第80話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第80話》


つい先日俺たちが別件で囚われた際、黒龍のエテレインにより天井が破壊され、俺たちが逃げる際の戦闘で壁を破壊されたジュラス王国の城。エドワーズは『ゴルディアス城』と言っていた。その場が、この数日で天井も、壁も、何事もなかったかのように綺麗になっていたことに、驚きを隠しきれないでいた。時が戻ったような、最初からそんな事が無かったような、思わず見回してしまう程だ。俺たちは兵士に連れられて玉座の前に跪かされ、程なくリーネ女王が相も変わらず車椅子のような物に乗せられ、引き手の女性と現れた。兵士たちも膝を突く。そして引き手の女性がリーネ女王を抱えて玉座に座らせると、一呼吸置いた後に口を開く。


『リーネ女王陛下のお言葉である。心して聞くように』


引き手の女性は、両手を前で組み畏(かしこ)まった。


『汝ら、タニモト・コウキ、アリス・テレス、エドワーズ・アテンサム。3名を、我の血となり、意志の一つになることを命ずる』


やっぱり、俺らは血液要員かよ・・・っ!


自分とアリスは薄々分かっていたが、まさかエドワーズもその対象だとは、少し意外だった。後ろ手で木の枷で拘束されてはいるが、口は塞がれていない。俺は思わず口を開いてしまった。


「おい待てよ、そんなの俺は納得しないぞ!!」


すると俺たちを連れてきた兵士がすかさず俺を力ずくで押さえつける。


『リーネ女王陛下の御前で何を言い出すか!!』

『処刑だ!処刑!!』


しまった・・・!


苦虫を噛み潰したような顔で後悔するが、その兵士たちを止めたのはリーネ女王だった。ただ、声を出すのではなく、静かに、ゆっくりと手を前に出して制しただけだ。それがどれだけの事なのかは分からないが、ジュラスの兵士や、引き手の女性は酷く驚いていたようだった。


「!!!・・・リーネ様・・・!ようやく体が動くように・・・!!」


特に引き手の女性は一番驚いており、2、3歩後退りしたと思えば、涙を流しながら尻餅を突いた。他の兵士も、泣く者もいれば、拍手をする者もいた。俺を押さえつけていた兵士もいつの間にか俺から離れ、涙ぐんでいた。


何だ・・・?


アリスと目を合わせるが、彼女も不安な表情をしていた。神格化でもされているのか、周りの異常なまでの反応に狂気すら感じる。だが見たところ、口は動いていない。体を、しかも一部を動かすのがやっと、という様な感じだった。


『リーネ女王陛下は復活目前である!!貴様たちの血で、完全復活を後押しするのだ!!』


引き手の女性は、俺たちを指さす。


「くそ・・・。何でそんな事に手を貸さなきゃいけないんだ・・・!」


「そうよ!自分たちの血で、好き勝手復活でも何でもすれば良いじゃないの!」


アリスも食って掛かる。相当納得行っていないようだ。


『リーネ女王陛下の復活は、文字通りジュラス王国復活も意味している。これはまだ、世界統一の序章に過ぎないのよ!』


引き手の女性は、もうリーネ女王が復活したも同然のように笑みを浮かべる。何をそこまでして復活させたいのか。リーネ女王の魔法が強大で、それこそ一国の存在をも脅かすものなのかは分からない。そして今言葉に出た『世界統一』。この世界の王となって君臨するのがジュラス王国の目的なのだとしたら、何としてでも止めなくてはならない。リーネ女王は、隣で騒ぎ立てる従者たちの声が届いていないのか、未だに虚な目で、俯き加減の視線でどこかを見つめている。いや、体の感覚がほとんどない植物状態ならば、自分が今どこを見ているのかさえ、上手く認識していないだろう。が、一瞬視線を感じ、その方へ目線だけ向ける。


ん?


俺は紛れもなく、今リーネ女王と目が合っていた。


・・・え・・・?


そしてその目は、どこか助けを求めているようにも見える。しかしその目線はすぐに伏せられた。


・・・な、何だったんだ・・・?


一筋の汗がこめかみから流れる。あまりにも突然の事で頭がこんがらがるが、彼女は『何か』を俺に伝えようとしていた。これが自意識過剰で、目が合っていたことさえ、リーネ女王が俺に何かを伝えようとしたことすら間違いだったとしても、かつて俺はこの場にて思ったことは1つあった。




【ジュラス王国の女王を死なせたくない】




それは恐らく、リーネ女王が、俺が元々居た世界の、唯一無二の幼馴染のリンに容姿が酷似しているがための気持ちだった。しかし、自分の中で、腑に落ちない点があった。


あまりにも似過ぎている。


本人なのではないか、幼馴染の俺が疑うレベルのものだったからだ。


(アリス、1つ確認したいんだが・・・)


俺は、未だ喚きたつジュラスの兵士や従者に気付かれない様に小声でアリスに話しかける。


(・・・何よ・・・?)


(ここからアラグリッド王国まで、1人で帰れるか?)


(は?何言ってるのよ、子供じゃないのよ、それぐらいちゃんと帰れるわよ)


いや、しっかりアナタは子供だよ。


とツッコミは置いといて、俺はそれだけを確認する。


(じゃあ、俺がこれから奴らに言う事と、お前に託す事を、しっかり聞いていてくれ)


(・・・え?それはどういうーーー)


次第に心配の声色になるアリスを無視し、俺は立ち上がり声を上げる。


「その復活とやらに、一肌脱いでやろうじゃねぇか!!」


俺の言葉を聞くなり、一同は静まり返るが、アリスは目が点になっていた。引き手の女性が静かに口を開く。


『タニモト・コウキ。先程まで納得がいかないだの、何やら喚いていたが、急にどうした?』


「お前らの意見に、賛同してやる、と言っているんだ。俺もリーネ女王の復活が見たい」


『・・・何か企んでおるのだろう』


「この短時間でそんな事考えられると思うのか?」


これで良い・・・。


「ちょっと、コウキ!何言ってるのよ!」


アリスは必死の顔で俺を止めようとしてくれている。だが俺は止まる気はない。むしろ、何が起きるかは分からないが、リーネ女王を復活させれば声が聞ける。話す事ができる。何かを感じ取れたということは、その真意も分かるかもしれない。俺はそれに賭けることにした。


『・・・良いだろう』


「その代わり、この子は逃がしてやってくれ。それが、俺が快くお前らに協力する条件だ」


俺はアリスを一目見る。その顔は不安でいっぱいと言ったところだろうか。しかし俺もただ何の考えも無しに言っているわけではなかった。アイツらは『復活目前』と言っていた。そうすれば、過剰に血液を採取するのではなく、経過観察、つまり、リーネ女王が復活するまでどこか安全なところで診ておく必要がある。そちらに手が回り、俺らへの血液採取は、必要ならば採りにくる程度だろう。だが最初は執拗に来るだろう。そこさえ乗り切り、リーネ女王がまともに動けるように、口が聞ける様になれば、こちらに干渉してくる事は少なくなるはずだ。


最初からクライマックス、か・・・。


覚悟を決めてニヤリと笑う。それを見たアリスも何か感じ取ったのか、ゴクリと唾を飲み、下唇を少し噛んだ。腹を決めたのだろう。


「・・・分かったわ。すぐに応援を呼んでくるわ」


「その事なんだが、最低でも、応援を呼んで駆け付けてくれるのは3ヶ月ぐらい後だ。騎士団のみんなの体の傷の事もある。万全にしてから来てくれ」


「・・・了解」


今、1人の少女アリス・テレスから、アラグリッド王国騎士団、陽動部隊のアリス・テレスになった瞬間が見えた。もう大丈夫だろう。そして、俺にはもう1つ、奴らに確認しなければならないことがあった。


「そういえば、俺たちの行動がそっちに筒抜けだったよな。いるんだろ、スパイ」


俺の言葉に、一瞬引き手の女性は眉をピクッと動かした。それだけで答えは分かった。


「これからこっちに少し世話になるんだ。教えてくれたって良いだろう」


これは、アリスがいるこの場で明かしておかなければならなかった。


『・・・出てきなさい』


引き手の女性は俺たちの後ろの、何本かある太い支柱の一本の陰に向かって声を掛ける。するとそこから1人、ゆったりとした動きで姿が見えた。


「・・・アナタだったんですね」


俺はその人物を見て小さく声が漏れる。既に驚きも、絶望も、その人からは感じなかった。何故なら、誰がスパイでも、心の準備はできていたからだ。

一方その頃。アラグリッド王国では、雨が降りそうな鈍色の雲が広がる中、ジュラス王国との戦闘で亡くなった人々の葬儀が終わったところだった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第81話 Side:A》へ続く。

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