第66話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第66話》
急いではいるものの、冷静さを欠いてはいけないと、シリウスの立ち振る舞いを見ているとそう思わされる。俺たちは陽が昇る前にジュラス王国内へと足を踏み入れていた。この時間なら王国内の民間人と会う確率が少なく、余計な騒ぎを避ける事ができるかもしれないからだ。そしてヘルメスと合流するポイントが近付くと、俺たちは一層気を引き締めた。
「何だか、鬱蒼としてますね・・・」
そこの住人にとってはいつも通りの明け方なのだろうが、俺たちからしてみたら不気味な空気が漂っているように感じられた。
「場所が場所だからな。うちみたいに周りが森だとそうはなりにくいと思うが、ここは山に囲まれている。海も近くにあるから、霧が発生しやすいんだろう」
ジメッと、肌に纏わりつく空気に早くも嫌気が刺しながら、俺たちはヘルメスとの合流ポイントである、一番大きな宿の脇の通路に辿り着いた。一目見ただけで、この宿が大きいのは分かった。アラグリッド王国の一番の宿屋兼飲食店の『ビッグ・ディッパー』でさえ、一飲みにしてしまいそうな程の大きさを誇っている。そしてその横にある通路。人が1人通れるか通れないかの狭さで、アレスは体を横に向かせてカニ歩きで、時折衣服を外壁に擦りながらも着いてきた。
「よっ、ヘルメス」
「・・・お疲れ様です。シリウス隊長」
シリウスの陽気な挨拶に対して、怪訝(けげん)な顔で返すヘルメス。突撃部隊の男の隊員のシリウス嫌いは相変わらずだ。
「首尾の方はどうだ?」
アレスが声を掛けると彼はいつも通りの顔に戻り、報告をする。
「今のところ、不自然な程に誰も見かけていないですね。この更に奥にある扉が、城の地下に通じているようです」
明け方だからだろうか、それともほとんどの兵士がアラグリッド王国に向けて進軍しているからだろうか、可能性はどちらも否定できないが、俺たちの行動が先読みされているようで気味が悪い。そして俺たちがジュラス王国の魔法戦士軍のマリア・ルルシファーと接触した事と、アラグリッド王国に進軍している事をヘルメスに話すと、驚いた様子に加え、何か思い当たる事があるのか一度深く考える素振りを見せた。
「・・・もしかしたら、我々の企みがジュラス王国に筒抜けなのかもしれませんね・・・」
それはただ単純にタイミングが合ってしまっただけなのか、はたまた計算された上での事なのかは分からないが、彼のその言葉は、現場を不穏な空気で張りつめさせた。
「・・・王国内の、部隊の行動を知れるポジションにスパイがいる、と?」
考えたくはないが、それもあり得るという事だ。シリウスが改めて言葉に出すと全員が顔を見合わせる。
「今はそんな話辞めましょう。まずは人命が優先、じゃないですか?」
カーニャが腕を組みながら話を断ち切ると、不穏な空気をも断ち切った気がし、次第に全員の強ばった顔に違う緊張が宿っていく。
「あぁ、そうだな。すまない、俺とした事が」
シリウスは顔を手のひらで覆って首を振る。上げた顔は凛々しかった。
「それじゃ、行きますか」
俺の言葉と共に、一同は軋(きし)む扉を音を立てずに開けて中に入っていった。
中は舗装されておらず、よりジメッとした土の壁が、奥まで誘導するかのような一本道だった。灯りは無いが、薄らと奥に光が漏れているのが見えている。足音を立てずに光の方へ歩いていくと、触った感じでそれがレンガだと気付き、これまたゆっくりと音を立てずに抜いていく。人が1人通れるまでの大きさに穴を開け、全員で中に入ると、そこはレンガで壁、床、天井を舗装それた通路のようだった。
「どっちだ・・・?」
俺たちが出てきた場所はその通路の壁の中。当然ながら右と左に行き道がある。
「流石に自分でもそこまでは・・・」
ヘルメスも視線が右往左往している。
二手に分かれるか?
そんな事をしては、戦闘にでもなったら敵地の戦力が分からない以上得策ではない。が、向かって右から声が聞こえた。それは、痛烈な叫び声だった。
『うぁぁぁぁぁぁ・・・!!!』
!!??
若そうな男性の声だった。その声に気付き、周りを警戒しながら俺たちは声の聞こえる方へと急いだ。
『・・・がっ・・・!!』
「こっちだ!」
声が次第に大きくなっている。近付いている証拠だ。そして俺たちは1つの部屋の前に辿り着いた。
「ここだな」
シリウスが気配なく忍び寄り、少し空いている扉の隙間から中を確認する。
「これは・・・。マジで何やってんだよジュラスの人間は・・・」
思わず視線を逸らしてしまう程の光景がそこにあったらしく、彼は一度扉から離れた。俺たちも確認をしようと同じ隙間から覗き見る。するとその中では、2人の作業員らしき人物が監視をしており、1人の男性が上半身裸で拘束され、腕や胸に複数本の針が刺されている。その針には管が取り付けられ、そこから流れ出る血液が管を通り、後ろにある、大の大人が1人入り切ってしまう程の大きなガラス瓶に集められている。血液が容器の6割程を満たしていた。拘束された男性は髪が赤く、見たところ20代後半から30代前半の年齢だろう。あまりの光景に吐き気すら抱きそうだった。
「・・・助けましょう」
「同感だ」
俺の案に、シリウスは即答した。他の者も頷いたが、アリスは刺激が強かったようで、苦い表情をしていた。
「大丈夫か?」
「これくらいどうって事ないわ。合図があればいつでもぶっ放せるわよ」
「いや待て、コウキとアリスの魔法だと、ここが崩れかねない」
シリウスは俺たちを制止する。確かに俺の【エアロブラスト】はぶつかった対象を抉り取り、アリスの【ダンデライオン】は爆発を帯びる。どちらも、この地下で使用したら俺たちまで危うい。
「どうします?」
カーニャやアレス、ルナール、ヘルメスを見やるが、シリウスが口を開いた。
「・・・俺がやろうか」
思わぬ立候補に驚きはしたが、隊長格の戦闘が見れるのは貴重な事に気付き、俺は頷く。
「お願いします」
「まぁ、死なずに気絶してくれれば良いけど・・・」
何を物騒な事を言ってるんだ?
「じゃあ、ルナール、俺が敵を倒す前に、あの管を切っといて貰えると助かるんだが・・・」
とルナールに振る。彼女は一度頷き、【白狐のお骨】を媒介に、両足と右手に集約して火を纏わせる。両足には跳躍力や機動力を、右手には爪を具現化させて切断を試みるようだ。
「よし、行くぞ」
勢いよく扉を開ける。その音に反応して2人の作業員はこちらを振り向くが、彼らは俺たちを視認するのが早いか、シリウスの魔法が早いか。瞬きをする間にも、体を丸々、浮遊する水の塊によって包み込まれてしまった。
『ゴボゴボゴボゴボ・・・!!!』
最初こそ抵抗していたものの、気付いた時には水の中という、思考が追いつかない状況で酸素はすぐに足りなくなったようで、2人の作業員は水の塊の中で脱力してしまった。それを確認するとシリウスはすぐに魔法を解く。
すっげぇ早技・・・。
「ルナール、そっちは大丈夫かい?」
くるりと振り向くと、ルナールに肩を担がれた、目が虚(うつろ)な赤髪の男性の姿があった。
「・・・ありがとう。いやはや、助かったよ・・・」
彼は自分から地面にへたり込むようにベタっと座った。あれだけ針が刺さっていたにも関わらず、血は止まっている。
「我々はアラグリッド王国の騎士団の者です。あなた達を救出しに参りました」
シリウスが膝を突くと、赤髪の男性はヘラヘラと笑いながら、事の重大さをかき消すように口を開いた。
「そうか、それは助かる!我も魔力が尽きかけていたところだ。とりあえず腹が減ったな。肉とか持ってないか?」
何だコイツ、いきなり偉そうに・・・。
俺がムッとしている事もシリウスには分かったいた様で、自分の口の前に人差し指を構えて『シーッ』と言わんばかりだ。
「ルナール、この人はイヌア村の人か?」
「・・・いえ、違います」
彼女は悲しそうに首を横に振る。と、赤髪の男性がまた二ヘラと笑った。
「あ、我か?我はフォティノースっていうもんだ。宜しくな」
フォティノース・・・。えぇぇ・・・!?
緊張感のない人物に、間抜けな声が出そうになってしまった。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第67話》へ続く。
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