第69話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第69話》


シリウスが言った5分はとうに過ぎた。しかし彼は俺たちの前にはいない。


「・・・遅いですね。シリウス隊長」


カーニャが心配そうに一番高い塔を破壊されたジュラス王国の城を見ていた。

俺たちはあれからイヌア村の人達を救出し、潜入前に保護したデルタが休んでいる、俺たちが休憩していた場所へと来ていた。総勢25名のイヌア村の男衆は、既に魔力が枯渇しつつあり、体力、気力ともにギリギリの状態だった。アリスが数ヵ所に起こした焚き火を囲い、アレスとヘルメスが近くで野うさぎや猪を狩り、捌き、調理している。ここまで追っ手が来てない事に安心はしているが、ジュラス王国の魔法戦士軍、西軍長のマリア・ルルシファーにこの場所が一度見つかっているあたり、奴らは敢えて追ってきてないのだろう。


「あ・・・」


ふと、アリスが指をさす。全員が食事を摂りながらそちらの方へ顔を向けると、シリウスがこちらに向かって手を振りながら歩いてきているのが見えた。しかし、その後ろには、誰かいる。よく目を凝らすと、彼の後ろにいるのは赤髪のフォティノース。相変わらず上半身は裸のままだ。そして、シリウスが1人背負っている事に俺たちは気付く。


「あれ、エテレインさん・・・?」


寝てる、のか・・・?


シリウスの背中に体を預けて安らかな表情をしている。心なしか目元が赤くなっているような気がした。


「すまん、遅くなった」


「5分って言ったのはシリウス隊長ですよ?」


「マリアは時間通りだったんだが、この2人を連れてくるのに少し手間取ってな」


と彼は背中のエテレインを一目見やる。


「いや〜、この人が我達とどうしても話がしたいと言ってきてな〜。飯をたらふく食わせてくれるという約束で着いてきた!」


フォティノースは頭を掻き、少し照れながら口を開く。


食い意地すげぇな。


「って、和んでる場合じゃないっすよ!!」


俺は思い出す。今、アラグリッド王国が攻め入られている事を。


「そうだな、事は一刻を争う。急いで帰りたいのは山々なんだが、イヌア村の人々を安全なところまでお送りしなくてはならない」


「それでしたら、自分が適任でしょう」


シリウスの言葉に、ヘルメスが小さく手を挙げた。


「彼は隠密行動の任務の中で各地を回ってます。恐らく、今のメンバーの中では一番地方に詳しいはずです」


アレスが言葉を足すと、シリウスはすぐに頷く。


「よし、ヘルメスは村人を連れてアラグリッド王国の友好国に一度匿ってもらうように動いてくれ」


「分かりました」


そしてヘルメスはイヌア村の男衆の輪の中に入っていった。


「よし、俺たちは急いで王国に戻ろう」


シリウスが再び指揮を執る。と、フォティノースが口を開いた。


「アンタ達、急いでるんだよな?良かったら、我の背中に乗ってくか?」


ん?


キョトンとする一同。


「あぁ、言ってなかったか。我、赤龍なんだよ」


「・・・まぁ、何となく予想はしていたがな」


アレスは驚く様子もなく、言いながらいつの間にか起きてシリウスの背中から降りたエテレインの方を向く。


あ、そんな簡単に言っちゃうのね。


「エテレインの正体は既に知ってるんだろ?なら話は早い。先程の飯のお礼もある。さぁ、行くなら早くしろ」


と、フォティノースは少し離れ、その姿を変えていく。体躯はエテレインの龍の姿よりも何回りか大きく、表面の鱗はまるで燃えているかのように赤く太陽の光を反射し、長い尻尾、大きな翼、鋭い牙や爪、想像していたものより厳つい。エテレインがドラゴンに近いなら、フォティノースはワイバーンに近いものだった。


『サァ、ノルガヨイ』


龍を初めて目の当たりにしたルナールやカーニャ、ヘルメス、イヌア村の男衆たちは目を丸くしていたが、シリウスはゴクリと唾を飲み、見た目は平静を装ってはいるが心拍数は上がってそうだ。


「じゃ、じゃあ俺たちは先に王国へ向かう。ヘルメス、頼んだぞ」


「はい」


シリウスは少しどもりながらも最後の指示をヘルメスに出し、アレス、アリス、ルナール、カーニャ、シリウス、俺は急いでアラグリッド王国へと向かうためにフォティノースの背中に乗る。エテレインも何故かその背中に乗り、ポンポン、と棘を叩くと、赤龍となったフォティノースは上空へと飛び上がる。エテレインの時にも掛かっていた【龍の加護】が今回も掛かっているのだろうか。空気抵抗を感じず、その場に留まっているのではないかと思うほど静かだった。飛んでいるのか飛んでいないのか、景色を見なければ分からなかった。


しかし、また龍に乗るとはな・・・。


「そういえばフォティノースさん、龍の姿になればジュラス王国から簡単に逃げれたのでは?」


カーニャがふいにそんな事を言うが、彼は笑っていた。


『ワレ、タイヨウノヒカリヲアビナイトマリョクガカイフクシテイカナイノダ。コノスガタニナルノニモイクラカマリョクガイルノダ』


なるほどな。だから人間の姿のまま捕まって、尚且つ力が発揮できなかったのか。


妙に納得していると、フォティノースは続けた。


『サテ、モウツイタゾ』


速いな、おい。


真下を見ると、戦禍の炎が上がる、見知った場所だが見覚えのない姿のアラグリッド王国があった。


「フォティノースさん、降ろしてください!!今すぐ行かないと!!」


突如訪れた緊張感に俺たちは立ち上がるが、この高さではどうにもできない。が、俺の言葉を勘違いしたのか、フォティノースは俺たちを乗せたまま体を上下反転させた。


え。


視界も上下反転する。地面が上にあり、空が下にある。この事を理解するのに数秒を要したが、フォティノースはそんな事はお構いなしだった。


『イッテラッシャイ』


パッと【龍の加護】が解かれたのが分かる。理由は明白だ。突然風を感じ、突然落下し、突然危険を感じたからだ。


「いいいいいぃぃぃぃぃやあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


涙が渇きそうなぐらいの出来事だったが、一緒に乗っていたエテレインがみんなを落下中に集め、何か祈ってくれている。


何だ!?加護か!?


そんな悠長に見ている時ではないが、彼女が祈り終わった途端に、再び風を感じなくなり、落下しているにも関わらず視点が定まり、不思議と危険を感じなくなっていた。


「どうじゃ?少しはマシになったじゃろう」


「ありがとうございます!!」


でも、このまま落下しても大丈夫なのか?


ふと過ぎる不安感。港町トラモントからの黒龍エテレインの超速タクシーには耐えていたから、【黒龍の加護】を信頼していないわけではない。自分の着地に対する不安が、今俺の中にはあった。受け身は取った方が良いのか、そのまま落ちても生きているのか。【黒龍の加護】がどれ程の衝撃に耐えられるのかは分からない。だが、ここは信じて突っ込むべきだと、エテレインがあんなに自身満々にしているわけがないと自分に言い聞かせる。


「あ、言い忘れておったが、受け身は念の為取るのじゃぞ?落下の衝撃は魔法じゃないからの。ある程度しか防げん」


何ぃ・・・!?


恐らく俺は、ここ最近で一番間抜けな顔をしているだろう。この高さからの落下の時点で受け身もクソもないが、地面はもうすぐそこだ。迷ってる時間は無い。


思い出せぇ、日頃の訓練を思い出せぇ・・・。


防衛部隊のプロキオン隊長直々に格闘訓練があった時の事を体から思い出させる。思考はほぼ0。神経を最初の手が着く瞬間に集中させ、そこからは脱力と筋肉の緊張を瞬時に行うと共に順番に地面に体を着ける。腕、肘、肩、背中、腰、そして足。イメージトレーニングは何度もしたし、訓練や実戦で吹き飛ばされた時に、既に無意識の内に体が反応するのは確かだ。ただ、この高さが初めて、というだけ。


バラバラにならんでおくれよ・・・。


そうしている間にもその瞬間はやってきた。が、俺の注意は他に向いた。


『キャー!!!』


それは悲鳴だ。絹を裂くような女性の声に、絶対に失敗してはならない、ということと、今すぐにでも助けに行かなければ、という思いが、より一層俺を戦地に赴かせる。


「ここだ!!!」


何故か動体視力がいやに良くなり過ぎているのか、地面にぶつかる瞬間がコマ送りの様に見えた。タイミングを見計らい、受け身を行う。それは今までのどの訓練、実戦の受け身よりも完璧だった。そしてすぐさま起き上がり、悲鳴が聞こえた場所へ走る。そこではジュラス王国の兵士が、非武装の民間の女性を捕らえようと剣を振り上げていた。


マズイ!!!


クシャミを出す方が早いか、体当たりした方が早いかは、俺の体だけが知っていた。


「ぶえっくしゃい!!!」


クシャミは《風》の古代魔法、【エアロブラスト】となり、ジュラス王国の兵士たちの密集しているど真ん中に、文字通りの風穴を空けた。


『うわぁぁぁぁぁ!!!』


良い子には見せられない姿に一瞬吐き気を覚えたが、ここは我慢だ。


「僕らが来ました!もう大丈夫ですよ!!」


『・・・ありがとう・・・!』


女性は涙ながらに感謝を言葉に表した。俺は怒りに満ちており、やらなければやられる、そういう思いを抱えるが、この世界で『人を殺める』という行為をすることに、何の躊躇いもなくなり、この世界の秩序に順応しきっていた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第70話》へ続く。

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