第59話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第59話》


・・・えー、と・・・。これはどういう状況だ・・・?


突然風呂場に入ってきたソフィアが俺の横で入浴している。


混浴だったのかよ・・・!?


思い返してみれば、入り口は1つだった。フランス育ちのミヤビが、公共の風呂場が男女分かれているという事を知らないのは分からないでもないが、男女別というのが俺の中では当たり前になっていた。それが日本独自の文化かもしれないし、現にソフィアが入って来たのに動じない男の隊長3人は、まるで男女一緒に入ることが当たり前の様に振る舞っている。そして彼女は、肩まで浸かるや否やタオルを背中側の岩場に置いた。という事は、今は何も隠している物が無い。


そういえば、鎧を脱いだ姿を見たことがない気がする・・・。


もはや風呂でのぼせているのか、考えすぎてのぼせているのかは分からないが、俺はソフィアに例の件の報告を始めた。


「えっとですね・・・、まず遊撃部隊所属の同期のルナール・フォックスの故郷のイヌア村に昔からの言い伝えがあり、それを聞くために向かいまして・・・」


ダメだぁ〜、集中できね〜。


俺もちゃんとした男の子。目を見て話すはずが右へ左へ、上へ下へと泳ぐ。


いや、下はマズイ。


いくらお湯が白濁として全容は見えないと言われても、その湯面に浮かぶ2つのモノの上半分のさらに上半分は見えている。予想外のモノの大きさに、思春期男子の想像力、いや、妄想力が働いてしまう。俺は続ける。


「そ、そこでですね、我々が到着した頃にはイヌア村は半壊しており、救助に当たりました。そしてその村を襲ったのは、ジュラス王国だと分かり、攫われた人たちもいるということで、ジュラス王国からイヌア村の人々の救出をする任務を、アレス副隊長承認の元、その場で請け負いました・・・っうぉあ!?」


話をより聞こうと、ソフィアが俺の意識の外側から体を寄せる。俺の腕とソフィアの胸がくっつきそうなぐらい近寄られ、俺は思わず唾を飲む。ゆっくりと弧を描きながら視線を真反対の方へ向け、煩悩を振り払いながらも続けようとしたが、そうはいかなかった。


「コウキ、先程から何だ!話をする時は人の目を見て話せ!」


と彼女は強引に俺の顔を掴んで自分の方へ向かせた。独特の顔の紅潮と石鹸の匂いで、ソフィアは色っぽかった。という所までは覚えていた。


「あ、え、いや、その・・・、すいま・・・せ・・・・・・」


俺の意識はそこで途絶えた。




次に目を覚ました時は、それから十数分後だった。背中に伝わる固く、冷たい感覚。そして頭や顔にも、髪を伝って垂れる冷たい雫。


「・・・あれ・・・俺・・・」


「良かった、気が付いたのね」


俺の顔を覗き込む4人の顔。それを認識するのに、数秒必要だった。心配そうに見るソフィア、シリウス、プロキオン。一瞬こちらを見て、安堵の溜め息を吐いてその場を離れるリゲル。全員体には厚手のタオルを巻いていた。


「のぼせたんだろ。お前、ソフィア嬢の胸に顔から倒れ込んだの、覚えてないのか?」


な ん だ と !?


シリウスの言葉は、ここぞとばかりに俺の脳内を後悔で埋め尽くしていた。事故とはいえ、何故覚えていないのか。脳裏に蘇るのは、あの紅潮したソフィアの顔だけだ。


「覚えて・・・ません・・・!」


「何で悔しそうなんだ、お前」


シリウスのツッコミを聞き流しながらも、俺はソフィアに謝る。


「すいません、事故とはいえ、その・・・・・・」


照れが先行したが、当の本人はキョトンとしていた。


「ん?あぁ、それなら問題ない。訓練で胸などの急所を突く事もやっているからな」


そういう事じゃないんだけどなぁ・・・。


軍人だからか、普通の女性としての生活から逸脱しているせいなのかは分からないが、自身にある女性の象徴を理解していない。俺がこの世界に飛ばされたら時に玉座の間で父親でもあるセンウィル国王に嫁ぎ相手がまだいないという所を突っ込まれていたのを思い出す。


「とりあえず、無事なら良かった」


ソフィアは笑うと、そそくさとまた湯船に入って行ってしまった。ずっとお湯の外に居たからか、体が少し冷えてしまったようで、また浸かるなり、鼻歌混じりに背中をこちらに向けて腕をさすっていた。


「あの・・・」


俺はまだ力が入らずに仰向けの状態だが、シリウスに声を掛ける。


「ん、どうした?」


「シリウス隊長、失礼ながら、無類の女好きとしての認識なんですけど、ソフィア隊長が一緒に風呂に入ってるのは大丈夫なんですか?」


それは至極真っ当な意見だった。だが、本人は腕を組んで、彼女の方を見る。


「・・・ソフィア嬢は、俺の中でも特別な存在なんだよ」


お?


「俺がまだ新人の頃、ソフィア嬢は既に突撃部隊の副隊長候補の1人だった。憧れはもちろんあった。けど、それは異性としてではなく、騎士団員としてなんだよ。俺が前線で場を引っ掻き回せば、突撃部隊の仕事がしやすくなる。俺の背中を預けれるのは、ソフィア嬢だけなんだ。だから、あの人を女性として見たり、扱ったりしたらダメなんだと、心に誓った。後、騎士団に所属している人はみんな、家族みたいなもんだ。いちいち反応してたらキリがないだろ」


これはまた意外だな。


「その代わり、俺の背中を追っかけてくる子猫ちゃん達には、しっかり振り向いてあげるけどね!」


やっぱり女たらしだ。


と和んでいると、シリウス、プロキオン、リゲルの3人は風呂を出ようとしていた。


「もう出られるんですか?」


「あぁ、そろそろ、俺たちは行かないとな」


プロキオンはそう言うと、ノシノシと歩いていき、その背中を追うようにリゲルとシリウスもついて行った。


何かあるのか?


と見送ると、今度は突撃部隊の副隊長、アレス・サーロイン、陽動部隊の副隊長、ニコラス・テスラール、そして更に男性が1人、女性が1人、入れ違いに入ってきた。男性の方は筋肉質だがメガネを掛けたインドア風で、気難しそうな雰囲気が漂っている。女性の方は、エルフの様な白い肌をしており、銀髪で背中まである長い髪、ソフィアとまではいかないが、女性らしい象徴が主張する、落ち着いた人だ。


「あ、アレス副隊長・・・ニコラス副隊長も!」


「おお、コウキ、どうした、そんな所に横になって?」


アレスは俺の姿を見るなり笑っていた。ニコラスも口に手を当ててフフッと笑っていた。


「のぼせたので、休んでます。そちらの2人は・・・?」


「あぁ、遊撃部隊と防衛部隊の副隊長だ」


アレスの紹介に、メガネの男は軽く会釈を、エルフの様な女性はジッとこちらを見ていた。


「噂はかねがね・・・リゲル隊長から聞いております。私は遊撃部隊、副隊長のサンズ・ビーフシチューと申します。以後、宜しくお願いします」


ビ、ビーフシチュー・・・。


握手した手をブンブンと振り、握っていない手はメガネが落ちない様に鼻当てのところを支えていた。目は笑っていない。


「初めまして。私は防衛部隊、副隊長のフローラ・ブルドッグです」


ブルドッグ・・・。また恐ろしいファミリーネームだな。


「補佐のカーニャが褒めてましたよ。中々骨がある、と」


あいつ、そんな事陰で言ってたのか。


フローラは両膝を付いて俺に目線を合わせてくれていた。それをサンズが見るや否や、フン、と鼻で笑う。


「フローラさん、少し新人に甘くないですか?いくら王国騎士団初の無所属だとしても、実力が伴ってないとどうも私は腑に落ちません」


あら・・・。これはまた色々言われるやつだな。


「いえいえ、私はただこの子が、今回の遠征部隊の中心人物だと聞いた時から認めてましたわよ?」


フローラは立ち上がり、バチバチとサンズと視線で攻撃し合っていた。


これは、嫌な予感がする・・・!


俺も早くここを立ち去りたいが、のぼせた代償でまだ動くことができず、この2人のやり取りを見ざるを得なかった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第60話》へ続く。

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