第61話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第61話》


午前10時。アレスに言われた通り、俺はグランツ城内にある会議室へとやってきた。初めてここにやってきたのは、こちらの世界に飛ばされた次の日、部隊長会議で俺の処遇を決める際に使われた。それ以来だ。中には調査隊に編成された15名の内の半数にも満たない人数が居た。突撃部隊・副隊長のアレス・サーロイン、陽動部隊所属の《火》の古代魔法【ダンデライオン】を使うアリス・テレス、防衛部隊・副隊長補佐のカーニャ・グラタン。俺の同期で遊撃部隊に所属しているルナール・フォックス。そしてアレスの部下であろう筋骨隆々な男が1人。俺含めて合計6名しかいなかった。


「まだこれだけなんですね」


「いや、これで全員だ」


「え?」


俺がイスに座りながら顔を見渡すと、アレスはそう言い切った。そして口を開く。


「コウキ、お前に黙ってのこの編成に関しては謝る。だが、このメンバーの戦力の事を一番知ってるのは、副隊長をしている俺だ」


・・・何の話をしてるんだ?


「ここにいる6名で、イヌア村の村人たちと、ケイコさんの婚約者であるマナブさんの救出をする」


一同はゴクリと唾を飲む。そして各々が全員と顔を見合わせ、再びアレスの方へ向く。


「俺が選抜したメンバーだ。戦力に不足はないのと、少数で動いた方が良いと思った。そして、この任務には引率として隊長が1人就いてくれる」


今度は室内がピリつく。しかしそれに余り動じていないカーニャが手を挙げる。


「どなたが就いてくれるんですか?」


「まだそれは決まっていない。各隊長のスケジュールを見て、後日伝えてもらう手筈になっている」


カーニャの真剣な顔付きは解けないままだ。


誰が来てくれてもありがたいんじゃ?


そう思ったが、よくよく考えたら部隊が分かれている以上、役割が全然違う。突撃部隊であれば先陣を切ったり、戦闘に一番多く携わる。陽動部隊なら場を撹乱(かくらん)したりして突撃部隊の仕事がしやすいように動いたり、遊撃部隊は突撃部隊と同じように戦闘に参加するが、前もって倒す敵を定めない為に臨機応変な対応が必要だ。防衛部隊に関しては破られてはいけない最強の盾。そして民間の安全や安心を確保する、謂わば絶対折れてはいけない柱だ。


どこの隊長が来るかによって動き方が変わってくるわけだな。


1人でウンウンと納得している最中にも話は続いていた。


「どの隊長が来ても良いように、大まかな作戦を決めておくのだが・・・。コウキ、お前はこちらの班で大丈夫か?」


「え?こちらの班、というのは?」


「調査隊は2班に分けられた。人命救助班と、魔石の調査班の2班だ。お前にも一言伝えれたら良かったのだが、昨日、風呂に入ってる時にソフィア隊長から出された案だったから、急遽決まってな。10時に会議室、っていう事は伝えたから、先に他のメンバーには軽く言っておいたんだ」


なるほどな。通りで騒がしくならないわけだ。


「それで、大丈夫か、とは一体?」


「あぁ、コウキが調査隊に編成されたのは、元の世界に帰る為の情報集めが真の目的だ。魔石の調査の班なら、各地を回れる。その分色んな情報を得られると思うのだが、こちらの人命救助の班は、ジュラス王国に乗り込む。戦闘になる可能性も、無きにしも非(あら)ずだ」


ふむ、心配してくれているのか・・・。


俺はアレスの計り知れない優しさに頭が上がらず、思わず頭が垂れる。そして1つの考えを出す。


「・・・確かに、元の世界に帰れるのであれば、帰りたいのは本音です。けど、今俺は王国騎士団の1人。性格的にも、困っている人は見過ごせません。大丈夫です・・・。俺もこちらの班に参加させてください」


アレスの顔を見ると、真剣な眼差しでこちらを見つめ、一回頷いた。そして一息吐いて立ち上がる。


「よし、ここにいる全員の確認が取れた。そして次に・・・」


と、アレスは、もう1人の筋骨隆々な男へと視線を向ける。その向けられた男はコクリ、と頷き、立ち上がる。


「コウキさん、イヌア村まではご一緒でしたが、名前はまだでしたね。自分はヘルメス・ロースと申します」


ヘルメス・ロース。・・・ロース?どこかで聞いたような・・・。


「こいつは港町のトラモントで出会った船乗り、バルカン・ロースさんの息子だ」


「あっ!」


俺は分かりやすく声をあげてしまった。思い出したのは傷だらけの体とワイルドな口調。そして彼と同じく筋骨隆々な体格。しかし体格までは似ていても、あのワイルドな口調はなく、真面目な、どこにでも居そうな、と言っては失礼かもしれないが、どことなくそういう雰囲気が漂っていた。


「自分の魔法は『風』の付与系。攻撃に関しては特筆すべき点はないのですが、恐らく、アレス副隊長が自分を指名したのは次の理由かと」


真面目という言葉を人間に表せば誰しもがヘルメスを思い浮かべるだろう、という様な口調で、彼は淡々と説明した。


「隠密行動に関しては、自分が秀でているという自負があります。今回はなるべく戦闘を避けての人命救助。陰で動き、アレス副隊長やコウキさん達が動きやすくするのが、自分の仕事かと」


突撃部隊とは思えぬ、隠密行動に自信があるようで、ヘルメスは目をギラッと輝かせた。その体躯からどの様な動きを見せるのか想像が付かない辺り、彼には期待をせざるを得ない。


「ヘルメスは突撃部隊の中でも、ある意味特別なポジションにいてな。前線で戦闘には参加しないが、俺たちとは違う視点で敵を内部から崩してくれる。頼もしい奴だ」


アレスからのお褒めの言葉を頂き、彼は感無量と言った表情をしていた。


「じゃあ、ジュラス王国へは、二手に分かれて入るという事ですね?」


「そうだ。ヘルメスが単身乗り込み、俺たちが後から潜入する。細かい作戦や決行日は、引率の隊長が決まってからだな。よし、解散」


アレスの言葉で各々会議室を出て行く。俺も準備やら訓練やらを行う為に部屋を出ようとするが、カーニャに止められた。


「ちょっと」


「はい?」


「アナタ、一度防衛部隊に顔を出してほしいのだけれど」


え、何だろう?


突然の言葉に詰まってしまったが、彼女は腕を組み、躊躇ったら蹴りでも入れられるのではないかと思い、自分なりに即答する。


「は、はい!でも、何の用事ですか?」


「副隊長からの指名よ」


副隊長って・・・フローラさんか!


昨夜の事が頭をよぎる。サンズさんとの張り合い、白い肌、何かを見透かす様な眼、白い肌、副隊長としての落ち着き、白い肌。


ええい、煩悩よ去れ!!!


ブンブンと自分の後ろを払い退けるが、その間カーニャからは白い目で見られていた。あんな美人からのご指名とあらば、真剣な顔で行かなければ失礼に値する。もしかしたら、唯一部隊間を行き来できる俺にしかできない任務を受けさせてくれるのかもしれない。期待を胸に、俺はカーニャに真面目な目で答えた。


「行きましょう」


「何で口元だけニヤけてるのよ」


そして俺たちは防衛部隊の隊室へと向かった。

その場所は広く、会議室の何倍あるのだろうか、と思わせる程だった。聞けば、防衛部隊は一番人口が多く、自分の産まれた街を守りたい、という理由から、王国出身者がその割合的にも多いらしい。だが、任務のほとんどは街の見回りや外部からの敵の侵攻をいち早く見つける為の監視。任務は外しかないので、主に隊室に居るのは隊長と副隊長と、任務に溢れた者たちが書類を片付けたりする程度の人数しかいないそうだ。


ならこんなに広くする事ないのにな。


広さ的には先日伺った調査機関の二回り程小さくしたぐらい。それでも突撃部隊の隊室よりかは広い。などと思っていると、奥に座っているプロキオンと話をしていたフローラがこちらに気付き、にこやかに手を振っていた。俺は椅子と椅子の間を通りながら、他の仕事をしている人にも会釈をしながら、プロキオンとフローラに挨拶をする。


「プロキオン隊長、フローラ副隊長、お疲れ様です!」


「まぁ、コウキ、楽にしてくれ」


プロキオンの落ち着いた声に、俺は近くの椅子に腰掛ける。すると、フローラは本題を切り出した。


「コウキ君、ジュラス王国に行った際、会ってほしい人がいるの」


一枚の紙を見た後、彼女は俺の顔を見た。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第62話》へ続く。

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