第71話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第71話》
空は曇り始め、今にも雨が降りそうだった。
リゲルはすました顔でエドワーズを睨み付ける。余裕のあるいでたちで隙だらけなのだが、どこか懐に飛び込ませてもらえない、むしろ一歩でも動けば瞬時に首を刎(は)ねられてしまいそうな殺気を纏っている。今は上手く抑えているが、これが解放されてしまえば、辺りの一般人は卒倒しそうだった。
「まさかアナタが出てくるとは・・・!」
エドワーズのこめかみから一筋の汗がスッと流れる。口元は笑っているが目は笑っていない。緊張の糸がピンッと張っている。体も自然と強ばり、立っているだけでそのリゲルの洗練された圧に体力を奪われそうだった。
「ま、僕はどっちだって良いんだけどさ。ところで、コウキ、こいつはここで何してんの?」
突然の名指しにハッと我に帰る。
「こ、こいつは俺の同期のカペラとシャウラをここに呼び出していたそうです」
俺はどもりながらも答えるとリゲルは、ふーん、と一言。そしてカペラとシャウラを交互に見て口を開く。
「君たちはコイツと裏で繋がってるの?」
!?
カペラとシャウラは言葉を失うような驚き方をした。同期の俺から言えば、そんな事はあり得ない。むしろその逆で、歪(いが)みっている程だ。
「あり得ません。もし裏で繋がっているのであれば、2人でどうやって始末するか話し合ってます」
カペラはそう返しながらもエドワーズを睨みつける。
「・・・小さい頃から、ずっと苦手」
シャウラも同じく睨みつける。リゲルは2人の答えを聞き、鼻から息を抜く。
「じゃあ、コイツを捕らえて尋問しても、何ら胸は痛まないね?」
『はい!』
2人は息のあった返事をすると、リゲルはその場から瞬間移動したかのように、エドワーズの後ろにある外壁の上の方に張り付いていた。
「速い・・・!!」
目に止まらぬ高速移動に奴は思わず言葉を漏らす。そして振り向く頃にはリゲルはエドワーズの足元にツインダガーを逆手に構えて着地している。魔力が帯びているのか、薄く発光しており、動いていないにも関わらず服が靡(なび)いている
「ぐはぁ・・・!!」
刹那、奴の右肘から下が切断されて宙を舞う。夥(おびただ)しい程の量の血に一瞬たじろぎそうになる奴だが、飛び退いて間合いを取り、左手をリゲルに向けて魔法を放つ。顔からは冷や汗がダラダラと溢れている。
「ちっ・・・、くらえ!【ブレス】!!」
竜巻の様なものが左手からうねりながらリゲルを狙う。子供と大人が放つ魔法の主な差は、その体に流れる魔力量による規模の大きさだ。リゲルはまだ年齢的にも、体も子供、エドワーズは大人の部類だ。物理的に彼を飲み込んでしまう程の大きさの魔法は、エドワーズには容易に撃ててしまう。現に今、奴の放った風魔法はリゲルを軽く覆って余る大きさだ。しかし今回に限っては、エドワーズはリゲルを見た目から『子供』と、どこか侮っていたのかもしれない。いや、最初から警戒をして規模の大きな魔法を放ったのかもしれないが、奴は何故、リゲル・サンドウィッチがこの年で遊撃部隊の隊長を務めているのかを、本質で捉えていなかった。
「甘い」
彼はエドワーズの攻撃を一閃、逆手に握っていたダガーを順手に持ち替えて横に薙(な)ぐ。すると二つに割れ、一方はリゲルの足元に、もう一方は上空に向かっていった。彼の足元に落ちた風魔法によって砂煙が舞い上がり、俺たちは思わず顔を腕で覆う。
「君、あんまり強くないんだね。期待して損したよ」
しゃがんで地面をさすりながら、リゲルは魔法を解いてツインダガーを再び腰にしまう。
「うちの副隊長なら、弾かれても地面に穴ぐらい空けれる程の威力出せるんだけど」
どんだけ強いんだよ、サンズさん。
それを聞いたエドワーズは、ゴクリと唾を飲む。そして切られた右腕を押さえながら睨みつけた。
「俺だって、アンタが腕を切ってなければ・・・。両腕あれば同じぐらいの威力は出せるさ」
「どうだか。まぁ、僕は君に用はないんだよね」
と、リゲルは振り向く。
「さっきから気配すんごいんだけど。いい加減出てきてくんない?」
右斜め後ろの方にある家の屋根に向けて声を掛けると、2人、煙突の陰から姿を現した。1人は老人だ。両手で杖を突き、白い顎髭が2〜30cm程あり、髪も長く、白い。後ろに纏め上げ、髷(まげ)の様に結っている。服装も白く、静かだが怪しい気が漂っている。もう1人は頬に十字傷のある20代半ば程の男性だ。全長2mはあろうかという大きな斧を担いでいる。2人は屋根から飛び降りた。
「アンタら、何者?」
リゲルが聞くも、老人の方はゆっくりと拍手をした。
あ?
それを怪訝(けげん)に思ったのは俺だけではなく、当人のリゲルを始め、カペラやシャウラまでもが顔色を変えた。
「いやいや、流石は《風牙(ふうが)の神童(しんどう)》と呼ばれているだけはありまするな」
老人は口を開く。その重厚感のある声は、幾多の戦を乗り越えてきたような深みがあった。
「あの瞬間移動、どうやってんだ?俺にも教えてくれよ」
今度はもう1人の20代半ばの男が口を開く。斧を担いだままで、時折ズレて落ちそうになっているのを、おんぶしている子供を乗せ直す様に担ぎ直している。
「・・・・・・」
リゲルは呆れた様子で2人を睨み付けている。その視線に気付いたのか、はたまたわざとなのかは分からないが、20代半ばの男が名乗る。
「俺はジュラス王国、魔法戦士軍、東軍長(とうぐんちょう)のオーディー・ウリグレイだ」
オーディーは地面に大斧を下ろす。その見た目通りの重さのようで、ドシン、と一度地面が揺れる。
・・・一体何キロあんだよ・・・!?
次に老人の方が笑いながら名乗る。
「フォッフォッフォッ、ワシは同じく魔法戦士軍、南軍長(なんぐんちょう)のハデス・ガブラリエンズじゃ」
ハデスは杖でカンカンッと地面を突くと、地面から5体の土人形が、まるでゾンビ映画で墓から出てくる様に現れた。
何だ、この魔法・・・!?
ハデスは俺の心を見透かす様に答えた。
「フォッフォッフォッ。【カオス・リビングデッド】。初めてですかな、《土》の古代魔法は?」
「何!?」
挨拶がわりと言わんばかりに2人はその力を見せつける。それにはリゲルもこめかみに汗を滲ませながらもニヤッと笑う。
「そうこなくっちゃ・・・!」
と臨戦態勢が整ったところで、それを鎮める様に、アラグリッド王国の中心地であるグランツ城の辺りから轟音が聞こえた。
ドォォォォォォォン・・・!!!!!!
爆発にも似たその音に、リゲルは目線だけを、俺やカペラ、シャウラは顔を城のある方へ向ける。
「何をした?」
子供ながらにこの威圧感を出せるリゲルは、やはり隊長の風格だ。ジュラス王国の連中が仕掛けた事だということは見透かしているようだ。ハデスがそれに答える。
「フォッフォッフォッ。ちょいと、秘密じゃ」
「じゃあ、アンタら倒して無理にでも聞いてやる」
リゲルは逆手に持ったツインダガーに《風》の魔力を込める。エドワーズの時は薄ら程度だった発光が、今は少し目を細めるまでの明るさを発している。
さっきまでは本気じゃなかったって事か・・・!?
俺たちの目の前で、リゲルと軍長2人の戦いが始まろうとしていた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第72話》へ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます