第79話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第79話》
俺たちが恐らく囚われてから、体感時間で3時間程が経過した。現在の時刻は分からない。朝なのか昼なのか夜なのか。唯一あるドアに動きはなく、近くに足音はするが、こちらに近付いてくる様子はなかった。それが故に、俺たちは少し気を抜いてしまっていた。
「・・・流石に腹減ってきたな」
「そうね・・・」
ずっと同じ空間に居るせいか、段々と会話がなくなってきている。そして話題は好きな物についてになった。
「コウキは、好きな食べ物とかあるの?」
アリスは壁に体育座りでもたれながら、俺に質問をする。
「クッキー、かな・・・。って、そもそもこっちの世界にあるのか?」
「バカにしないでくれる?焼き菓子でしょ、それぐらいあるわよ」
腹減ってるんだもんな。そりゃピリピリするわな。かと言って俺も今はガッツリした物が食べたい気分だ。
「アリスは好きな食べ物は何なんだ?」
と、今度は彼女に振るが、顔が曇り、俯いた。何か地雷でも踏んでしまったかのような緊迫感が一瞬漂うが、すぐにアリスは顔を上げる。少し目に潤いが見えた。
「・・・ミネストローネ・・・」
「ん?」
「・・・ママが作ってくれる、お野菜たっぷりのミネストローネが一番好き」
そう呟くと、再びアリスは抱えるヒザに顔を埋めた。まだ母が恋しいのだろう。思い出した事で緊張が一気に解け、年齢相応のメンタルになってしまったのか、急に大人しくなった。
静かな時間が流れる。が、その和やかな時間を割ったのは、とある足音だった。
コツ コツ コツ コツ・・・・・・。
明らかにこちらに近付いてきていた。それに俺は気付き、ドアに耳を押し当てる。その足音は、俺たちの居る部屋の前でピタリと止む。素早く離れ、アリスも身構え、ゴクリと唾を飲んだ。そして唯一のドアが音を立ててゆっくりと開く。
『おい、入れ』
外からは男の声。誰かをここに入れようとしているみたいだった。しかし抵抗しているのか、なかなかその姿が見えない。
『何をグズグズしている!さっさと入れ!』
先程よりも強い言葉で、無理やり連れてきた人物を中に放り込む。
「・・・っ!!」
投げ込まれたのは、俺やカペラたちの因縁の相手だった。
「そこで大人しくしていろ!!エドワーズ・アテンサム!!」
何でコイツが・・・。
そして男は強めにドアを閉めた。みすぼらしい上着に、布製のズボンを履かされ、右肘から下を、アラグリッド王国騎士団、遊撃部隊長のリゲル・サンドウィッチに切断され、それを包む痛々しいくらいの包帯に、俺は思わず目を背けた。
「・・・ふっ・・・。ざまぁないね。こんな姿見せてしまったら」
エドワーズは小さく笑った。見た目は、完全に囚人だ。黙っていれば美形の顔立ちも薄汚れ、銀色の髪はボサボサで、敵だという事を忘れてしまう程に、気迫がない。
何だ・・・?
あまりにも別人な気がしてならない。しかし、奴がここにいるということは、アラグリッド王国とジュラス王国の戦いは終わってしまっているのかもしれない。俺は意を決して口を開く。
「・・・おい」
「・・・何だい、タニモト・コウキ」
「ここはジュラス王国なのか?」
「あぁ。ジュラス王国のゴルディアス城の地下室だ」
ゴルディアス城・・・。
一瞬、城の名前で話が分からなくなりそうだったが、聞きたかった事を思い出す。
「戦争はどうなった」
俺はエドワーズに体を向けてどかっと胡座(あぐら)をかいて座る。すると奴も左腕を支えに起き上がって座り、俺に正対する。
「・・・戦争は、終わった」
!!?
奴の一言は、俺とアリスの表情を強張らせた。
「いや、正確には、終わるという表現よりも、ジュラス王国が退いた、という方が合っているかもしれない」
俺はアリスと顔を見合わせる。
どういうことだ?
強張らせた表情は瞬時に解け、今度は安堵とは言えないが、少し心を落ち着かせることができた。
「今回のジュラス王国の侵攻には、目的があった。1つ目は濃い魔力の入った血液を入手すること。2つ目はアラグリッド王国の戦力を削ることだ」
エドワーズは淡々と、軽々と口を開く。それは、終わった事だからか、それともまた別なのか。
「それら2つを、昨日達成した事により、ジュラス王国軍は退いた。それだけのことだ」
「ちょっと待て、濃い魔力の入った血液というのは、恐らくカイゼル騎士団長や、今囚われている俺たちの事だろう。戦力を削るっていうのは・・・」
俺が鼻息を荒くして、今にも身を乗り出しそうな雰囲気に、慌ててアリスが俺を止めんばかりに肩に手を置く。
「僕自身が目の前にいたわけではないけど、報告では、騎士団長のカイゼル・ベルの他にも、役職持ちが2人、戦闘不能になったと聞いている」
何だと・・・!?
「ま、待って・・・!カイゼル騎士団長の他にも、って、カイゼル騎士団長にも何かあったって事・・・!?」
ここで言うのは酷だよな・・・。
「・・・大怪我を負ったらしい」
苦し紛れだが、亡くなった、と伝えるよりは幾分かマシだろう。
しかし色んな顔が頭に浮かぶ。真っ先に浮かんだのは、俺たちを逃した遊撃部隊長のリゲルだ。ジュラス王国の軍隊長2人を相手にしていた。戦闘不能になった内の1人は彼だろう。
「1人はリゲル・サンドウィッチ」
やっぱり・・・。
アリスは再び驚いていたが、俺はその経緯を目の当たりにしている。ジュラス王国の魔法戦士軍、東軍長のオーディー・ウリグレイと、南軍長のハデス・ガブラリエンズの2人を相手にし、オーディーは巨大な斧を武器に、ハデスは《土》の古代魔法【カオス・リビングデッド】を扱う。しかもリゲル自身の年齢の事も考えると、勝ち目は正直薄かった。あの時の事を思い出すと、俺たちは迫る脅威を知らせる為に城に走った。その脅威と相対したカイゼルを死に追いやったのは、自分も関わっていたと思うとリゲルに合わせる顔がない。
「リゲル隊長・・・」
アリスはボソッと呟きながら、着ている服の裾をギュッと握る。同じ世代の最強の人物として尊敬していたのだろうか、悔しそうだ。
「そしてもう1人。これは死亡が確認されている」
死亡・・・。
俺もアリスも、いつの間にかエドワーズの独特の喋りに聞き入っていた。これがカペラの言っていた『耳を貸しちゃダメ!!!』の真意なのかは定かではないが、今この場では、特別な雰囲気が漂っていた事は間違いない。
「その死亡した人物の名はーーー」
言いかけたその時、その部屋の唯一のドアが勢いよく開いた。
!!
「お前ら、出ろ」
呼びに来たのは、甲冑を来た男の兵士だった。
「リーネ女王がお呼びだ。玉座までついてこい。変な気は起こすなよ。即刻処刑するからな」
そう言うと、3人の兵士が俺たちを拘束した。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第80話》へ続く。
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