第72話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第72話》
「ふっ!!」
リゲルは両手にそれぞれ持っているツインダガーで、ジュラス王国の魔法戦士軍、南軍長のハデス・ガブラリエンズが扱う《土》の古代魔法【カオス・リビングデッド】により生み出された土人形を相手にしていた。しかしどの切り口も会心の一撃とはならず、崩れかけてはまた元通りになり襲いかかってくる。術者は家の屋根に飛び乗って座り、文字通りの高みの見物をしている。俺たちも加勢をしておりそれぞれ1人1体ずつ、リゲルが残りの2体を相手にしている。
「ぬりぁあ!!!」
そしてもう1人、東軍長のオーディー・ウリグレイからの大きな一振りがたびたび襲いかかる。それを避けながら、めんどくさそうな土人形から相手にしているのだが、埒(らち)が明かない。
「・・・ちぃっ!」
リゲルも《風》の魔力を込めた無数の乱撃で対抗するも、一太刀浴びせられそうなところで避けられてしまう。その巨躯(きょく)からは想像もつかない機敏さで、さながら突撃部隊副隊長のアレス・サーロインの上位互換のようだった。
「ほれほれ、先にバテるのはどちらかのぉ?」
ケラケラと余裕そうに笑うハデスに、俺は何か引っ掛かっていた。
「なぁ、さっきからあのジジイとでけぇ奴、何かおかしくないか?」
俺は、あまりに手応えがない、と言ってはどこか違うが、『これがジュラス王国の最高戦力なのか?』という疑問が生まれていた。
「そう?私は何も感じないけど」
と言いながら、カペラは左腕に装着されている小さなボウガンを連射で、人間で言えば急所に当たる場所に全てヒットさせ、そのコントロールの成長ぶりに、日頃の訓練の成果が出ている。
「・・・コウキの言ってる事、ちょっと分かるかも」
シャウラも《火》の魔法を撃ちながらだが、少し何かが気になっていた様子だった。それが何かはいまいちピンと来てないが、予想はできる。
俺たちの力量を測ってるのか・・・?
だとしたら、1発どでかいクシャミをし、土人形を跡形もなく吹き飛ばす方が、相手に取っては良い情報を与えてしまう恐れがある。
ということなら・・・。
俺の予想通りなら、ここはこの土人形と互角にしといた方が良いのでは、と思っていたが、土人形たちがいきなり力を上げ始めた。
「ごはっ!?」
俺は反応が一瞬遅れて一撃を腹にもらってしまい、2、3歩後退りながらうずくまる。つい先程までとは力の強さがまるで違い、突然の事に驚きもしたが、ハデスが笑いながらご丁寧に説明してくれた。
「フォッフォッフォッ、驚いたかの?この《土》の古代魔法、【カオス・リビングデッド】は死者の魂を冥界から呼び寄せ、土人形として蘇らせる事ができる。そしてその中身は自由に入れ替えが可能なんじゃ。どうじゃ、カオスじゃろ?」
その顔は殴りたくなるように憎たらしかったが、この土人形たちをどうにかしないとそうもできない。
「・・・・・・」
しかしその説明を聞き、リゲルは動いた。エドワーズの時と同じ速度の、目にも止まらぬ速さの瞬間移動で、空中だがハデスの後ろを取る。
「ほぉ?」
「はぁっ!!」
右手に持ったダガーで首を狙い薙ぎ払う。が、それは空を切り、ハデスは体を滑らせるように背中を屋根に着けて躱(かわ)す。すかさず追い討ちを掛けるリゲル。左手に持ったダガーで、屋根に突き刺す勢いで再び顔面を狙うが、またしてもひらりとハデスは躱す。老人とは思えない身のこなしで屋根から降りると、見事な着地で再びその場に座る。
「はっはぁ!!背中がガラ空きだぜ!!」
その隙を見逃さないと、オーディーが巨大な斧を振り被りながら、リゲルの後ろをとてつもない跳躍力で取るが、リゲルは動こうとしない。そして奴は真っ二つにせんばかりに、斧を彼目掛けて振り下ろした。
ドゴォッ!!!!!
「リゲル隊長!!!!!」
俺たちは唖然とし、目の前で隊長格がやられた事にショックを隠しきれなかった。何故避けなかったのか、その疑念だけが残るが、答えはすぐに分かった。
「俺の一撃を動かずに避けた奴は、今まで1人もいない。やるな、リゲル・サンドウィッチ」
!?
リゲルの横に斧は屋根に刺さり、彼は無事だった。
何だ、何が起こった!?
「コウキ、後そこの2人」
カペラとシャウラは名前を呼ばれなかった事にショックを受けたようだった。
「城まで走れ。ここは僕1人で十分だ」
「え、それはどういう事ですか!?」
動きが止まったのは俺たちだけではなく、ハデスの土人形たちも、いつの間にか動きを止めていた。
「コイツらは僕たちをここで足止めする為にいる。つまり時間稼ぎだ」
!?
奴らの顔を見ると、オーディーはあからさまに驚いた様子、ハデスはやれやれ、といった様子で、リゲルの言っている事は恐らく正解だ。
「後、これは奴らの仲間なのかは知らないけど、大きな気配と魔力が城に近付いてる。急いで。僕は逆にこのままコイツらをここに留めておく」
そう言うと、俺たちと奴らの間に入る形で屋根から飛び降りて着地した。
「舐められたもんだなぁ。作戦がバレちゃあ、こちとら本気で行くぜぇ?」
「そっちこそ、舐めてたら、足元掬うよ」
「フォッフォッフォッ、威勢が良いのは元気な証拠。どれ、此奴(こやつ)のもリストに入れるかね」
オーディーは飛び降りて斧を担ぎ直し、ハデスも杖を突きながら立ち上がり、尻についた土埃を払った。
「大丈夫ですか!?」
「何が?」
俺の心配は、隊長格には失礼だったかもしれない、が、明らかに年下のリゲルに、俺は不穏な空気を抱いていたのは事実だ。
「その・・・、向こうの最高戦力を1人で2人も相手にするなんて・・・」
リゲルは溜め息を吐いた。
「良い?覚えておいて。上の者は何があろうと部下を守るもんなの。僕は上司、君たちは部下。自分で言うのも恥ずかしいけど、《風牙の神童》と呼ばれている以上、少しは期待しててよね」
俺はその背中に、幼いなりに覚悟と責任感を感じた。そしてリゲルは両手にそれぞれ持ったツインダガーに《風》の魔力を再度込め、重心を低くし、逆手に持ち、その握る両手を耳の横に持っていき、まるで猛獣の牙を携帯模写しているかのような独特の構えを取った。
「何かあれば信号弾を飛ばして知らせるから。行って」
ゴクリと唾を飲み、俺は半ばカペラに手を引かれる形でその場を後にした。走る背中に聞こえてきたのは、激しい戦闘音だったが、今までのどの攻撃の音とは違う、風を斬るような甲高い不気味な音だった。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第73話》へ続く。
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