第77話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第77話》
王国騎士団、突撃部隊長のソフィア・アラグリッドが長髪の槍使いの男と対峙してから、2人は目まぐるしい攻防を繰り返している。既に何分も動きっぱなしだが、どちらも息を乱しておらず、感情が入り混じってヒートアップすらしていた。完全に置いてけぼりの戦いに、今のうちなら、カイゼルをこれ以上傷つけないように安全な場所に運べるかもしれない、とカペラとシャウラと目で会話していた。
「おっとぉ、そうはさせない」
静かに動こうとしていた俺たちを見逃さまいと、男は身を翻して俺たちの行手を阻む。槍を一気に突き出そうと構える。
くっ・・・!
先程のカイゼルへの不意打ち、さらにトドメを目の当たりにした恐怖で、足が一瞬、竦(すく)む。
「しっかりしなさいよコウキ!!」
カペラの叱責に、動かなかった足が地面を掴む。よく見れば、動きは直線。おまけに的が自分だと分かっていれば、後はタイミングだ。俺は奴の目を見る。するとそこには爛々とした、子供が遊んでいるかのような無邪気な瞳があった。この男は戦いを楽しみ、人を殺める事に関して何も感じていない。むしろ、ゲームをしている様な雰囲気さえ感じ取れた。が、その楽しんでいる目に力が入る。
ここだ!!
迫り来る槍の先端をかわしながら、俺は奴の右脇を掻い潜るように左斜め前に飛び込みながら前転をする。しかし、奴の槍は何故か俺の右脇腹を掠(かす)めた。
「っ・・・!!」
傷口は、まるでカマイタチにでも触れたかの様な複数の切り傷になっていた。
こいつの魔法、か・・・?
俺は確かに避けたはずだった。
「お前の魔法、《風》の付与系か?」
ソフィアは刀の【炎天】に《火》を付与し、俺と奴の間に立ち膝で滑りながら割り込む。
「だったら何だって言うんだ?」
「ふっ・・・。うちの隊にも《風》の付与系で元気なのが居てな。一撃の重さなら、そいつの方が上だな、と思っただけだ」
ソフィアは煽るように笑う。
突撃部隊の《風》の付与系って、もしかしてアイザックの事か・・・?
思わぬところから同期の成長ぶりを確認できたのは、素直に嬉しかった。と同時に、隊長に褒められていることに悔しさもあった。
「それがどうした」
煽りに対しては冷静な槍使いの男は、興を削がれたように、一度仕切り直すように槍をぶん回す。ソフィアの目は奴に向いたままだ。
「そいつは、私か、副隊長のアレスにくっついていつも訓練をしていてな。伸びしろは、ここ最近では注目株の1人なんだ」
彼女の話は、どこか引き込まれる、不思議な魅力があった。
「今日も私か、副隊長に付いて奔走している」
・・・ソフィア隊長は何が言いたいんだ・・・?
「部下自慢か。こんな時に平和な頭してんな、お姉さん」
男は呆れたように笑う。微かだが、緊張や集中が切れかかってきているのが分かった。
「さてここで1つ問題だ。私か副隊長の後ろを付いてきていたその部下は、今どこにいるだろうか?」
・・・え?
悠長に、敵に問題を投げかけるソフィアは、ここだけを切り抜けば空気が読めない人だ。今この王国で何が起きているのかが分からない人ではないだろう。
「お前何言ってんだ・・・。・・・あ?」
男は、あまりにも不穏な言葉に槍を構えたまま考える素振りを見せる。
俺がアイザックなら、奴の1番死角になる場所から強襲を掛ける。
『一撃の重さ』と『私か副隊長に付いて奔走している』という言葉から、出てきた答えは1つだ。
「今だ!!やれ!!」
ソフィアは合図を出す。そして俺は気付く。
上だ!
その視線に奴は気付いたのか、すぐ反応する。
「上かぁっ!!!」
!!?
男は槍を天井に構えて振りかぶる。俺やカペラ、シャウラは焦りの表情を見せるが、天井からは何一つ落ちてくる気配はない。
「・・・あ?」
「嘘だ、莫迦者(ばかもの)」
刹那、ソフィアは先程までの朗らかな雰囲気から一変し、鬼気迫る形相で槍使いの男の懐に入り、下段に構えた燃え盛る刀を両手に持ち替えて腰を落とし、伸身する勢いと共に振り上げる。そしてそのまま体を横に半転し、勢いのまま両手で握る刀を振り抜く。力強くもしなやかなその動きに、俺たちは魅了された。
「【焔之断斬(ほむらのたちきり)】!!」
「ガハッ!!!」
胸に十字の燃える傷を受けた槍使いの男は、ヨロヨロと後ずさる。
「あ、熱い・・・、何だこれ、消えねぇぞ!!」
「気を付けろ。今日の火力は、少しばかり強めなのでな」
そう言うと、ソフィアは燃える刀を鞘に収めた。そして俺は思い出す。彼女の付ける斬り傷は燃え続ける。
「ちくしょう・・・!!今日は退いてやるが、この借りは絶対返させてもらうからな!!」
槍使いの男は、カイゼルの最期の魔法【メテオ】が破壊した場所から去っていった。そこからソフィアが集中を切るまでにほんの数十秒を要し、一度息を入れる。
「・・・ふぅ・・・」
『ありがとうございました!!』
俺たち3人は頭を下げる。するといつもの顔のソフィアがそこにはいた。凛とした立ち姿は、神々しささえ覚えるほどだ。カペラもいい加減慣れてほしいものだが、相変わらずソフィアの前では緊張していた。
「あ、あ、ああああの!ソソソフィアたたたた隊長!ど、どうして私たちがここここここで戦闘していると・・・?」
目も合わせられずにいると、そんな彼女を見かねてか、ソフィアがカペラの頬に手のひらで触れて自分の方を見るように顔を向けさせる。これが美男子からのものならば、世の女性たちは卒倒するだろう。いや、ソフィアがやるからこそ、その威力があるのかもしれない。案の定カペラは顔を真っ赤にして目を回している。
「おや、すまない」
これにはソフィアも少したじろいだが、シャウラがカバーに入り、何とかカペラを正気に戻す。
「ところで、ソフィア隊長が注目している部下って、やっぱりアイザックの事なんですか?」
「そうだが、どうした?」
彼女は腕を組んだ。
「いや、隊長にそんな事を言われるアイツは、本当は凄い奴だったなんだなぁ、と」
「・・・ふむ」
と、俺の言葉に少し考える様子を見せた。
「コウキ、お前が外に出ている間、ここに残っている同期たちは文字通り血の滲む訓練をしている。別に外に出るのが遊びだとは言わない。それがお前のするべき事だし、私たちからも何も咎めるものはない。・・・だが」
そこまで言うと、ソフィアは俺の目を見た。
「そこでお前が何をしたか、何を得たかで差は広がる。先程アイザックの事を聞いて悔しさが出たならば、お前は外で何も得られていないという事だ。厳しい言葉かもしれんが、それが事実だ」
予想もしていない叱責に、言葉が出なかった。俺は一体外で何を得た?元の世界に戻れる手がかりは、有力なモノは何一つ掴んじゃいない。ソフィアの言葉は、俺が無意識のうちに思いたくなかった事を知らせてくれた。
「・・・・・・」
押し黙る俺の肩をソフィアは叩く。
「まぁ、よくぞ無事に帰ってきた。そこは誇って良いぞ。外は全てが自己責任だ。死なないという事は、力が付いたということだ」
そう言うと、彼女はカイゼルをお姫様抱っこの要領でヒョイっと持ち上げる。カイゼルが軽いのかソフィアに力があるのかは分からない。
「さぁ、カイゼル殿が静かに休める場所まで運ぶぞ」
『はい!』
俺はモヤモヤが残ったまま、医務室へと向かった。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第78話》へ続く。
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