第75話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第75話》


謎の男の襲撃は、思った以上に俺たちの心にダメージを負わせていた。いくら3対1の状況だとしても、心の優位さは奴のが上だ。名も知らぬ、武器が槍ということと、見た目以上に純粋な力が備わっているという事以外は分からない。しかし今、その武器として持っていた槍は王国騎士団長のカイゼルの右脇腹から反対方向に貫通して刺さったままだ。武器のない状態での戦闘が、奴にとってどれ程のハンデになっているかは定かではないが、近接戦闘においては、わずかばかりだが、どうやら俺たちの方が優勢のようだった。


「くっ・・・!」


長髪の男は先程から防戦一方だが、ところどころ、どこか衝撃に違和感を感じていた。まるで暖簾(のれん)に腕押ししているような、手応えがまるでない。


こいつもまた、手を抜いてるのか・・・?


現在、遊撃部隊長のリゲル・サンドウィッチが交戦中のジュラス王国の魔法戦士軍、東軍長のオーディー・ウリグレイと南軍長のハデス・ガブラリエンズの2人は、この戦闘で何やら時間稼ぎをしている様子だった。それが果たして今俺たちが目の前に対峙している男が何かを成し遂げるまでなのか、はたまたそれ以外の事なのか。


「カペラ、シャウラ、こいつをここから引き離すぞ!!」


男の初動がカイゼルを狙った攻撃なら、奴の狙いは恐らく彼だ。試験管の様なガラス瓶に入った血を見て『少ない』という発言から、やはり目的は『王国騎士団員の魔力が入った血の採取』。そして騎士団長のカイゼルの元に現れたこの男の力量は、彼を倒せてしまう程のもので、俺たちが1人で相手にし、倒す事は現状不可能だろう。だが、3人掛かりプラス、後ろで高位魔法を撃つ為に魔力を溜めているカイゼルを含めた4人ならば何とかなるかもしれない、そう俺は目論見があったが、戦っている奴に不穏な動きが無い事が逆に不気味に感じていた。が、やらねば負けてしまう事に焦りは感じていた。


「お・・・らぁあ!!!」


俺は奴に体当たりをし、そのまま腰をガッツリ掴んでぶん投げようと力を入れる。方向は、今は城の外ならどこでも良い。とにかく増援も欲しいところだ。人の目に付くように、音が聞こえるように、まだ割られていない窓ガラスに向けて力任せに投げ飛ばす。


「はぁっ!!」


カペラも容赦なくボウガンの連射を放つ。某シューティングゲームのような弾幕の張り方に、俺も思わず息を呑む。それら全てに《水》の魔力が付与してあり、彼女自身、ここは引く時ではない、と感じているようだった。額や頬を汗が伝っている。相当消耗してきているのだろう。


「ふん・・・」


しかし男はその弾幕を避ける。単純な身体能力だけではあり得ない動きに、俺たちは唖然とし、一瞬動きが止まってしまった。


「まだまだ未熟だな」


その言葉にハッとした時は既に俺の思考は遅かった。


「がっ・・・はぁ・・・!!」


奴は、カペラのあの怒涛の弾幕を避けながら空中で体勢を変え、壁をまるで水中を泳いでいるかの如くのターンで蹴り、俺に向かって一直線に拳を構えて突進してきた。それに耐え切れず俺は壁を破壊する勢いで吹き飛んだ。


く、そ・・・がぁ・・・!!!


突進された腹部が激しく痛む。もしかしたらどこか骨が折れているかもしれない。吐き気もする。口の中は血の味がする。畏怖の念に気圧される。嫌だ、帰りたい、何で俺がこんな目に。負の感情が沸き起こる。だが、こんなところで挫けていられなかった。


「ふんぎぃぃぃぃぃぃい・・・!!!」


俺は足が震える中立ち上がる。我ながらバカだとは思う。敵わないのに真っ向から相手にするのは、とてもじゃないが正気の沙汰ではない。


「はぁ・・・はぁ・・・」


幸い、奴は俺が立ち上がっている事に気付いてはいないらしい。カペラとシャウラが怖気付く事なく向かい続けてくれているおかげだ。


何かないか・・・。


倒せずとも、カイゼルが高位魔法を撃つまでの時間稼ぎをする方法。次第に冷静さを取り戻しつつあり、アドレナリンが引いていくのが分かった。というのも、先程よりも腹部の痛みが増したからだ。


「痛たた・・・。・・・ん?」


俺は自分が吹き飛ばされた部屋が、どこなのかに気付く。


ここは・・・。


部屋の壁に修繕した後がある、初めてクシャミが《風》の古代魔法に代わったのを知り、事故的に俺が撃ってしまった部屋だ。


て事は、隣は俺が最初に寝てた部屋か。ん・・・?アレって・・・。


俺は机の隅にひっそりと置いてある、革生地の見覚えのあるカバンに目を引かれた。脇腹を押さえながら近付くと、それは紛れもなく俺がこちらに来る前に身に付けていたボディバッグだった。中身を確認すると、ハンカチ、ポケットティッシュ、財布、ダイアリー、筆記用具。そして、もう一つ、こちらの世界に来て無くした物がそこに入っていた。


「俺のスマホ・・・」


おもむろに電源ボタンを長押ししてみる。するとどうだろう、画面が光り、電源が入った。しかし待ち受け画面や時計、電波の部分は表示されない。電池はかろうじて赤く表示されており、今にも切れそうだった。


まぁ、そりゃそうだよな。


待ち受け画面も表示されない理屈は分からないが、俺はそのスマホを使って色々試す。


「コレは・・・ダメか。ん・・・?コレ・・・」


俺は2つ目にして使えそうな機能を見付ける。


コレなら、奴の隙を作る事ができるかもしれない・・・!


俺はスマホを握りしめ、壁に空いた穴から様子を見る。カペラとシャウラが間合いを詰め、必死の形相で戦っている。3対1の状況から1人でも減れば優位性は変動する。


「・・・・・・よし、行くぞ・・・」


チャンスは一度きり。失敗すればもれなく死が待っている。ゴクリと唾を飲むが、口角が自然と上がる。


成功する気しかしねぇ・・・!!


自らに暗示を掛けながら飛び出す。


「カペラ!!シャウラ!!こっち見るなよー!!!」


『!?』


とんだ俺の叫びに2人は一瞬無表情になり、『見るな』という指示に無理やりこちらを見ないように頑張ってはいたが、集中を削いでしまったようだ。


「これでも食らえ!!」


俺はスマホのある機能をオンにして奴の目の前に投げ付ける。


「!!?・・・くっ!!」


それは昼間でも目を覆う程の光量を放つ『懐中電灯』の機能。回転しながら奴の目にランダムに光を当て、こちらの世界には存在しない未知の物が自分に迫って来てるという事もあり、奴は思わず手を光を放つスマホに伸ばす。そしてその隙を2人は見逃さない。


「【ブルーストライク】!!」

「【灼鴉(しゃくあ)】!!」


カペラはボウガンの矢に《水》の魔力を込めて腰の入ったボディーブローを放ち、シャウラは2歩引いたところから、カペラには当たらないように無数のカラスを模した《火》の放出系の魔法を飛ばして奴へ浴びせる。


「・・・ぐっ・・・!!」


普段はシャウラが前衛、カペラが後衛だが、この時ばかりは前衛後衛が入れ替わり、これも騎士団で過ごした日々の成果が出ている事に2人も満足そうだ。と、更に後ろから声が飛ぶ。


「準備が整った!!3人とも離れろ!!」


カイゼルだ。どうやら高位魔法を撃つための魔力が溜まったようだった。俺たちはその声に従い、奴から離れるように飛び退く。


「私がかつて《凶星》と呼ばれた所以の魔法だ。とくと味わうが良い」


カイゼルの雰囲気が変わる。いや、これが彼の本来の魔力なのかもしれない。背筋が凍るような、冷たい魔力。そして彼は、その魔法の名前を口にする。


「堕ちろ・・・【メテオ】」


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第76話》へ続く。

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