第64話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第64話》
ミヤビとデネブの実験に付き合わされてから3日後、突如決まった日にちに驚きながらも準備を終え、ジュラス王国へイヌア村の人々とケイコさんの婚約者のマナブさんの救出へ向かう為に、夜中に出発し、山の中を歩いていた。実験をした事は覚えているのだが、その内容は不思議と記憶から抜け落ち、何がどうなったかのは分からないが、こうして生きて歩いているのだから、生死には影響していなさそうだ。
あの実験の前後の2人の笑顔が忘れられないんだよなぁ。
不敵な笑みから素敵な笑みへ変わった2人の顔は、俺をどことなく安心させており、実験が成功したのか否かを分からせてくれる。
おそらく成功なんだろうな。
イヌア村に向かった時とは違う、険しい、文字通り獣が通った後のような道を、足元に注意しながら進む。先頭を、陽動部隊の隊長、シリウス・ホーキングが歩き、その後ろを俺と防衛部隊の副隊長補佐のカーニャ・グラタン。そのまた後ろを陽動部隊所属のアリス・テレスとルナール・フォックス。そして最後尾は突撃部隊の副隊長、アレス・サーロインが務めている。もう1人、突撃部隊所属のヘルメス・ロースは前日に出発しており、先に1日早くジュラス王国に単身で乗り込みを謀(はか)っている。前回、イヌア村までは初めての遠征だという事でゆっくり目に時間を取り5日の行程を経て辿り着いた。明るい内から陣を張ったりしていたため、行動する時間を凝縮すれば、恐らくイヌア村までも2〜3日程で到着するだろう。しかし今回はかっちりと2日。出発する前に距離を聞いたが、イヌア村と同じぐらい。今回は東に向かう。そして今はアラグリッド王国を出発して2日目。そろそろ見えてきてもおかしくはない距離まで来ていた。
「ホントにずっと山なんすね」
俺は額に汗を感じながら、先頭を行くシリウスの背中に投げ掛ける。
「行商用に整備されたルートもあったんだけど、流石にそこを通るのはリスクが高い。俺やアレス副隊長は顔が割れてるからね」
と、彼はアレスを見やるが、ツーン、とどこかを見たまま歩いている。
この2日、ずっとコレだ・・・。
シリウス自身は仲良くありたいが為に話を振ってみたりはしているのだろうが、アレスがそれを受け入れてくれない。
余程女性にモテているのが気に入らないのか。
分かりやすい程の気持ちに少し微笑ましささえ覚えるが、それが王国内の、何の変哲のない日常ならば笑えたかもしれないが、今は、謂わば敵軍の懐に入っていくような緊張感が俺にはある。笑って、気を緩めていては、死と直面する場面もあるかもしれない。彼らの間を取り持つ事も、今後の課題となるやもしれない。それは一旦、必要最低限に留めておく事に越したことはないだろう。
「流石に少し疲れてきたわね・・・」
俺の後ろを歩くアリスから、ポツリと溢れる。普段は寝ている時間。月もうっすらと雲で陰り、よくここまで着いてこれたな、と感心すら覚える。そこはやはり、王国騎士団の一員であり、日頃の訓練や任務で培った体力と精神力がそうさせているのであり、俺ですら、もう少ししたら休憩を申し出るところだった。
「そうだな、休憩にしよう」
シリウスの一言に、俺とアリスはその場に座り込む。
「何、アナタもバテてたの?」
「はい、ちょっと足にキテますね」
カーニャはそんな事を俺に言いながらも、木にもたれかかり、夜空を見上げて深呼吸をしていた。
「少し冷えるわね」
深夜ともなれば、気温の低下は予想していた。だが、距離にして100kmあるかないか離れた場所が、体感で分かる程まで気温の変化があるのは、やはり魔法が関係しているのだろうか。それとも、ただ単純に元の世界とは違うから、という理由で片付けられてしまうのか。
こればっかりは、その土地によって違いそうだな。
「・・・おっと・・・」
アレスが身震いをした。
「少し小便へ」
と言いながら、ガサガサと林の中へ入って行ってしまった。
「ルナール、大丈夫か?」
俺は先程から一言も喋っていない彼女を気遣い、声を掛ける。気を張っているのが軽く見ただけでも分かり、ジュラス王国に近付くにつれて、彼女の狐目の目力が増している。
「・・・えぇ、大丈夫よ・・・」
女性のこういう時って、実は大丈夫じゃないことが多いんだよなぁ・・・。
かつて、元の世界にいる幼馴染のリンに、どれだけそれでどやされた事だろう。自分に何かできれば良いのだが、こればかりは、ルナール自身の気持ちもある。今は少しそっとしておいて、何か気分が変わる事でもあれば、いつもの彼女に戻るだろう。
「何かあったら遠慮なく言えよ?俺たちは家族同然なんだから」
「・・・ありがとう」
少し、緊張が解れたような気がした。と同時に、アレスの声が聞こえた。
『おい!大丈夫か、しっかりしろ!!』
!?
内容から、誰か倒れているのだろうか。必死に声を掛けて起こそうとしている。
「行こう」
シリウスが冷静に指示し、俺たちも声の方へ向かう。距離にして数十メートル。近くの小川の岸にアレスを確認し、走り寄ると、ボロボロの布の服を着た20代ぐらいの男性が仰向けに倒れていた。足や腕、顔に血が滲み、体温が下がっているのか、夜でも分かる程に顔色が白い。その顔見るや否や、ルナールがその名前を呼ぶ。
「デルタ・・・!?」
「ルナール、知り合いか?」
「イヌア村の人間です・・・!」
「火を起こせ!暖めるぞ!!」
「はい・・・っ!」
アレスの指示に、俺たちは動く。そこからは、まるで戦場の様に林の中を駆けずり回った。乾いた木々を集め、【白狐(しろきつね)】の骨を媒介にして《火》を付与したルナールが全身に纏い、木を抱きしめて着火させる。魔法は、その想いや感情によって強さが左右されるようで、今の彼女の火の魔法は荒々しくうねる。着火した木々を焚(く)べ、魔法を解いたルナールは必死に彼の名を叫びながら頬を叩く。
「デルタ!デルタ!!お願い、目を覚まして・・・!!」
悲痛な叫びは、実を結んだ。ゆっくりと目を開けるデルタと呼ばれる男性。一同は安堵の溜め息が出、ルナールに至っては、人目をはばからずボロボロと涙を流した。
「・・・ルナー・・・ル・・・?」
「良かった・・・」
俺たちからは自然と笑顔が溢れた。そしてデルタを介抱しつつも体を休めていると、彼はまだ回復しきっていない体をこちらに向け、突然地面に手をつき、頭をついた。
「この度は助けていただき、本当にありがとうございます・・・」
衰弱している彼の体を労るように、ルナールが傍に付いて同じく頭を下げた。上げると、彼の目にも薄っすらと涙が滲み、唇を噛み締めていた。
「デルタ、何故こんな所で生き倒れていたの・・・?」
「それは・・・ーーーーーうぉあ!?」
デルタが口を開こうとしたその瞬間、彼の首に何かが巻き付き、勢い良くその体を林の中へと引き摺り込んだ。無事と再開の喜びは一瞬で崩れ去り、俺たちの空気は再び緊張の糸で張り詰められた。ゴクリと喉を鳴らすと、彼を林の中へ引き摺り込んだモノがこちらへ歩いてくる。そいつは成人男性を軽々と肩に担ぎ上げ、首に巻き付いているものは解かず、悠々と俺たちの前へと姿を現した。
「お前は・・・、マリア・ルルシファー・・・」
「あらやだ、覚えててくれたの?お姉さん嬉しいわぁ」
マリアは俺の視線をいなしながら、恍惚の表情を浮かべながらシリウスと睨み合っていた。
・・・最悪だ・・・。
俺たちは、ジュラス王国へ潜入する前に敵の幹部に見つかってしまった。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第65話》へ続く。
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