第78話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第78話》


グランツ城の南側の一階、本当は日当たりが良く、風通しも良いそこは、もう1つの戦場と化してた。次々と運ばれてくる怪我人。多くは民間人だ。中には傷付けられた兵士もいるが、その数は比ではない。軽傷者、重傷者に主に部屋が分けられ、俺は軽傷者の場所に、力無く沈黙したカイゼルを抱えたソフィアはまた別の場所へと案内された。診察所は思った程広くはなく、今までそのスケールの大きさに驚いていたが、今回ばかりは普通の診療所とほぼ変わらない程だ。だが、城の中に診療所が1つポンと入っていると思えば、あながちスケールは小さくない。俺がイスに座るなり、すぐに診てくれたのは年配の女性の医者だった。


「う〜ん・・・、幸い骨は折れてなさそうだけど、ヒビは入っていそうだね」


「そうですか・・・」


「まぁ、無理な戦闘は避ける事だね。アンタ、魔法の系統は?」


「えと、クシャミが《風》の放出系?の魔法になります」


「は!?・・・あ、いや、アンタがそうだったのかい」


俺の事は、どうやら戦闘員の間のみならず色んなところで噂になっていたらしい。だが、どこか急にソワソワとしだした。


何だ?


あからさまに様子がおかしくなったことに、俺は思わず口を出してしまう。


「あの、俺の魔法がどうかしたんですか?」


彼女は少し焦りながら答える。


「いや、何でもないんだよ・・・っ!いやね、新しく入った人の中に変わった魔法を使う子がいるっていうのを聞いてね、ちょっと話を聞いてみたかったのさ。ちょっと待っておくれ、今貼る薬を持ってくるから・・・」


同じ様な単語を繰り返す程動揺したのか、そう言うと奥の方へと消えていった。


湿布の様な物をくれるのか?


辺りを見回すと、体中に傷がある人や、診察台に寝てる人、聴診器で心音を聞かれている人がおり、元の世界にもあった病院そのものだった。


意外とちゃんとしてんのな。


『タニモト君、お待たせ』


俺は呼ばれるがままに振り返るが、その声を最後に意識を失った。



・・


・・・


・・・・


・・・・・


・・・・・・


「あ・・・、あれ・・・?」


・・・・・・


・・・・・


・・・・


・・・


・・



程よく冷たいタイルの床の、木のドアが1つだけある窓の無い真っ白い部屋で、俺はうつ伏せに横たわりながら目を覚ました。


俺、医務室にいたんじゃ・・・?


事の把握に時間が掛かる。恐らく薬か何かで気絶させられ、その間にこの部屋に運ばれたのだろう。しかし、ここに運ばれたのが俺だけではなかったのが、色々と理由を想像させる。俺は体を起こす。


「・・・アリスもここに・・・?」


「・・・うん。気絶しちゃって、気付いたらここにいたの」


陽動部隊所属のアリス・テレス。小柄な金髪ツインテールの少女は、体育座りで壁にもたれていた。彼女が放つ魔法は《火》の古代魔法【ダンデライオン】。火が点いた綿毛の様なものが無数浮遊し、対象の目の前で大爆発を起こす、多数相手でも、少数相手でも効果を発揮する、万能な攻撃魔法だ。


「どこで気絶したんだ?」


「グランツ城内よ。民間人の避難誘導の任務に就いてる時に後ろから声を掛けられて・・・。ところで、コウキ、ここって・・・」


彼女は俺に確かめる様に天井に目をやる。それには俺も気が付いていた。


「あぁ、たぶん、ジュラス王国の中にある地下室だろうな」


見覚えはあった。以前潜入し、人間の姿形をしたフォティノースや、イヌア村の男衆を解放した際に、彼らが血液を抜かれている時に監禁されていた部屋だ。だがその時の様な機材がない事から、今はまだ、俺たちの知らぬ間に血液を抜かれているという事はなさそうだった。


「私たち、攫われたってこと?」


「さぁな。だけど、また戻ってくるとはな・・・」


目的は、俺たちの血液だろうな。


「いつからここにいるんだ?」


「さぁ・・・。どれくらい時間が経ったかなんて分からないわ・・・。ただ・・・」


そう言うと彼女は立ち上がる。


「酷くお腹が空くぐらいの時間はこの中にいるわ」


ふむ・・・。


俺より先にどこかで気絶させられて運ばれてきたのであれば、何のために?と疑問が生まれるが、理由はやはり、俺たちが古代魔法の使い手だからだろう。ジュラス王国の兵士たちの幹部クラスの奴らは【魔力の入った血液】を求めていた。俺とアリスには古代魔法が扱える血液が巡っている。普通の物よりも希少なのだろう。

しかし、まだ確定したわけではない。ここが本当にジュラス王国なのかどうかを確認したい。というのと、俺たちが気絶させられてからどれぐらいの時間が経ったのか、アラグリッド王国がどうなったのかを知る必要があった。俺はドアに耳を着けて音を探る。


辺りに人はいなさそう、かな。


俺のその行動を見て、アリスが焦る。


「な、何しようとしてるの・・・!?」


「ん?とりあえず外に出てみようと思ってさ。外に誰かいるか、音で判断してるんだよ。ちなみに、何の音もしないから、今は近くに誰もいないだろう」


「待ちなさいよ!ここは敵地の可能性もあるのよ?あの時みたいにそうそう簡単に逃げ出せやしないわ!」


アリスは小声ながらも俺の肩に手を突いて止めようとする。が、俺は止まる気はなかった。何故なら、こうしている間にも、仲間たちや一緒に暮らす民間人たちが傷付き、苦しんでいるかもしれないからだ。


「そんなの、やってみなくちゃ分からんだろ?」


と、ドアノブを音を立てない様に捻る。すると小さくカチャッと鳴り、ドアに鍵が掛かっていない事が分かった。


・・・・・・。


俺が急に黙ると、アリスは少し心配そうな顔をした。


「ど、どうしたのよ・・・?」


辺りに誰もいない、唯一のドアに鍵が掛かっていない、逃げてくれと言わんばかりの事に、俺は考える。すると、1つの答えが浮かんだ。


「アリス」


「な、何よ・・・」


「脱出は無しだ。まだしばらくここに居よう」


「は!?何を言い出すかと思えば・・・」


徐々に大きくなる声に、俺は思わず彼女の口を手で塞ぐ。


「グムー!ムンムーー!!」


「すまん、ちょっと気になる事があってな。近くに人がいない、鍵が開いている。・・・たぶん罠だ」


と、苦しそうなアリスの口から手を離す。


「プハーッ!はぁ・・・、なるほどね。そういうことなら分かったわ。様子を見ましょ」


年齢の割に物分かりがいいのも、騎士団様様と言ったところだろう。彼女自身、普段から大人に囲まれ、同世代の友達は少ないだろうが、そのおかげで精神年齢はかなり高い。まるで大人と話しているようにも、一瞬錯覚してしまう程だ。


「でも、呑気に待ってはいられない。しばらく誰も近付かない、このドアが開かないようなら、思い切って外に出よう」


「分かったわ」


俺たちは顔を見合わせて頷き、ドアと睨めっこが始まった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第79話》へ続く。

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