第57話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第57話》


グランツ城を出て南に数分歩いたところに、それはあった。外からの見た目はただの民家。周りの木造の民家と同様にそこに存在し、街並みに紛れている。


「ここ・・・ですか・・・?」


俺は見当違いの場所に案内されたと思い、明らかに怪訝(けげん)な顔をデネブにしてみせた。


「えぇ、ここです」


しかし彼は笑顔で答える。視線を再び家屋に戻すと、デネブは木製の扉を開ける。アルタイルも楽しそうに彼に続き、入っていく。一呼吸間を置いて俺も中に入ると、普通の、まるで一般家庭がそこで生活しているかのような清潔感が保たれ、本当に間違えてるのではないかと疑う程だった。


え、ボケ、なのか・・・?


突っ込んだ方が良いかと思ったが、その考えはすぐに覆された。


「お?」


デネブが部屋の真ん中に置かれているテーブルの下の床を開けると、地下へ続く階段が見えた。そこを降りていくようだった。


前にも見たような・・・。


それは陽動部隊、隊長のシリウス・ホーキング先導の元、こちらの世界に一緒に飛ばされたら泉サヤカと訪れた、これまた俺たちと同じ世界の住人で、俺たちよりも前にこちらの世界に飛ばされたフランスの天才科学者、ミヤビ・ジャガーノートの研究室を訪れた時だ。


研究施設は地下に造るのが流行ってるのか?


そう思いながら階段を降りると、そこは体育館位の広さの場所に、所狭しと机や棚が並び、奥の方を見れば近未来の様な、いかにもファンタジーな大きな装置がいくつかあった。しかし所狭しと言えど、動線はきちんと取られており、人が荷物を抱えてすれ違える程にはスペースがある。ヒョイ、と近くの机に置いてある書類に目をやるが、何かの数式が乱列しており、何の研究なのかすら分からない。


『こ〜ら、余りジロジロ見るんじゃありません』


「あ、すいません!」


少し遠目から白いローブを着た、水色のロングヘアーの女性から怒られ、そりゃそうだ、と思いながらも頭を下げる。


こんな女性も研究者なのか・・・。


人は見た目によらないが、余りにも綺麗な人だったので半ば見惚れながらも反省する。誰もが自分の研究途中の資料を見られたくはないものだし、部外者が外に持ち出す危険性もある。かく言う俺も、過去に小論文の宿題を途中でクラスメイトに見られて同じような反応をした事がある。恐らく心情としてはその時のようなものだろう。入り口から奥の方へと歩き、ファンタジー要素満載な大きな装置がいくつもある所へ着いた。そしてデネブはその装置の横に掛けてある白いローブを羽織る。正に研究者!と言いたくなるようなその姿に、俺とアルタイルは心躍った。


「おおお、デネブさん、カッコいいですね!」


「ありがとう。私はここで【転移・転送魔法】について研究しています。港町のトラモントでアルタイル君が気になっていた、進み具合なんだけど・・・」


そこまで言うと、デネブは少し口籠もった。


「う〜ん・・・、何というか、大詰めのようだし、まだまだのようだし、何とも言えないところにあるんだよね」


彼はそう言いながら装置を触る。形は、直径2mはあろうかという大きいドーナツの様もので、中の穴は広く、土台に支えられている。色は白で統一され、ここの一角だけ本当に近未来なのではないかと疑う程の異様な空気を醸し出していた。


他のところはまだ机で紙に何か書いて計算しているのに、デネブさんの所だけは高度過ぎる。


俺も腕を組み、いつもの考えるスタイルだ。と、1人だけ、この様な装置が作れそうな人物に心当たりがあった。


ミヤビさんも一枚噛んでるのか・・・?


彼女もこちらの世界に飛ばされた1人。元の世界に帰りたいが為に加担している可能性もあった。そしてミヤビは超が付くほどの頭の良さ。こちらの世界では未知の装置を造ってしまう事もできないわけではないだろう。


『オー!コウキ!久し振りデスネー!』


噂をすれば何とやら。振り向くと、そこには白いローブを羽織ったミヤビがいた。小脇には多めの資料を持ち、相変わらずの丸メガネとそばかす。しかし今回は長い銀髪はボサボサではなく三つ編みで纏まり、サラサラだ。


「あ、お久し振りです。マスクありがとうございました」


「気にするでナイ。お茶の子さいさいデース」


また古い言葉を・・・。


「ミヤビさんもこの施設に出入りしてたんですね」


「ハーイ。そちらのデネブさんに協力を依頼されたのデース」


と、彼女は俺よりも奥に居るデネブに目をやる。彼も会釈で返し、ミヤビも手を振る。


逆、だったか。デネブさんからの申し出だったのか。


「それで、あなたタチは何故ここにいるのデスカ?」


ミヤビは抱えていた資料を近くの机にドサっと置くと、デネブが研究している魔法の装置へと歩み寄る。外身を撫でたり、ぽんぽん叩いたり、時にはドーナツ状の穴の内側をさすってみたり。何か異常がないか調べているのだろうが、俺らからはただ愛でているようにしか見えなかった。


「俺たちはデネブさんに誘われ、見学に来たんですよ。彼の研究テーマが【転移・転送魔法】と聞いて、元の世界へ帰る為に、参考になったり、ヒントになったりしないか、興味があったので」


俺は包み隠さずミヤビに話した。そしてもう一つ、彼女には報告しておかなければいけない事があった。


「それと、1人、僕らと同じ世界の人を調査の道中で保護しました」


ケイコの事だ。彼女の経緯、今の状態、騎士団で匿っている事まで話すと、ミヤビが口を開く。


「そのヒト、魔法は使えないんデスカ?」


「・・・使えないと思います。ジュラス王国から解放されてますから」


「それなのに、彼女のフィアンセは捕まってしまった、という事デスネ」


うん、そうだよな。ケイコさんはそう言ってたよ、な?


追求されると変に自分の言葉をも疑いたくなってくる。こういう時、自分は確信を持っていても不安になってしまうのはどうしてだろうか。俺は苦笑いで返すが、ミヤビは何か掴んでいるような笑みを浮かべていた。目は真面目なのに口角が上がっている。俺の、いや、俺たちの知らない情報を彼女は持っているのか。


「・・・な、何が言いたいんですか・・・?」


しかしここで明かされるかと思い気を張っていたが、ミヤビはそれを躱(かわ)すように顔を装置に戻した。


「今はまだ確証はありまセーン。なのでまだ言えまセーン」


あらま・・・。


「ですガ、ヒントをあげまショー。私は空腹が『雷』にナリ、コウキはクシャミが『空気砲』に、サヤカはアクビが『ブラックホール』にナリマース。これらは全て人間の生理現象が魔法に変わってマス。さて、後はどんな生理現象があるでしょうカ?そのフィアンセは捕まる前に生理現象が発生し、魔法が出てシマッタ。彼女は、出なカッタ・・・」


これが何を意味しているのかは分かる。本当はケイコも何かの生理現象が魔法に変わっており、ジュラス王国の兵士たちの前でたまたま出なかっただけ。の可能性もあるということだ。


「これは一度、ケイコさんも診断する必要がありそうですね」


どんな生理現象がどんな魔法になっているかは分からない。本当に魔法が発現していないということもある。が、俺の言葉は、真剣に装置と向き合うミヤビには聞こえていなかったようだ。まだ全然デネブとは話せなかったが、ミヤビとこうも自分の理解の範疇(はんちゅう)の外の話をされては入る余地もない。帰ろうと出入り口の方へ向くと、ミヤビが去り際に声を掛けた。


「あ、そういえば、お風呂場が完成しまシター。今はまだ城の中にしかありませんガ、今後は街の至る所に造る予定デース。一度入っていかれてはどうデスカ?」


風呂、だと・・・?


聞き慣れた、何故か懐かしささえ覚えるその2文字は、俺の心を震わせた。


「ありがとうございます!!!行ってきまーす!!!」


目を爛々(らんらん)と輝かせながら、俺はアルタイルを研究所に置き去りにして飛び出した。行き先はもちろん、グランツ城の中にあると言われた風呂場だ。だが、この時まだ俺は、そこで一悶着あることなど知る由(よし)もない。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第58話》へ続く。

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