第76話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第76話》


『・・・ぃ・・・・・・!!』


誰かが呼んでいる。しかし俺の耳には聞こえず、体の感覚もない。暑いのか、寒いのか、体感温度計はぶっ壊れ、まるで意識のない人形のように四肢が動かない。感覚としては、自分の体に防弾ガラスがみっちりと張られ、その外から声を掛けられているような状態だ。


『・・キ・・・!!』


どれぐらいの時間そういう状態なのかは分からない。1分なのか、十数秒なのか、それとも、何時間と経っているのか。意識はかろうじてあるのだろうが、それに身体が反応しない。声も、聞こえている様で聞こえていない様で、届いてはいる。


『コ・・・・て・・・!!』


今度はもう少し聞こえた。聞き慣れた女性の声だった。が、次の言葉に、俺は目を覚ます。


「起きんか!タニモト・コウキ!!」


一喝され、目がパチっと開く。眼球だけで周りを見回し、事の様を把握しようとするが、思い通りには行かなかった。


「・・・あれ・・・?俺・・・あ痛たた

た・・・!」


無理やり上体を起こし、俺はズキンと痛む脇腹を押さえる。それに反応して介護の様に肩を貸して立ち上がらせてくれたのはカペラだった。


「ありがと、カペラ。・・・一体、何がどうなったらこうなるんだ・・・?」


「カイゼル騎士団長の【メテオ】の衝撃で吹き飛ばされたのよ」


!?


言われてみれば、俺が気絶する前、城はこんなに壊れていなかったし、そこから街も見える事はなかった。俺たちより少し前に、明らかに何かがぶつかったようなクレーターがあり、クレーターの先も、衝撃で屋根が剥がれたり、壁が無くなったりしていた。


「そうだ、あの男は・・・?」


「跡形もなく消し飛んだようだ」


俺は傷を庇いながらゆっくりとクレーターに近付き、下を覗き込む。するとそこは、直径10メートル程の穴が空いており、こんな隕石が直撃したのなら、それは跡形もなく消し飛ぶだろう、と、即納得してしまう程だった。そして視線を、そこから見えるようになってしまった街に移す。同じ様なクレーターがいくつもできている。カイゼルは目の前の敵だけではなく、街全体にも【メテオ】を降らせていたようだった。


こりゃすげぇわ・・・。


思わず引いてしまう彼の魔法に、俺は改めて尊敬の眼差しを向ける。


「・・・私も、初めて見た時は驚いた」


シャウラは、左手で右腕を庇う様にさすっていた。この光景に身震いをしているのだろうか、右手の指先が微かに震えている。それはカイゼルの魔法によるものなのか、はたまたこの惨状に対してなのかは定かではないが、まだ終わっていない戦いに、気持ちは抜いていられない。


しかし怪我しちまったからなぁ・・・。


俺も脇腹をさする。それを見たカペラが口を開いた。


「一回医務室に行きましょ、そこで診てもらって、行けそうならまた出れば良いわ。カイゼル騎士団もーーーーー」


と、少し離れた彼の方を振り向いたその瞬間だった。


『その必要はない。こいつはここでリタイアだ』


俺たちの時間は止まったように凍りついた。


「・・・ぐっ・・・・・・!!!!!」


そこには、先程消し飛んだであろうはずの黒い長髪の男が、カイゼルの背後から自ら刺し貫いた槍の柄(つか)を握っている。


「まだまだ血が足りないんでね。悪いが、貰っていくよ」


そしてそれを一気に引き抜いた。


「がっ・・・あぁ、ぁぁぁ・・・!!!」


カイゼルの叫びは、大きくはなく、ただ声が漏れているだけに聞こえ、俺たちはそれをただ見ているだけしかできなかった。先程戦っていた男とは、姿形はそのままでも、その威圧感、魔力が桁違いだと、肌で、本能で察してしまったからだ。おまけに喋り方や、雰囲気もまるで違う。


「・・・ふむ。良いだろう」


男は牛乳瓶よりも一回り程大きい瓶に、並々と注がれたカイゼルの血を見て満足気だ。それに栓をして懐にしまう。あまりの出来事に、指先さえ動かすことができず、俺たちは力無く横たわるカイゼルをただ見る事しかできなかった。夥(おびただ)しい血の量に、一目見ただけでも誰もが致命傷だと分かる。


・・・死んだ、のか・・・・・・?


受け入れる事のできない事態に、内臓から拒絶反応が出る。


「ゔぉえ・・・」


涙が出る程の嘔吐感。しかし出る物はほとんどなく、床に落ちたのは胃液と涙だった。見ている事しかできなかった自分に腹が立つ。動く事ができなかった自分に嫌気がさす。何もできなかった自分を愚かだと蔑(さげす)みたくなる。カペラも動けなかった事を後悔しているようで、強く噛んだ唇から血が出ている。シャウラも珍しく冷静ではいられない様子だ。


「・・・・・・ごふっ・・・」


わずかに息をするカイゼル。俺たちはそれを見逃さず、一瞬緊張が解れる。彼は何かを伝えようと、口をパクパクさせている。声は小さく、今にも消え入りそうだった。


「・・・ぉ前達・・・、こ、の、事を・・・・・・全・・部隊に・・・知らせる、んだ。報復は・・・何も、産まなぃ・・・。だが・・・今、やるべき事は・・・・・・1つだ・・・」


苦しいはずなのに、目を開ける体力も残っていないはずなのに、カイゼルは最期に、俺たちに笑顔を見せた。


「冷静になって前を向け」


それを言い終えると、彼は優しい顔をしたまま沈黙した。


「何が『冷静になって前を向け』だ。そんな事をしたって・・・ん?」


槍を担ぐ男は、絶望する俺たちを見逃しはしなかった


「おっと、これはこれは・・・」


男は構え直す。


「若い芽は、早めに摘んでおかないとな」


動けない事がバレているのか男は肩の力を抜き、半身に構えた状態で槍を一直線に俺たちに向ける。まるで牛が突進をする直前に行う様な地慣らしを右足ですると、グッと下半身に力が入ったかと思いきや、一気に間合いを詰める。瞬きをする間にも詰め寄られてしまう程の鋭いスピードに、手も足も出ない煩わしさが残る。何も考えられない。


あ、もう終わりだ。


せめて一撃で仕留めてくれよ、と目を瞑むったが、俺は再び、とある声にハッと我に帰る。


『すまない、遅くなった!!』


俺と奴の間に割って入る様に燃える刀で槍に対抗する、1人の美しき女性がそこにはいた。


「・・・ソフィア隊長・・・?」


男は彼女の魔力の濃度を察知したのか、一度距離を取る。《火》の魔力を刀に付与して戦うソフィアにとって、対武器の戦闘に置いては現段階で王国騎士団随一だ。


「何腑抜けた顔をしておる、コウキよ。これは戦いだ。誰がいつ死んでもおかしくない」


彼女は燃え盛る刀を一旦鞘に戻し、帯刀したまま柄を握り、居合いの構えを取る。


「だから、悲しんでいる時間があるなら!!1秒でも長く生きる事を考えよ!!!」


顔を下げたままのソフィアの声は、いつもより上ずっていた。


1秒でも・・・長く・・・?


「それが、我々が進むべき道だ・・・!」


彼女は歯を食いしばりながら男を睨み付けた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第77話》へ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る