第67話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第67話》


「いやぁ〜、食料全部くれるとは、アンタら良い人だな!」


こいつぅ・・・。


俺たちが遠征の為に用意してあった最低限の食料を全て食べてしまった赤髪のフォティノースに怒りを覚えながら拳を握りしめる。ちなみに全部あげるとは言ってない。


あ、そうだ。


ふと、ズボンのポケットに入れておいた密書を思い出す。少しグシャッと曲がっているが、読めなくはない。


「フォティノースさん、これを、うちの防衛部隊から預かってきました」


「ほう?」


彼は受け取ると、開封して読み始めた。目が右に左にギョロギョロと動き、下まで行くと目を瞑った。


何だ、何が書いてあったんだ・・・?


ゴクリと唾を飲む。と、フォティノースは口を開く。


「・・・この文を書いた者は、これから起きる戦を予知していたのか、はたまた予想していたのは分からないが、そこにて我の戦力が必要、と、記してある」


これから起きる戦・・・。


全員が顔を見合わせる。


「・・・承諾していただけるのですか?」


俺の言葉に、フォティノースは腕を組んで考えた。


「ふむ、飯をくれただけでも良い人には分類できる」


「それじゃあ・・・」


「だが、答えはノーだ」


「え・・・?」


一度抱いた希望を打ち砕かれるのは、気持ちの良い事ではない。それを知ってかは分からないが、フォティノースは続けて話す。


「これはお主らの国の問題であろう。我の出る幕ではない」


それもそうだ。彼の言う通り、一般人から指名の徴兵など聞いた事もないし、ましてや、その口振りからアラグリッド王国の者でもなさそうだ。


「・・・そうですか。ありがとうございました」


あからさまに肩を落とすと、彼はフォローの様に軽く口を開く。


「世界を巻き込む様な戦いなら、我らは快く、お主らの味方になろうぞ。カッカッカッ」


何が面白いのか、掻いたアグラをバシバシ叩き、フォティノースは俺たちの後ろを指さす。


「ところで、アイツらは良いのか?」


「え?」


と全員が振り向くと、そこには先程シリウスが気絶させたジュラス王国の研究員が2人、援軍をバックにこちらを睨みつけていた。


「あ・・・」


悠長に話している場合ではなかった事に、再び緊張感は戻される。


「お前らアラグリッド王国のもんだろ!!大人しくしてもらおうか」


と増援の1人が、ボロボロの服を着た男の子を人質にしていた。顔に血の気が無く、森で出会ったイヌア村の男性デルタの様に、体に力が入らないようだった。


「・・・アル・・・」


ルナールが捕らえられている男の子の名を呼ぶ。恐らくイヌア村の人なのだろう。


「卑怯だぞ。人質を取るなど」


アレスは爆発寸前だ。拳を握り、いつでもお前らなど倒せるぞと言わんばかりに凄む。が、ジュラス王国の兵士たちには通用せず、怖気付くどころか煽ってきた。


「ふん、お前らなど軍長たちの足元にも及ばぬわ!大人しく言う事を聞けば、こいつらはこれ以上傷を付けずに返してやろう」


「・・・分かった、その子を離して、解放してくれ」


シリウスは両手を挙げる。仕方ないが、ここは一旦奴らの言う事を聞き、反撃の糸口を探った方が良いだろうという判断に至ったのだろう。俺たちの目的は、捕らえられた人々の解放、及び保護だ。冷静になれば、どちらが重要なのかは一目瞭然だった。


「捕らえろ!!お前も来い、フォティノース!!」


そこから俺たちとフォティノースは、抵抗する事なく奴らに捕縛された。両手は後ろに回されて木製の枷(かせ)を掛けられた。そして目隠しをされ、腰を紐の様で繋がれ、一列に並ぶ様に歩かされた。どこに連れて行かれるかは正直分からない。別の牢屋なのか、あるか分からないが処刑場なのか。ただ思うのは、長い道を歩いているということだ。時折肌に風が当たり、ヒンヤリとするがすぐに遮断された様に何も感じなくなる。そして10分は歩いただろうか、俺たちは止まる。聞こえるのは先程俺たちを捕らえた増援のリーダーの様な男の声だ。


「目隠しを外せ」


ジュラス王国の兵士たちが俺たちの目隠しを外す。ぼんやりと視界にピントが合うまでに少しの時間を置き、はっきり見えた頃には、ここがどこだか理解はできた。


あれって玉座、だよな・・・?


それは、俺がこちらの世界に飛ばされた次の日、アラグリッド王国でも見た光景だ。高い天井に暗さを覚え、窓から差し込む光が空気中の塵を際立たせている。石の壁からは重厚感が漂い、俺たちを見下すように、階段の上には1つの豪奢な椅子が置いてある。ただその時と違うのは、俺の他に仲間がそこにいる事と、手枷が付いていることだ。


「女王陛下が来られる。膝をつけ」


村人の命が掛かっているとはいえ、こうも手も足も出せない状況に腹が立つ。と、目線を玉座に向ける。それはまるで車椅子に乗せられたフランス人形の様で、白いフリルの付いたエプロンを着た少し歳を重ねた淑女が引き手を担っている。


車椅子に座ってるのが女王陛下、か・・・?


力無く座っている女性は、俯いているために顔がよく見えない。しかしその引き手の女性が足を止めて女王陛下を抱きかかえて車椅子から玉座へと座り直させると、少し茶色掛かったショートボブの髪が見え、俺は目を疑う。


え・・・?


まだハッキリとは見えないが、雰囲気はどこか感じたことがある様な女性だった。そして目は虚ろで、肌も白い。自分の知っている人物とは程遠いが、俺の記憶が、そうだ、と言わんばかりに反応している。


「え・・・リン・・・・・・?」


嘘だろ・・・・・・。


幼い頃から見知った顔が、違う世界の、敵国の女王として居た事に、俺は動揺を隠しきれなかった。視界がブレる程心臓の鼓動は速くなり、大きくなっていた。その異変に、シリウスは気付いていた。


「コウキ・・・!大丈夫か・・・?」


『勝手な行動はするな』


俺たちを捕らえた兵士が槍でシリウスの動きを止める。本当なら魔法で1発形勢逆転も謀れるのだが、どうやらこの手枷は魔道具の様で、魔力を全て吸い取る、とまでは行かないが、極限まで薄くする事ができるようだ。先程からシリウスやアレスから覇気を感じないのは、恐らくそのせいだろう。


「お前ら、リーネ女王を一目見れただけでもありがたいと思え」


リーネ、だとぉ・・・?


名前も似ている事に、俺の情緒は更に不安定になっていく。


「こやつらはアラグリッド王国の手先です。我々が近隣の村から徴収した人間たちを解放するために忍び込み、研究員を攻撃しました。いかがいたしましょう!?」


兵士はリーネ女王が座る玉座の前の階段の下に跪く。すると引き手を担っていた歳を重ねた淑女が女王の口元に顔を寄せて、うんうん、と頷く。本当にリーネ女王が喋っているかはどうか分からない。


「リーネ女王陛下は仰っている。村人を解放する事と引き換えに、この者らの血液を頂く、と」


おいおいおいおい、マジかよ・・・!!


残忍非道な考えに冷や汗が止まらない。ふと、山の中でジュラス王国のマリアが言っていた事を思い出した。『あなた達の大事な人が不治の病に伏した時、あなた達は一体どうする?』。まさかとは思うが、奴らが一心不乱に魔力のこもった血液を集めて魔石を精製する理由は、この女王を再び生ける者として君臨させるための事だとしたら、全て合点が行く。そして今まで実験してきた過程の魔石を獣たちに埋め込ませていたとしたら、アラグリッド王国周辺や内部に、暴走した魔獣たちが雪崩れ込んできたのは、ジュラス王国の計画の一部だったのかもしれない。バクバクと鳴る心臓の音を立てながらも、頭はいやに冷静だった。


(シリウス隊長・・・、もう、後戻りできないんですよね・・・?)


(どうした・・・?)


俺は小さな声でシリウスに話し掛ける。


(戦争が始まってしまうのであれば、どちらかの国は、衰退、もしくは滅びてしまう。・・・すいません、俺は、ジュラス王国の女王を・・・・・・・・・・)


死なせたくありません。そう言おうとしたが、口から言葉が出ず、震わせながら唇を噛む。それは、アラグリッド王国を裏切ってしまうからだ。一命の恩。それは何よりも変え難いものだ。一度呼吸をし、口を開こうとしたが、その刹那に地面が、いや、ジュラス王国の城全体が大きく揺れた。


「!!?」


地震とは違う、明らかに何者かが城に対して攻撃を行っている様な、そんな揺れ。騒めく城内だが、何度目かの揺れで、大きく天井に穴が開き、瓦礫と共に何かがど真ん中に落ちてきた。


「痛たたた・・・」


え。


聞き覚えのある声に、俺は目を丸くする。


「やっと見つけたぞ、フォティノース!お?コウキたちも、一体何の集まりじゃ?」


「エテレインさん!!」


思い掛けない人物の登場に別の動揺が現れたが、俺はこの瞬間に、究極の2択を迫られていた。『エテレインの登場の混乱に乗じて逃げる』か、それとも、『このままここに残るか』を。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第68話》へ続く。

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