第62話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第62話》
俺は、フローラから渡された封書の宛名を見ていた。
「どんな人なんですか?その、特徴とか・・・」
流石に名前だけ見ても分かるわけがないよな。
「私たちも外見はよく知らないんだけど、ジュラス王国の城の牢獄に捕らえられてる、という噂があるわ。まずはそこに行き、会うのが良いかもしれないわ」
いや、難易度高いな、おい。
ジュラス王国に潜入、城に潜入、そしてさらにそこから牢獄を探して潜入、という、考えただけでも逃げ出したくなる様な内容に、俺は頭を抱える。
いや、でも、俺の顔を知ってるのは、ジュラス王国の中でも2人だけだ・・・。ナイジジたちも合わせると大人数だが、奴らは雇われだ。ジュラス王国に居ない可能性の方が高い・・・。
ジュラス王国のエドワーズ・アテンサムと、魔法戦士軍・西軍長のマリア・ルルシファーの顔を思い浮かべながらも俺なりに覚悟を決め、深呼吸を1つ。だが、封書の内容は気になる。
「中身は見ちゃダメよ?一応防衛部隊でも、私の役職までしか止められない話だから」
副隊長までしか降りられない情報を、俺が持って行って良いのかよ・・・。
俺の考えが分かっているかの様に注意するフローラ。持っている手にジンワリと汗がかくような緊張感がどっと押し寄せながら、俺は大切にズボンの後ろポケットにしまう。
「アナタだからお願いするのよ?ちゃんと渡してね」
「は、はいっ!」
今までの比じゃないレベルの個人任務に、思わずゴクリと唾を飲む。ここまで案内してくれたカーニャも聞かぬフリをしており、情報漏洩防止を撤退していた。その後、俺は隊室を後にし、カーニャは仕事が残っているから、と隊室に残った。俺は廊下で1人、ポツンと先程の事に浸っていた。
しかし、とんでもないモノを受け取っちまったなぁ・・・。
速くとも遅くともない速度で廊下を歩く。陽が暖かく、窓から差し込む光が眩しくも思えた。ふと顔を上げるとシリウスが通り掛かり、俺は挨拶を交わした。
「お疲れ様です、シリウス隊長!」
「やぁ、ご苦労さん、コウキ」
そこから他愛のない話が少しあった。シリウスが口を開けば女の事ばかりだが、俺はそれを、はいはい、と流しながらも聞いていた。
「おっと、こうしちゃいられないんだった」
「任務ですか?」
「いや、ジュラス王国への引率を誰がやるかの確認を取りにね、今から各隊室を回る所なんだ」
「隊長自らそういう事に出向くんですね。意外です」
「まぁね。副隊長のニコラスも出払っててさ。うちにもリゲルの遊撃部隊みたいにスケジュール管理してくれる人がいれば良いんだけどな〜」
シリウスは頭の後ろで手を組んで天井を見上げる。
「あれ、そういう役職って全隊にいるんじゃないんですね?」
「あぁ、副隊長以下の役職は、隊長自身が決めて良いんだよ。防衛部隊の副隊長補佐とか、遊撃部隊のスケジュール係とか」
そうなのか、部隊全部にあると思ってたな。
「そんじゃ、またな〜。たぶん、行くのは俺かソフィア嬢だと思うけど〜」
そう言い残し、シリウスは俺が先程歩いてきた道のりを辿るように防衛部隊の隊室の方へ歩いて行ってしまった。
さて、俺はどうするかな。
こういう時、どこか部隊に所属していようもんなら隊室に顔を出して任務の1つや2つ受けるのだけれど、【無所属】というのは、どこにも属していない、謂わば行く宛のない奴、とでも言えてしまう。改めてそう考えると、寂しいものなのだな、実感してしまう。俺は当てもなく彷徨(さまよ)うようにゆっくりと歩き出す。
そうだ、ミヤビさんにお風呂のお礼と、聞きたいことがあったんだった。
俺は昨夜の風呂を出た後に考えていた事を思い出した。ミヤビに聞きたいこと、それは『今の自分の体ではどれほどの【エアロブラスト】に耐えれるのか』。魔力が伴っているので、それの許容量。何発撃てて、どれほどの大きさのクシャミに体が耐えられるのか。それを知っていると知らないとでは、今後の戦闘に支障が出る。
こういうのって、自分が1番知ってそうだけど、クシャミ自体は連続で出さなきゃ負担にはならないし・・・。
ただのクシャミなら、いくら出そうが鼻が少し痛くなるか、腹筋が痛くなるか、が大部分だ。だが、俺が心配しているのはそれもあるが、1番はやはり、魔力がある状態で出し続けるとどうなってしまうのか、だ。
「よし、とりあえずまた研究機関の方に顔出すか」
俺は行き先を定め、その方へ歩みを進めようと思ったが、窓から見える屋外演習場が騒がしい。一目やると、その中心にいるのは見覚えのある、黒髪の毛先とパッツン前髪の半分が紫色の髪と、黒い鱗を纏っている様な外見の少女が、遊撃部隊の副隊長のサンズ・ビーフシチューと何やら話している。しかもサンズは何度もメガネをクイックイッと上げて、いかにもイライラしてそうだった。
「エテレインさんとサンズさん!?」
彼女が何故グランツ城内にある屋外演習場にいるのかは分からないが、何かトラブルなのは間違いない。研究機関へ向かうはずだった足を一旦屋外演習場に向け、俺は走り出した。
屋外演習場は騒然としていた。俺はその人垣を掻き分け、中心にいるエテレインの元へと急いだ。
「エテレインさん!サンズさん!どうしたんですか!?」
俺が駆け寄ると2人はこちらを見る。
「おー、お主はー・・・えーと、誰じゃったかの?」
「コウキです。タニモト・コウキ」
「おー、コウキ、こやつが妾(わらわ)の行先を妨害するのじゃ、何とかしてくれんか?」
エテレインはサンズを指差す。俺が恐る恐る彼の方を見ると、光が反射してメガネの奥にある目はどんな風になっているのかは見えなかったが、腕を組んで仁王立ちし、微動だにしていない辺り、頭の中で色々考えていそうだった。そして一度だけメガネをクイッと上げると口を開いた。
「タニモト・コウキ。知り合いでしたか・・・。それなら話は早い」
静かな口調だが、凄みはある。俺はゴクリと唾を飲んだ。
「その少女はここに入ってくるなり『アレスを出せ!』と、仮にも副隊長を呼び捨てにし、挙句の果てには止めに入った団員も怪我を負わされている。アレス副隊長がこいつとどの様な関係なのかは知らない、が、物事には順序がある。分かりますよね?」
サンズは首を少し捻り、凄みが増す。
あ、怒ってるわ、この人・・・。
誰もが一目でわかる程の怒りに、周りの団員たちは、まるで自分たちが怒られているかの様に背筋を伸ばし、口を一文字につぐむ。
「第一、何者かも分からぬ子供に、うちの突撃部隊の副隊長をおいそれと会わせられるわけがないだろう。彼も忙しいのだ」
・・・ここでこの人の正体をバラしても、今はメリットがない、かな?
「すいませんでした!!以後この子には教育しておきます!!今日の所は何とかお許しを頂けないでしょうか!!」
俺は頭を勢いよく下げる。何事か分かっていないエテレインの頭も半ば強引に下げさせると、サンズは小さく溜め息を吐く。
「はぁ・・・。まぁいいでしょう。今後は、ちゃんと順序を守った面会をお願いします、よ」
と、彼は指をパチンと鳴らした。その瞬間、俺とエテレインの真下から風が吹き荒び、俺たちを宙へと放り投げる。
「うおぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
未知の体験に焦りはしたものの、その魔法が攻撃魔法ではない事が分かると、俺はその風魔法に体を預ける。一緒に宙へと舞い上がったエテレインの方を見ると、最初から害意のない魔法だと理解していたようで既にリラックスしていた。フワリと弧を描き、綺麗にグランツ城の人通りの少ない所にエテレインはちゃんと着地し、俺は尻から着地した。
「あ痛っ!」
着地する前にサンズの魔法は切れ、無様に尻餅を突いてしまった。
「痛たたたた・・・」
尻をさするが、俺はポケットに入れた大事な封書が破れていないかが心配になり取り出す。そして何事もないことに安心すると、エテレインはそれに興味があるのか、俺の手から半ば強引に、先程無理やり頭を下げさせられた事の仕返しかのように取り、外見を眺めたり、太陽に透かして読もうとしたりしていた。
「それすっごい大事な物なんですから!絶対開けちゃダメですよ!?」
「この押印を見れば、そんなのすぐ分かるわい。妾を誰じゃと思っとる」
フフン、と鼻を鳴らしながら、何とか透かしたり、角度を変えたりして読もうとするが、読めない事に諦めて裏に書いてある宛名を見た途端、エテレインの顔付きが変わった。
「どうしたんですか?」
「・・・何故、ここの連中が此奴(こやつ)を知っとるんじゃ・・・?」
え・・・?
彼女は少し目を細め、その宛名をポソリと呟いた。
「フォティノース・・・」
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第63話》へ続く。
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