第60話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第60話》
俺は一体何を見せられているのか。それを思い始めて早数分。のぼせて倒れ、外風に頭と体をいい具合に冷やされて心地よくなりつつあったのに、遊撃部隊の副隊長、サンズ・ビーフシチューと、防衛部隊の副隊長、フローラ・ブルドッグは神聖なる風呂場で張り合いをしていた。事の発端は俺の待遇に関してだった。騎士団初の無所属である事を認めていないサンズと、調査隊編成に当たり、その中心となった時点で認めてくれたフローラ。意見がまるで反対の2人は、いかなる事にも意見がぶつかる、とアレスがコソッと教えてくれた。
「次はどちらが速く体を洗えるかの勝負です」
フローラは再度サンズに挑む。先程はどちらが速く頭を洗えるか、で勝負していたが、ここは髪の短いサンズの圧勝。それに悔しさを覚えた彼女からの申し出を、彼は余裕の表情で了承した。背中合わせに座り、開始の合図も無しに同時に体を洗い始めた。
「はははっ、この石鹸は泡立ちが良いなぁ!これではすぐ洗えてしまいますな!」
「・・・おっと、手が滑りましたわ」
と、これも余裕で体を洗っているサンズの座っている木製の腰掛けに向けて、フローラは体を捻って彼の方へ人差し指をデコピンの要領で弾く。すると小石の様な物が指先から一直線に飛び、腰掛けを弾き飛ばした。
「うぉあ!!?」
「あらあら、石鹸で滑りますので気をつけてくださいね?」
フローラは口に手を当てて嘲笑いながら注意していたが、わざとらしい彼女にサンズは苛立ちを覚えながらも冷静に、メガネを上げた。
「そうですか・・・。ならフローラさんも気を付けなくてはいけませんね・・・!」
彼は手をフローラの背中に向け、突風をぶつけた。周りにいる俺たちも目を覆う程の風が吹き、フローラの付けていたタオルが宙を舞い、俺の顔にそれがべチンと巻きついた。そしてタオルを顔から引っ剥がすと、そこには腕や足で上手く色んなところを隠すフローラの姿があった。白い柔肌が露になりつつあり、顔は恥ずかしそうだった。
「フ、フローラさん!タオルタオル!!」
視線を逸らしながらも、顔から引っ剥がしたタオルを手渡し、彼女もそれを体に巻く。お互い睨み合い、一触即発のムードの中、アレスが判定を下す。
「体を洗うのは、フローラの勝ちだな」
「タオルを剥ぎ取った方が反則負けですか?」
「いや、風で泡が無くなっている」
あ、なるほど。
俺の言葉にアレスが冷静に答え、俺も何故か納得してしまった。
「一勝一敗、か・・・」
「そうですわね。次で決着を付けましょう」
腕を組んで対峙するサンズとフローラ。フローラはどこか自信ありげだ。悔しそうに噛み締めるサンズだが、彼に妙案が浮かんだのか、悔しそうだった口角がニヤッと上がる。
「最後は、どちらが長く湯船に浸かれるかの勝負です」
「望むところですわ」
サンズさん、凄い執念だな・・・。
2人がザブザブと湯船に入り、肩まで浸かっている最中、俺はアレスとニコラスに話し掛ける。
「あの〜、サンズさんとフローラさんって、いつもあんな感じなんですか?」
2人とも、さっきの挨拶の時とは別人のようだもんな。
アレスは体の傷を労りながらも答えた。
「奴らは同期入隊でな。初対面の時からあんな感じだよ。お互い所属は違えど、飯をどれだけ食べたか、から、狩った魔物の数まで競い合っていたよ」
そうなのか。
「性別は違えど、ライバルって事ですね」
「うむ・・・。・・・だが」
アレスは言葉を続けようとしたところを、ニコラスに止められた。彼も頭を洗い、体を洗い、水魔法でその泡を流し終えると、口を開いた。
「どうも私たちには、そのライバル関係だけじゃないような気がしておるんだ」
・・・というと・・・?
俺が不思議な顔をしていると、ニコラスはフッと笑った。その顔は歴戦の戦士の様にも見えるし、ただの話好きのおじさんにも見えた。
「若いのは良い事だ」
と、ニコラスもザブザブと湯船に入っていった。
何だったんだ?
「ニコラス副隊長の同期はみな退職したか、殉職してしまったんだよ。あの人も若い頃はああやって張り合う仲間がいたに違いないが、今となっては『ああいうの』が羨ましいんだろうな」
アレスは彼の背中を見ながら、俺だけに聞こえるように呟いた。ナイジジに付けられた傷を撫でていたが、俺はある事に気付く。
「あれ・・・?そういえば、もう傷がそこまで塞がっているんですね?」
「あぁ、黒龍・・・エテレインが飛んでいる最中【加護】を掛けていてくれただろう?あれに治癒効果もあったみたいで、ほとんど塞がってしまったのだよ」
しかし、最初にナイジジに付けられた深い脇腹の傷に関しては、塞がってはいるものの痕は残ってしまっている。痛々しくもあったが、アレスは何故かそれを誇らしげにしていた。俺はそんな彼に思わず聞いてしまった。
「・・・どうしたんですか?」
「奴も道を間違えなければ、俺と渡り合えたのにな・・・。惜しい奴だ」
ナイジジの事を言っているのは分かったが、自分を殺そうとした相手にそこまで言えてしまう懐の広さに脱帽してしまう。ここまで奴の事を認めているということは、俺たちも対峙して理解してはいるが、相当の強さだという事。
副隊長クラスの強さ、か・・・。
俺は今、どのぐらいのレベルの人と渡り合えるのだろうか、と純粋な気持ちが沸々としていたが、古代魔法というほぼチートな存在だというのを思い出した。しかし、魔法自体は強力でも、立ち回りや戦闘慣れに関してはまだまだ素人に毛が生えたようなものだ。魔獣との戦闘に駆り出される事も任務でしばしばあるが、結局のところ魔法を撃たずに終わる時もあれば、撃てて1発の時もある。もっと連発して出せれば良いのだが、どうも体に負担が掛かっているようで心配になる。
一度ミヤビさんに相談してみるか。
ようやく頭が回り出す。のぼせた時の独特の頭痛も消え、残るのは体の怠さ。もう一度温まってから休むのが体的には良いと思うのだが、どうも気乗りしない。
まぁ、あの2人が競って入ってる、っていうのもあるけどさ。
そう思いながら彼らを一瞥(いちべつ)。2人とも目を瞑り、サンズは腕を組み、フローラはじっと動かずにただひたすらに相手が先に立ち上がるのを待っているようだった。
「それじゃ、僕は先に上がりますね」
「おう。また明日、次の遠征先の会議をしたいんだが、10時に会議室に来てくれ。他のメンバーには、俺から伝えておく」
「はい、分かりました!」
俺はそう返事を返してゆっくり立ち上がり、少しふらつきながらもその場を後にした。が、俺が脱衣所で体を拭いていると、サンズとフローラの決着が付いたようだ。
『今回は私の勝ちよ!!』
勝者はフローラだった。俺はその言葉を背中に浴びながら、風呂場を後にした。
そして次の日の会議の時間、次の目的地の話から、事態は大きく動く事になった。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第61話》へ続く。
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