第68話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第68話》


俺は一体何を考えているのだろうか。自分の住む所がある国を捨ててまで、敵国の女王を生きさせたいと思うのか。しかしそれは他人の空似なのは百も承知。あの日あの時、同じ場所に居たにも関わらず、こちらに飛ばされてきたのであれば、今俺の隣に居てもおかしくはないはずだ。しかしその姿は無い。引き手の女性が再び彼女を抱え上げて車椅子に乗せ、その場を去ろうとしている情景を、俺は情けなくも惜しんだ。やっと見つけた『知っている顔』。だけどそれは『知らない人』。いや、本当は自分の頭では理解しているのだ。『こちらの世界にリンはいない』と。スローモーションにみえている光景に俺の体はいちいち反応し、どれが最善なのか、いや、どれが後悔しないか、を選ばざるを得ない事に激しく神を恨む。葛藤している時間はほんの僅かだった。人が唾を飲み込むより早く、瞬きをするより早かった。手を伸ばそうとしたその先にあったのは、仲間の手で、それを取った瞬間、時間は正常を取り戻した。


「行こう!!!」


俺は『混乱に乗じて逃げる』を選んだ。突然の事態に、一瞬動揺を見せたシリウスやアレスだったが、俺の言葉と同時に体が動いていた。向かう先は先程の実験が行われていた地下室。そこに俺たちの目的である、捕まった村人たちがいるはずだ。しかし、目隠しを強要されて移動したため、場所はあやふやだった。


「【魔力探知(まりょくたんち)】!!」


先頭を走るシリウスが右の手のひらを握る。彼を中心に半径数十メートルの範囲に円形に波動が広がり、魔力の反応を窺う。シリウスはこちらを向いた。


「微弱だが、まだ反応はある!着いてこい!!」


『はい!!』


頼もしい背中を追い掛け、長く歩かされていた道を、今度は自らの意思で戻る。一心不乱に走るが、道中、そんなに甘くはなかった。


『待てぃ、お前ら!アラグリッドの連中だろぉ!!』


俺たちの行く先を阻む、ジュラス王国の武装した兵士たち。しかも通路を埋め尽くそうとせんばかりの人数がいた。


「いいぃ!?」


俺たちは一旦止まるが、アレスが先陣を切るように前に出た。


「やむを得ん。シリウス隊長、戦闘の許可を」


本当は暴れたくて仕方がないような彼の雰囲気に、シリウスは、やれやれ、と言った顔で許可を出す。


「調査班の村人奪還作戦の人員に告ぐ。陽動部隊・隊長、シリウス・ホーキングの名の下に、ジュラス王国内での戦闘を許可する。あまり時間を掛けるなよ」


それを聞くと、アレスは拳を握り、装備しているメリケンサックに《火》の魔力を込める。まるで太陽がそこにあるかの様に、魔力は凝縮している。


「はぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」


右手を握り後ろに構え、左手は前に、歌舞伎の見栄を切る時の様なポーズに、味方である俺でさえ、気迫に圧されそうだった。そして、その集約したエネルギーを拳に乗せて一気に腕を振り抜く。


「【火極燼烈破(かぎょくじんれっぱ)】!!!」


一瞬の光とともに通路ごと粉砕し、かつ爆散した熱風が敵を襲う。


すげぇーーー!!!やべぇーーー!!!


語彙力(ごいりょく)をどこかに旅へ出させてしまう程のインパクトの大きさだが、俺はある事を思い出す。


「あれ、アレス副隊長って放出系の魔法使いじゃないですよね?」


打ち切った背中を見ると、アレスは振り返り答えた。


「ん?あぁ、拳圧だ」


親指をグッと立てたが、流石鍛え上げた肉体の持ち主、とは思えなかった。もはや1人で戦車と同等の戦力を有している事に自分では気付いていないのだろうか。


何でもありかよ。


心の中でツッコミを入れると、アレスは傍の通路に逃げて被害を免れたジュラス王国の兵士に物申した。


「お前ら、随分舐めたマネしてくれたなぁ。俺たちを再び敵に回した事、後悔しても知らねぇからな」


その威圧感は、残っている兵士たちを震え上がらせた。


『お、お前らなんか!軍長たちの足元にも

「うるさいからちょっと黙ってもらえる?【ダンデライオン】」


と、アリスは兵士の言葉を食い、火の点いた綿毛を顔の前に漂わせている。そして手のひらを握る。刹那、火の点いた綿毛は爆発を起こし、兵士たちを吹き飛ばす。


「軍長軍長って・・・、少しは自分たちの力を高めようとは思わないのかしら?」


アリスは少しお怒りのようだった。その金髪ツインテールを、フンッと鼻を鳴らしながら靡(なび)かせる辺り、他人頼りな思考が許せなかったらしい。


「全くもってその通りね。【稲荷憑き(いなりつき)】」


ルナールが纏う《火》の魔法は、普段と少し違っていた。いつもなら明るい、煌々とした赤やオレンジ色なのだが、この技の時は青色の、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。一度飛び出せば、狭い通路内で目で追う事は難しかった。


『は、速い!!』


「アナタたちが遅いのよ」


壁を走ったり、空中で方向転換したりと、ピンボールの様に壁を破壊しながら、人間離れした動きをしながらも、纏った青色の炎が敵に触れれば燃え上がる。辺りは青い炎がジュラスの兵士の行手を阻む。


すげぇ・・・。


感心するのも束の間、今度はカーニャが地面に手をついている。何かが来る。僅かながらもピリついた魔力を感じながらも、一度前へ出たアレスとアリスは彼女の後ろに、ルナールは天井に張り付いた。


「皆さん、大量の砂をありがとうございます!呑み込め。【愚者(ぐしゃ)の大流砂(だいりゅうさ)】!」


カーニャの手元が砂を呼ぶ様に、その場にある砂という砂が、津波の様に兵士たちを襲う。まるで大掃除したかの様に、通路には1人も兵士がいなくなり、俺は呆気に取られながらも、改めて味方の偉大さを実感する。


「ははっ・・・、すげぇや」


俺も負けていられない、と心が躍る。

そして通路の敵が片付き、捕らえられている人々の元へ急ぐ。が、とある声に呼び止められる。


「アナタ達、城をこんなにしといてタダで逃げられると思って?」


声のする方へ振り向くと、そこにはジュラス王国魔法戦士軍・西軍長のマリア・ルルシファーが壁にもたれながらこちらを見ていた。その顔は穏やかではなく、明らかにこちらに敵意を向けている。


「・・・この忙しい時に・・・!」


俺の脳裏には、攻撃がヒラリと避けられた時の事が蘇っていた。『俺たちでは敵わない』と、本能がそう言っている。


「ここは俺がお相手しようか」


シリウスが前に出、着ている白いタキシードと甲冑を組み合わせた様な服の襟を正す。それを見ると、マリアもゆらりと上体を壁から離し、腰から長い鞭を取り出す。


「お前らは先に行け」


「・・・でも・・・!」


「大丈夫だ。仮にも、俺は陽動部隊の隊長。ここいらで1発、頼もしい事しておかないとな」


彼は両手の拳を開く。すると直径20cm程の水球が手のひらと一定の距離を保ちつつ高速回転している。高い音を放つその水球は、見ているものを釘付けにしてしまう程の美しさがあった。


何だあれは・・・?


かく言う俺も、その1人だった。乱れのない回転に視線は奪われ、吸い込まれそうな程の完全な円形を保つそれは、彼の魔力の象徴だった。


「5分だ。それ以上時間は掛けられない。村人たちが囚われている場所は近い。アレス副隊長の魔力探知でも容易に届くはずだ」


『はい!』


「あらあら、随分舐められたものねぇ。アナタは無類の女好きと聞いてるわぁ。5分と言わず、一晩お相手願えるかしらぁ?」


マリアは豊満な体をシリウスを誘うようによじらせるが、当の本人の、『今』には通用しなかった。


「惜しいが、流石に仕事とプライベートは分けるさ。お前に1つ、忠告しといてやる」


「あら、何かしら?」


マリアは頬に手を当ててニコッと笑う。一息間を置き、シリウスは重く口を開く。


「覚悟しろよ」


ゾワッと鳥肌が立つ程の威圧感。冷たく、深い海の底の様な、アレスのそれとは全く違う。奴もそれを感じ取ったのか、顔から余裕は消えた。


「《蒼玉(そうぎょく)の奇術師(きじゅつし)》。俺の異名だ。しっかりその体に覚えさせてやる」


シリウス隊長の、異名・・・!!


今度はシリウスが余裕の表情をし、後ろを任せられる事に安心して、俺たちは村人たちが囚われている場所へと急いだ。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第69話》へ続く。

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