(そんぽう)や決意、覚悟が感じ取れる。それには流石のソフィアも口角が上がってしまった。


「ありがとう。それでは今日は解散する。街の復興、民間人の心のケアは全員で取り掛かろう」


『はい!!』


活きの良い返事がこだましたところで、ゾロゾロと流れ解散していく隊員たち。それらを見送ると、シリウスは今まで静かだった口を開く。


「・・・どうして、逝っちまったんだよ・・・」


と、カイゼルの横に建てられている墓石を撫でる。そこに彫られている名前は【ニコラス・テスラール】。シリウス・ホーキング率いる陽動部隊の副隊長を務めていた初老の男性だ。過去にコウキやアイザック、カペラ、シャウラの新人組を、突撃部隊副隊長のアレスと共に魔獣退治に同行してくれた、《水》の放出系の魔法使いだった。


「子供を庇ったそうだ」


プロキオンがニコラスの墓石の前に座る。何か積もる話でもあるのか、目を細め、懐かしんでいるようにも見えた。


「・・・そうか。結局色々超えられなかったな・・・。そうだ、ソフィア嬢、この後ーーー」


シリウスはソフィアを何かに誘おうとした様子だったが、彼女の背中を見て口を噤(つぐ)む。それは、今まで見たことないような悲しい、寂しい姿だったからだ。いつもは皆を引っ張り、先頭に立ち、いくら劣勢でも心が挫けることがなかったソフィア。シリウスの中にある記憶がそれを否定するかのように、今は同じ容姿の同じ名前の、別人がそこに居た気がしていた。


「第2の父親みたいなもんだ。そっとしといてやれ」


視線をそちらには送らず、ニコラスの墓石を見つめるプロキオンは、手に取るように、ソフィアの心情を理解していたに違いない。


「・・・あぁ」


シリウスも向き直り、ニコラスに語りかけるように目を閉じる。静かに、カイゼルの墓石を抱くソフィアの啜り泣く声を掻き消すかのように、レジェイト霊園に雨が降り始めた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第82話 Side:A》へ続く。

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