第65話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第65話》


「あら、これはこれは・・・。アラグリッド王国騎士団、陽動部隊の隊長さんではありませんか・・・」


「そういうお前は、ジュラス王国の魔法戦士軍のマリアか。お初に」


お互い顔は知っているのか・・・。


挨拶をするシリウスだが、目は笑っていない。少しでも妙な真似をすれば、捕まっているデルタの命がどうなるか分かったもんじゃない。


「こちらで何を?」


「『人助け』と言ったら、見逃してくれるのか?」


バチバチと睨み合う2人。


・・・どうする・・・?


視線でアレスに合図を送るが、こちらを見返して小さく首を横に振る。不用意に動くな、という事だろうか。


「・・・ジュラス王国では、人々を攫って、何をしてるんですか・・・?」


唐突にルナールが声を震わせながら、マリアに問いかける。すると奴は、フンと鼻で笑いながら、口を開いた。


「それを聞いてどうするのかなぁ?」


憎らしい顔を向けられ、ルナールは歯を食いしばる。段々と呼吸が荒くなるのを見て、マリアは更に恍惚の表情を浮かべた。


「ふふっ、その可愛い顔に免じて教えてあげる。今ジュラス王国では、魔石の精製を行っているの」


「それは知っている。お前のところのバカが嬉しそうに話してくれたそうだな」


俺たちが持って帰った情報を、シリウスが少し色を足して話す。まるで挑発しているようだった。今この場面で挑発する理由は俺には分からないが、そう簡単に乗ってくれる奴ではなかったようだ。


「あら、そうなの?じゃあこれも知ってるのかしらぁ?」


と、マリアは首を傾け、鞭を掴んでいない右手で頬を覆う。不気味な表情に、俺やルナール、アリスは狂気を覚えた。


「魔石の素が、魔力の入った血液だという事も」


え・・・?


一瞬、頭が真っ白になる。


今何て言った・・・?血液、って、血・・・?ということは・・・。


頭で考えていた事が本当に行われているのであれば、ジュラス王国では非人道的な事が行われている。その考えにはルナールも行き着いた様で、拳を握り締め、肩を震わせている。


「おい、近隣の村や街で攫った中に、異世界から来た人間もいたはずだ。その人たちは今どうなっている?」


「そんな事を聞いてどうするのぉ?」


「良いから答えろ」


シリウスの普段見せない凄みに、マリアは一瞬たじろぎながらも、口を軽々しく開く。


「確かに、異世界から来た男もいたわ。だけど、魔力がすぐに底を突いたから、拾った海へ捨てたわよ」


・・・何・・・?


呆気に取られる俺や他のメンバーに対し、マリアは小さく溜め息を吐く。


「今頃はログマの餌にでもなってるんじゃないかしらぁ?それにしても・・・」


俺は宿舎の自室に保管してある指輪を思い出した。そして次の言葉に、俺とルナールは怒りを露わにする。


「血液を抜いている時の男達の叫び声・・・。思い出すだけでも濡れてきちゃうわ・・・」


『黙れぇ!!!!!』


「待てお前ら!!」


シリウスの制止を振り切り、その悦楽に浸る奴に、俺とルナールは叫びながら飛び出した。ルナールは《火》を全身に纏い、フルスピードで間合いを詰める。俺も負けじとその顔に拳を打ち込もうとする。


「血気盛んなのね、アナタ達」


そう冷静にマリアは呟くと、上半身を捻りながら反り、柔らかい身のこなしで俺たちの攻撃をいなしながら躱(かわ)す。


「・・・くっ」


スローモーションにも見えるその一瞬は、俺たちに格の違いを突き付けた。


くそっ・・・。


「これでも喰らえ!・・・へっ・・・ぶえっくしゃい!!!!」


俺はマスクを外して近くの草をちぎって鼻を刺激し、クシャミを無理やり出す。クシャミは《風》の古代魔法【エアロブラスト】になりマリアを襲うが、間一髪で避けられてしまう。


「マジかよ!」


「思ったより遅いのね。・・・ん?」


と、マリアの目の前に、火の灯ったタンポポの綿毛の様な物が複数浮遊する。


「【ダンデライオン】!!!」


アリスが《火》の古代魔法を放ち、その綿毛が爆発する。轟音と共に煙が上がるが、彼女自身、手応えを感じてはいなかったようだ。煙が晴れると、次はメリケンサックに《火》を付与したアレスが拳を振りかぶり、重い一撃を打ち下ろす。


「どぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」


「あらあら、《火》の魔法使い達は気性が荒いわね」


マリアはアレスの一撃も、一歩その場を移動するだけで避け、鞭で捕まえていたイヌア村のデルタを投げ飛ばしてシリウスにぶつける。


「くっ・・・」


『みんなソイツから離れて!!』


声の方へ向くとカーニャが地面に手のひらを突いていた。何かは分からないが即座に飛び退く。


「【隠者(いんじゃ)の砂牢(さろう)】!!」


そう唱えた瞬間、マリアの足元が膨れ上がり、直径2m程の球体状の砂や土が奴を包み込む。


「!!」


焦りを見せたマリアだったが、長い鞭を一振り自分の頭上に振るうと、包み込もうとしていた砂や土が崩れ落ちた。


「な・・・っ!!」


「こういうのは包み込まれる前に、終点に魔力を込めた一撃を当てれば簡単に崩れるものよ?私が知らないと思って?」


これが、ジュラス王国の軍長の1人・・・。


まだこの強さと同格の人物が3人もいるとなると怖気付くのが普通だ。だがしかしこの時は不思議とそういう負の感情は湧かず、『こいつらを許してはならない』という怒りが勝ち、アドレナリンが脳内を満たした。


「お前らは自分たちが何をしているのか分かっているのか!!!」


「・・・じゃあ逆に、1つ私から質問をしましょう」


先程とは打って変わって、マリアは少し寂しそうな目をした。その目を見てしまった瞬間、俺の戦意は薄れた。


「あなた達の大事な人が不治の病に伏した時、あなた達は一体どうする?」


何を言ってるんだ・・・?


「何としてでも助かる方法を見つけて、助けるに決まってるだろう」


アレスは即答し、その答えに、マリアはフフッと笑う。


「そういう事よ」


は?


「・・・そういう事か」


え?


今度はシリウスが何かに合点がいったようで、苦虫を噛み潰したような表情なのに、冷や汗をかきながらも笑ってみせる。


「聡明(そうめい)な隊長さんで助かるわぁ。2つ教えて、あ、げ、る」


マリアは背中をこちらに見せ、去り際に言葉を添えた。


「1つ、近隣から連れ去った人たちはもう用済み。ジュラス王国の地下にある牢屋にいるわ」


口調に違和感を感じながらも、俺たちはその言葉を聞いてしまっていた。奴の言葉が本当かは分からないが、嘘を言っている様には聞こえない。


「2つ、早く国に戻った方が良いわよ?ちなみに、先に仕掛けてきたのはそちらですからね」


その言葉に、シリウスはハッとする。


「・・・やられた」


マリアはニコッと笑い、その場を後にした。


「どういう事ですか・・・?」


俺は、奴の気配が消えたのと同時にシリウスに問いかける。すると彼は髪をクシャッと握りながら、自身が行き着いた考えを口にした。


「奴らは、俺たちが捕らえられた人々を助けに来た事を利用して、戦争を起こす気だ。火種はちょっとした事で良い。それこそ、さっきみたいにマリアに攻撃を仕掛けただけで事足りる。攫った人々が用済みというのは、何故だか分からないが、俺たちはハメられたんだ」


そんな・・・。


「一刻も早く戻りたい・・・、けど、奴の口調からして、ヘルメスの存在がバレて俺たちが来る事を知っていたかもしれない。しかし殺さなかった・・・。一旦ジュラス王国内に入り、イヌア村の人々を解放しよう」


シリウスの淡々とした口調に、脳内を埋め尽くしていたアドレナリンは引き、俺たちはジュラス王国内へと、足を踏み入れた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第66話》へ続く。

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