第63話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第63話》


エテレインは『フォティノース』という名前を呟いた後、持っていた封書を押し付けるように俺に渡し、背中を寂しくしながらどこかへ行ってしまった。


何だったんだ?


その背中を見送りながら立ち尽くす。どれほどか時間が経った時、ふいに声が漏れた。


「・・・あ、そうだ」


俺はミヤビに用事があることを思い出し、辺りを一旦見渡す。すると、サンズの魔法によって城外に放り出されたその場所が、ミヤビの出入りする研究機関への入り口が近い事が分かった。以前デネブに案内された、何の変哲のない、見た目が民家の建物へと足を運んだ。



そして研究機関の内部。彼女は以前と同じくデネブと一緒にいた。何か資料を見ながら話し合っており、少し安堵を浮かべた顔をしていた。そんな中、俺は声を掛ける。


「ミヤビさん!」


「オー、コウキ!どしたネ?」


俺の声に、彼女はいつもと変わらぬ天真爛漫な声で返してくれた。しかし見た感じ、あまり寝ていなさそうで、目の下には薄めのクマ、髪は外に跳ね、体幹が安定していなかった。


「ちょっと、聞きたいことがありまして・・・」


「フム、話してみるがヨイ」


彼女は俺の顔を見るなり腕を組んだ。近くにあった椅子に腰掛け、足を組み、メガネを一旦掛け直す。


「まずは、お風呂、ありがとうございました」


「うム」


「ですけど、混浴だなんて聞いてないっすよ!?」


「何で目は怒ってて口はニヤけとるんだネ」


少し訛り気味にツッコミを入れたミヤビだったが、座った事により眠気がきたのか、うつらうつらと時折なりながらも、俺の話の続きを聞いてくれた。


「あ、それで、本題なんですけど、僕のクシャミから出る魔法、これって、僕の体はどれぐらい耐えられるんでしょうか・・・?ミヤビさんの、空腹の腹鳴りが雷になる魔法も、自身に雷が落ちてますよね?それってダメージあるんですか?」


俺がひっきりなしに質問したせいか、彼女は、まぁ待ちなさい、と言わんばかりに手で制する。目頭を押さえながら、ミヤビは一個ずつ答えていった。


「まず、コウキが魔法を発している時の体に掛かってる負担、これは私タチが普段クシャミするレベルと相違ないと思ってもらって大丈夫ネ」


俺は安堵の溜め息が出る。


「そして、私の魔法の雷だが・・・。これは静電気ぐらいのパチッがあるグライで、相手に与えているダメージ程の自傷はナイヨ」


そうなのか・・・。


「分かりました。ありがとうございます」


俺は一礼する。と、ミヤビは追加で言葉を添えた。


「あ、自然に出るクシャミの方が体には負担掛からないカラ、人為的に出すのは全体の3割程度にしとくとイイネ」


「3割、ですか・・・」


思ったより低いな。


ただ思うのは、自分が今まで自然に出たクシャミでの魔法がほぼない、というところだ。それこそ、最初に発覚して以来、ペッパーミルや、草などで鼻を刺激して発動させていた。最近に至ってはマスクをしているため、対魔物の、ここぞという時以外は出さないようにしている。


「分かりました・・・!今後気を付けます!」


発動条件がクシャミなだけあって、よっぽどアレルギー反応が出ない限りは自然には出ない。体が冷えたり、花粉が多めに飛散している時は頻繁に出たりはする。


うーん。俺は役に立つのか?


クシャミが出て【エアロブラスト】にならないと、ただの騎士団の訓練を受けている民間人。王国騎士団の中には魔法が使えない人もいるのだが、そういう人はだいたいが調査機関に配属される。むしろそちらを志願している人が大多数だ。残念ながら俺にはそんな頭はない。ごく稀に部隊に配属されるらしいが、その大部分が防衛部隊に配属され、避難誘導の際に駆り出されるぐらいだ。


優遇してくれているのはありがたいが、持て余すだろうなぁ・・・。


『お、いたいた!』


そんな事を考えていると、後ろから聞き覚えのある快活な声が飛んできた。振り返ると、そこには陽動部隊・隊長のシリウス・ホーキングがいた。


「お疲れ様です」


俺は一礼する。


「コウキ、ジュラス王国への引率、やっぱり俺が行く事になった」


「そうですか、ありがとうございます!」


「で、そこで相談なんだが・・・」


ん、何だ?隊長直々に相談って?


俺は少し嫌な予感を感じながらも聞く姿勢を取る。


「いやね、どうも突撃部隊のアレス副隊長以下に気に入らない目を向けられるんだよ。今回アレスと、もう1人突撃部隊から出るだろ?何とか間を取り持ってくれないかなぁ?いくら任務といえど、やりづらいのは勘弁なんだよね」


あ、そういう事ですか・・・。


俺は初めてアレスと会った日のことを思い出していた。あの時は、無気力という言葉が合う人だと思っていたが、実力は、流石副隊長、と言わんばかり。今では『アニキ』と呼びたい男ナンバーワンだ。同期のアイザック・オールトンに対して、ぐずりながら抱擁しようとしていたのは、今でもクスッと思い出し笑いする程、俺の心に強く残っている。


渋っても良いことないよなぁ〜。


「分かりました。何とかアレス副隊長とヘルメスさんには、俺から良いように言っておきます」


「そうか、助かる!」


シリウスの顔がパァッと明るくなる。


余程、危惧(きぐ)していたのか・・・。


「そんじゃ、コウキにも伝えたし、後は突撃部隊のアレスとヘルメス、か・・・」


とチラリと俺を見る。ジトーッと見つめ返すと、俺の心を読み取ったのか、溜め息混じりに諦め、背中を丸くして調査機関から出て行ってしまった。


頑張れ、シリウス隊長・・・!


グッと親指を立ててその背中を見送ると、ミヤビが口を開く。


「コウキ、聞きたい事は終わりカ?」


「あ、えと、そんな感じです・・・!」


それを聞いたミヤビとデネブ。2人して顔を見合わせ、ニヤッと笑う。2人からそんな顔は見た事なく、その不敵な笑みは素敵な笑みに変わった。


「じゃあ今度は私タチから、報告があるヨ」


ミヤビは立ち上がり、後ろの大きな装置を指さす。


「ついに!デネブさんと研究してイタ装置が完成!!間際まで来とるのダヨ!!」


「おー!!!」


間際という事は、この間デネブさんが『大詰め』だって言っていたところが済んだっていうことだろうか。そこから装置の説明をされたが、俺の頭にはチンプンカンプンで理解ができなかった。1つだけ分かったのは、この大きなドーナツ型の装置の真ん中に入ると、もう1つの装置と繋がり、移動が可能、という事だ。


「完成間際なんですが、1番肝心な事がまだだったんです」


デネブは腕を組んだ。


ふむふむ。


俺は同じく腕を組んで頷く。


「ここまで出来てはいるんですが、実験をしていなかったんですよね」


ふむ・・・、ふむ?


「コウキさん、最初の犠牲・・・もとい、実験体になってくれませんか?」


・・・犠牲者って言い掛けたぞ、この人。


俺も彼の研究テーマの【転移・転送】には興味がある。初の試みだということを除けば、真っ先に実験体に名乗り出るのだが、やはり躊躇してしまう。しかし、元の世界でも天才と謳われたミヤビ・ジャガーノートが助言し、手を貸している辺り、どことなく安心感はあった。そして俺は腹を決める。


「・・・・・・分かりましたよ。その代わり、今度飯奢ってくださいね?」


そう言いながら片方の装置の前に立つと、デネブとミヤビは、グッと親指を立てた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第64話》へ続く。

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