第70話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第70話》
戦争というものは、血生臭く、お互いの正義を掲げ、どちらかの戦意が無くなるまで続くものだと思っていた。だかしかし、今目の前で起きているのは、明らかな一方的な殺意の表れ。ジュラス王国の魔法戦士軍がアラグリッド王国内に住む民間人への殺戮(さつりく)を繰り返そうとしている。各地で騎士団が奮闘するも、間に合わずに散ってしまった命も少なからずあった。
「くそっ!!」
あちこちで悲鳴が上がり、雄叫びが聞こえる。戦況がどうなのかは全く分からない。が、攻め込まれており、街中で火の手が上がっている以上、こちらが劣勢なのは間違いない。
考えろ、今俺は何をすべきか・・・!!
一回深呼吸をするぐらいの時間で行き着いた答えは、至極当たり前の事だった。
民間人の避難だ!!!
すぐに体は動き、騎士団が戦っている場所ではないところへと急ぐ。見えるグランツ城の位置からして、ここは一度シリウスと泉と一緒に、ミヤビの元を訪れた際に歩いた貧困層が住む地域。
やけに静かだ・・・。
先程の戦闘音とは異なり、別世界のように静かだった。疑問に思いながらも俺は声掛けを始める。
「こちらに住むみなさん!!今アラグリッド王国はジュラス王国に攻め入れられています!!早く安全な場所に避難を!!」
俺の声は建物に反響した。しかし反応はない。不審に思い小走りで貧困層の居住地へと足を踏み入れる。と、すぐに道端に倒れている年老いた男性を見つけて駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「う、ん・・・?」
「怪我はありませんか?」
「なんじゃお前さん、ここに何しに来た」
「アラグリッド王国騎士団のタニモト・コウキと申します。怪我とかは大丈夫そうですね、こちらは危険です。すぐに避難を!」
年老いた男性は何のことか分からない様子で、口をポカンと開けていた。
「こちらに住む人たちはどちらに?」
「お前さん、さっきから何を言っとるんだ?」
「え?」
「ジュラス王国の兵士なら、ワシらに魔力がない事が分かると、すぐに引き上げて行きおったぞ?」
・・・何・・・?
足りない頭が、物凄いスピードで何か1つの結論へ導くために動いているのが分かる。その間俺は黙り、目を見開き、一点を見つめていた。その俺の言動に、貧困層に住む人たちがゾロゾロと集まり始めたところで、俺は唾を飲み込む。
・・・まさか。
「すいません、こんな事突然言うのも何なんですけど、ここの近くに、まだあなた方の様な、立場が弱い方々っています?」
「ん、あぁ、大通りを挟んだ反対側の城壁のところにも、ワシらと同じような奴らがいる」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げてお礼を言うが、頭の中は、とある考えでいっぱいだった。
「あ、ここも安全とは言い切れません、僕らがまた声を掛けるまで、建物の中から絶対に出ないでください!!」
そう言うと、俺は年老いた男性が教えてくれた場所へと急ぐ。そして戦闘音は更に遠のき、既に避難を終えているのか、段々と人気が無くなっているのがわかった。
ここだよな。
俺は教えてもらった場所へと辿り着いていた。見えるところには誰もいない。城壁に沿って藁(わら)で作られた簡易的な寝床や、お世辞にも家と呼ぶには程遠い作りの物が乱立しており、先程の貧困層がまだマシに見えてしまう程の生活水準に驚かされた。
「突然すいません!アラグリッド王国騎士団のタニモト・コウキと申します!こちらの方々の安全を確保しに参りました!!」
と、俺の声に1人が反応して小屋の様なところから顔をニュッと出してきた。
「騎士団の連中が今更なんだって言うんだ。もっとまともな生活を送らせてもらえるんだったら、避難してやろうじゃねぇの」
ん・・・?
俺は、その男の言葉に少しだけ違和感を覚えた。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺、避難してください、なんて一言も言ってないんですけど!」
するとその男はハッとした様子で小屋の中に籠ってしまった。
・・・やっぱり。
俺の考えは、幸か不幸か、当たりのようだった。この事を伝えなければ、と再び戦禍へ戻ろうとすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『全く、好き放題暴れてくれちゃって、ジュラスの兵士はホント教育がなってないわね!』
『・・・でも、それを倒してるカペラ、成長してる』
それは明るい快活な女性と、冷静さを帯びた女性の声だった。俺は2人の声に不思議と懐かしさが込み上げ、思わず緊張感を解かれて笑みが溢れた。
「・・・カペラ!シャウラ!久し振りだな!」
そこには同期の、陽動部隊に配属されたカペラとシャウラの姿があった。2人は振り向いた。
「あら、コウキ!久し振りね!」
「・・・元気?」
2人は相変わらず対照的だった。
「俺は変わりなくやってるよ。ところで、どうして2人はここに?」
カペラは腕を組んで答えた。
「どうもこうもないわよ!呼び出しくらってんの」
呼び出し・・・?
「誰に?」
すると、シャウラが俺の後ろを指差す。確か俺の後ろは、外へ通じる小さな門がある。ゆっくり振り向くと、そこには見覚えのある男が城壁にもたれ掛かってこちらを見ていた。
またコイツか・・・。
アラグリッド王国騎士団の試験を受け、仮合格までしたにも関わらず自ら辞退し、次の再会ではジュラス王国の兵士になっていたエドワーズ・アテンサム。奴の行動は、正直言って理解できない。幼馴染のカペラとシャウラと仲違いしてもなお、ここまで関わりを持ちたがるのには理由でもあるのか。それともただの嫌がらせなのかは分からない。が、今こうして三度顔を合わせるとは思ってもいなかった。
「で、私たちを呼び出しといて、何の話なの?」
「・・・答えによっては、退場してもらう」
2人は臨戦態勢だった。しかしエドワーズはそんな彼女らをあしらう様に笑う。
「まぁまぁ、こうやって幼馴染3人が揃ったんだ。昔話でもして懐かしもうという気はないのか?」
この期に及んで何をしようってんだ?
「アナタの現在は聞いてるわ。ジュラス王国の兵士になってるんですってね」
カペラは左腕に付けた小さなボウガンを構えて《水》の魔力を込める。シャウラもいつでも《火》の魔法を撃ち込める間合いまで詰めれるように身体を半身に構えている。
「おっと・・・、怖い怖い」
と、エドワーズは俺を一眼見る。何か企んでいるのだろうか、口角が一瞬上がる。その顔は、誰がどう見ても悪巧みをしている顔だ。
「ところで、タニモト・コウキよ」
「・・・何だ」
今度は俺を名指ししてくる辺り、まともな会話はできなさそうだった。
「お前、異世界から来たんだってな。西軍長のマリア様から聞いてるぜ」
「だったら何だってんだよ」
「元の世界に帰る方法がある、と言ったら、俺たちに着いてくる気はあるか?」
・・・は?
思いもよらぬ言葉に、俺の心はドクンッと脈打つ。
「コウキ!耳を貸しちゃダメ!!!」
カペラは必死に叫ぶが、今奴が言った言葉は、俺や泉、ミヤビ、ケイコには喉から手が出るほど欲しい情報だった。少しでもその可能性があるのであれば、俺は奴と共に行動をしただろう。前までの俺ならば。
「それは、自分で探してるんでな、悪いがお引き取り願おうか」
俺は、柄にもなく挑発するようにニタリと笑い返してみた。するとエドワーズは懲りる様子もなく、更に、今度は演説でもしているかのように両手を広げて口を開く。
「そうか、残念だ、美味い店だったり、女が綺麗な酒場、フカフカなベッドのある宿だって紹介できるのになぁ」
『じゃあ、その美味い店とやらを教えてもらっても良い?』
「!?」
奴は驚いた様子で、その場にいる全員が上を見上げる。落ち着いてはいるが少年の声に、カペラ、シャウラ、俺の3人は緊張を取り戻す。家の屋根から飛び降り、華麗に着地したその少年は、俺たちの上司だった。
「リゲル隊長!」
彼は立ち上がると、その翡翠色の髪についた土埃を払った。
「さて、僕には教えてもらえないのかな?」
エドワーズは歯を食いしばり、どこか悔しそうな顔をしていた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第71話》へ続く。
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