第73話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第73話》


俺たちはグランツ城に向けて走っている。あちこちで戦火に倒れる者や避難する者、それを助ける者。さまざま人間が声を上げている。


「全く酷いわね」


「・・・あぁ」


カペラは走りながらも周りを気にし、それに同調するが、俺はリゲルが心配でならなかった。いくらアラグリッド王国の騎士団の隊長の1人だとしても、敵国の最高戦力の内の2人を同時に相手するなど、正直言って勝ち目は薄い。


大丈夫かな・・・。


「・・・」


そんな俺を、シャウラはジッと見、おもむろに1発、頭を平手打ちした。ペチッと可愛い音が鳴り、俺は普段の彼女からは予想だにしていない事だったので驚いた。カペラも、シャウラの行動に目を丸くしていた。


「え、あ、どうした!?」


「・・・コウキは、リゲル隊長より強い?」


は・・・?


「・・・さっきのあの場面で、私たちの中で間違いなく一番強いのはリゲル隊長だった。・・・それに、遊撃部隊の隊長。状況に応じて逃げる事だってできるし、たぶん、頭も凄く良い。私たちにはどうにもできない事も、軽くやってのけちゃう人だと思うから、今は、信頼しようよ」


シャウラの言葉は、予想していたよりも俺の心に深く刺さった。頭のどこかで、まだ俺より年下だから、とか、俺のが体力もある、という固定観念があったのかもしれない。だが、それは元の世界での話。こちらではそうではない。年下も年上も関係なく、より優れている者が上に立つ。そして俺たちに城まで走るように指示したのは紛れもなく『遊撃部隊の隊長リゲル・サンドウィッチ』だった。これに信頼を寄せないで何としようか。


「・・・すまん!」


俺の言葉に、カペラとシャウラは安心したのか、肩の力が抜けたように軽快になった。


「っと、謝りついでに寄りたい所があるんだけど、時間あるかな?」


「どこに行くつもりなの?」


「宿舎。ちょっと、持っていきたいものがあるんだ」


俺は、グランツ城にほとんどの住民が避難してきていると予想して、報告と共に、夕日の港町・トラモントで偶然拾った刻印の入った指輪を、持ち主に返そうとしていた。


本当は落ち着いた時にでも、と思っていたが、しばらくはそうもいかなさそうだ。


会うのは久し振り、同じ元の世界の、しかも同じ国の出身だけあって、言葉には注意しなければならない。場合によっては、収拾がつかない程の事態になりかねないだろう。


「宿舎ならここから東の方ね」


と、走っている大通りからカペラはそちらの方を向く。と、同じ方向から黒い煙が上がっているのが見える。まだまだ、ジュラス王国の兵士からの攻撃は止まないことに、苛立ちは増す。


「クソ・・・!っうぉっ!?」


俺たちが路地を曲がると、そこには3人のジュラスの兵士が、同じ曲がり角でこちらと衝突しそうになっていた。


「ハッハァ!こいつはラッキーだ!殺せ殺せ!!」

「昇格待ったなし!!」

「国に沈め!!」


兵士はそれぞれ1人目はナタのような物、2人目は両刃の剣を持ち、3人目は手から《火》の魔法を放とうとしていた。が、今の俺たちに喧嘩売った事は、恐らく後悔しただろう。


「うるせぇ!!!」

「はぁっ!!」

「・・・邪魔」


俺は顔面をブン殴り、カペラは左腕に装着しているボウガンに《水》の魔法を付与させて撃ち込み、シャウラに至っては、シリウス隊長が俺たちに見せたように手から数cm離れたところに大きな火球を固定し、それを射出していた。しかし俺たちのした事は、王国騎士団の訓練の中では特別な事ではなく、体術、付与魔法の基礎、放出魔法の基礎を敵に叩き込んだだけだ。ただそれだけなのに、奴らは吹き飛んだ。


『ぐわぁぁぁぁー!!!』


何だ、大した事ないな。


この時俺たちは、そんじょそこらのチンピラに毛が生えたような奴らは一撃で倒せる力を持っている事に気が付いていなかった。結果的に敵の方が弱かった、という事実が脳裏に刻まれ、自分たちが成長したから、という事を忘れていた。


「よし、急ごう」


妙に凛々しい顔の俺たちは、そこから2、3分走った小高い丘の上にある騎士団の宿舎に辿り着いた。木造2階建ての上階部分にある俺の部屋は、窓を開ければ街が一望できそうな程だ。ちなみに右隣が同期の、突撃部隊に配属されたアイザック・オールトンの部屋で、左隣が防衛部隊に配属されたアルタイル・イーグルハートの部屋だ。もちろんだが、今は出払っている。俺は自室の机の引き出しに用事があり、入るなり開ける。


「・・・ようやく、か」


俺は色んな書類の一番上にポツンと置かれた指輪を手に取る。そして大事にポケットにしまい振り返ると、開けたままのドアに背中を預けてもたれかかるカペラと、背筋を伸ばして立つシャウラと目が合う。


「取りに来たのはその指輪だったの?」


「・・・プロポーズ?」


「シャウラ、違うから。城に行こう」


シャウラからの視線が少し刺さったが、俺たちは宿舎を後にして、再び走り出す。



グランツ城の中は、怪我人や避難者で溢れていた。屋内演習場に避難者が集められ、怪我人は救護室だけでは収まりきらず、各客室や大きな会議室に急遽ベッドが詰められて、簡易救護室が作られている。俺はカペラ達と一旦別れ、それぞれカイゼルを探す。


「・・・早く、カイゼル騎士団長へ報告しなくちゃ・・・!・・・ん?」


俺は屋内演習場で、とある人と目が合った。


「泉さん!」


「あ、コウキくん」


彼女はエプロン姿で、大きな銀色のトレー

を持ち、怪我をしている人たちに食事を配っているようだった。泉はシチューのようなものを配り終えると、小走りで近寄ってきた。


「久し振りね」


「えぇ、何度か【ビッグ・ディッパー】の方には顔出してるんですけど、なかなか会えず・・・」


【ビッグ・ディッパー】とは、彼女がこちらの世界で働かせてもらっている、居酒屋と食堂を合わせたような飯屋だ。ちなみに、そこのオーナーは同期のアイザックの父親だ。雰囲気の変わった彼女に、少し照れを覚えながらも、俺は少しだけ、ほんの少しだけ、懐かしさを取り戻しつつあった。


「そういえば、この城内にもう1人日本人がいるはずだけど・・・」


「あぁ、ケイコさんなら、あの辺りにいるわよ」


もう泉も、彼女の事は知っていたようだった。それもそうだろう。異世界に飛ばされている数少ない日本人だ。しかも同じ国にいると分かれば、自ずと近付き、仲良くはなる。


「ありがとう、この戦いが終わったら、また飲みに行くよ」


「うん、頑張ってね!」


エールを背に受け、泉も自分のやるべき事に戻っていった。彼女が教えてくれた場所は、俺たちが話していた場所から近からず遠からず、同じ屋内演習場内の、大声で届く程のところだった。


「ケイコさん!」


「あ・・・、えと、コウキ、さん・・・」


彼女とはあの日以来会話をしていない。その気まずさからなのか、ケイコは少しどもった。


「・・・本当は落ち着いたら報告しようと思ってましたけど、僕が王国にいる時間が最近少なかったので、今になってごめんなさい。大丈夫ですか?」


彼女は、俺のその言葉で何を言いたかったのか理解したようで、正座してこちらを向き、頷いた。俺もそれに合わせて正面に正座する。ケイコはゴクリ、と唾を飲んだ。


「結果から申し上げます。アナタの婚約者であるマナブさんなんですが・・・」


ジュラス王国の実験で殺されました。そう簡単には言えない。俺は唇を噛み締める。事の全容を知らせるのは、あまりにも酷すぎる。だが、これも任務の1つ。腹を決め、俺は口をゆっくり開く。


「・・・ジュラス王国のとある実験の対象として不要となり、解放されたそうです。行き先までは聞き出す事はできませんでした」


嘘は言ってない。俺なりにだいぶ言葉をオブラートに包んだ、現状一番ケイコが傷付かない言葉だ。


「・・・そうですか、ありがとうございます」


ケイコはそれを受け入れ、深く頭を下げた。


「それと、これをアナタに・・・」


俺は宿舎から持ってきた刻印入りの指輪を彼女の手を取り、握らせる。感触から、それが何か理解したのか、ケイコは薄らと涙を浮かべ、その握られた物を顔に押し当て、言葉なく静かに泣いた。俺は少々いたたまれない気持ちに押されて立ち上がり、一礼して背中を向けた。


「・・・優しいのね」


え・・・?


その言葉に振り返るが、そこに居たはずのケイコの姿は無かった。そしてその日を境に、彼女の姿をこの世界で見る事は無かった。


「・・・・・・」


拳を握り、込み上げてきた感情を押し殺し、俺は再び、城に迫る脅威を知らせるべく、王国騎士団の騎士団長であるカイゼルの元へと急いだ。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第74話》へ続く。

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