第56話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第56話》


「妾(わらわ)の名はエテレイン。歌を愛し、平和を願い、望むモノじゃ」


エテレインと名乗った黒龍は木々の間にポッカリと開いた空を見上げた。


「久し振りに外に出たが・・・。なかなか悪くないのう・・・」


肌で感じているのか、エテレインは目を瞑り、両手を少し広げた。その光景に俺たちはいまいち着いていけず、戸惑っていた。


「あ、あの・・・エテレイン、さん?黒龍・・・なんですよね・・・?」


「うむ」


いやー、伝説の龍が擬人化するのはアニメとかで観たことあるぞ!?


突然の事に敬語になってかしこまりながらも、俺は事の整理を始める。


「・・・えっと、まず、人間の姿になれたんですね」


「うむ。これはだいたい800年前に取得した」


800年・・・。一体いくつなんだろう、この龍。


「このまま帰らないんですか・・・?」


「今の人間の情勢がどうなっているのかをこの目で確かめんとな!」


はぁ・・・。そうですか・・・。


俺はアレスに一目向ける。その目は、どうします?と訴えかけている。腕を組み、少しの間考え込んだが、彼は答えを出した。


「しょうがない。この人型はどれくらい保(たも)てれるんだ?」


「妾の魔力が尽きるまでじゃ」


エテレインもアレスに対抗しているのか腕を組み、自慢げに答えた。黒龍の時より言動が幼くなっているのは、人間に擬態している姿の年齢がそうさせているのかは分からないが、あまりの振り幅に混乱しそうだった。これがあの伝説の三龍の内の1頭の黒龍だなんて。


「それがどれぐらいかは分からんが、2、3日大丈夫なら良いだろう」


「何を言う!妾の魔力であれば2、3年は余裕じゃ!」


エテレインは胸を張りながらふんぞり返る。体を覆っている黒色の鱗がカチャカチャと音を立て、それが本物の硬い鱗なのだということを主張していた。


「龍の魔力というのはそんなにあるのか!!」


アレスたちは驚いているが、俺には何のこっちゃさっぱり分からなかった。レグルスに聞くと、彼はすぐに答えた。


「な、なぁ、それって凄いのか?」


「魔法を2、3年放出し続けれるっていう事だよ、コウキ兄ちゃん。僕たちは、最近では訓練してるけど、休み休み魔法を使い続けても丸3日分ぐらいしか魔力がないんだ。それを2、3年って言い切れるのは、僕たちの何百倍の魔力量があるのか・・・」


ほぉ・・・。あのレグルスがここまで言うんだ、やっぱり凄いんだろう。


などと感心していると、鼻歌混じりにエテレインはアラグリッド王国の方へと足を進めようとしていた。


「あ、エテレインさん、どちらに?」


「お主らの国がどんなもんか見に行こうとな・・・」


俺が半ば焦りながらも止めようとするが、彼女はそれを簡単にあしらい、浮き足立ちながらも意気揚々と歩いて行ってしまった。


「俺が付き添う。みんなはグランツ城に戻って報告をしておいてくれ!」


そう言うと、アレスは傷を押さえながらも小走りでエテレインの後を追い掛ける。が、次第に早くなる彼女の足に着いて行くがあまり、アレスも足を早め、終いには2人とも競走するような形で城内へと入って行ってしまった。


「さ、さて、俺たちも城に戻って報告しに行くか」


ケイコを連れて森から王国内に入り、歩く事十数分。直線ではないものの、レンガ調の道を進み、幾度か曲がり、王国内の敷地のど真ん中に位置しているグランツ城へと、俺たちは戻ってきた。訓練している者、任務へ勤(いそ)しむ者、いつも通り城内は活気が溢れている。俺たちはそんな中を更に歩き、国王のセンウィル・アラグリッドのいる玉座の間へ。いつ、どのタイミングで歩いても、そこまでの道のりは厳(おごそ)かな気持ちにさせてくれる。俺、アリス、アルタイル、デネブ、レグルス、ケイコは赤絨毯(あかじゅうたん)の上を歩き、重っくるしい扉の前へとやってきた。俺たち騎士団のメンバーは何度か前を通った事があり、国王とも面識はあるが、ケイコは全くの初対面だ。不安でいっぱいの顔をしていた。そして俺は扉を開ける。キィィィ・・・。と軋(きし)む音と共に、中の様子が明らかになっていく。玉座には国王・センウィルが鎮座し、右には騎士団長の、丸メガネを掛けたカイゼル・ベル。左には小太りの白いローブを着た中年の男性が立っていた。カイゼルは国王・センウィルに何かを報告している様子で、左に立っている中年の男性も、何かを報告する前なのか、手には書類を持っている。俺たちが入ってきた事により3人の視線がこちらに向く。その時、デネブが国王の左に立っている白いローブを纏う中年の男性と目が合い、会釈する。俺たちが国王に一礼すると、センウィルは口を開いた。


「戻ったか」


その言葉に、俺たちは膝をつく。


「報告します」


俺は事の経緯を全て話した。イヌア村での出来事、港町・トラモントの北西の島での戦闘、三龍の存在、そして、かつてアラグリッド王国と敵対し、戦争をしていたジュラス王国の現在と企み。特に最後に関しては、軍事に関わる事だということで、カイゼルにも伝わるように話した。終始彼らは頷きながら聞いていたが、ジュラス王国の名を口にした途端に目付きが変わった。


「今回の遠征で得た情報は以上です」


「ふむ・・・。なるほど、ジュラス王国が、か・・・」


センウィルは蓄えている白い顎髭をファサァ、と一撫ですると、その恰幅(かっぷく)の良い体格からの、文字通りの重い腰を上げる。その姿は威光さえも感じ取れ、正に『王』という存在に相応しい姿をしていた。


「此度の接触から、ジュラス王国とは良からぬ事態に発展する可能性もある。警戒態勢を取り、近隣への警備を強化。【魔石の精製】と【黒ずんだ魔石】との関連性は、調査機関に一任する」


センウィルが白いローブを纏った中年の男性の方を向くと、彼が頷く。調査機関の一員なのだろう。


「特に防衛部隊は忙しくなるだろうが、これも住民の安全の為。しばらくはこれで様子を見よう。報告ご苦労。また頼むぞ」


『はっ!』


俺たちは返事をし、玉座の間を後にする。扉が閉まりきり、緊張が一気に解ける。


「ふぅ〜・・・・・・」


この空気はいつになっても慣れないな。


ホッと胸を撫で下ろす。


「それじゃ、僕とアリスはケイコさんを一旦安全な所に送ってきます」


と、レグルスとアリスはケイコを連れて外に向かおうとした。が、ケイコは振り返り、無言で深々と頭を下げた。言葉が無くても、その意味は伝わってくる。頭を上げた彼女の目尻には涙と思しき雫があったが、俺たちは見て見ぬふりをし、ケイコを送り出した。


「しかし、この後はどうしようか・・・。エテレインさんに赤龍と緑龍の居所を聞くか、一回休憩を挟むか・・・」


彼女の背中が見えなくなり、俺が悩んでいると、デネブが何かを思い付いたように案を出した。


「そうだコウキさん、一度、調査機関に顔を出してみては如何でしょうか?」


調査機関・・・か。


アラグリッド王国内にある魔法の調査機関。正式名称すら恐らく聞いた事がないだろう。陽動部隊の隊長のシリウス・ホーキングがよく出入りをしているらしいが、実態は謎ばかりだ。


うん、良いかもな。デネブさんの研究も見れるかもしれない。


調査機関の研究員であるデネブ・ボロネーゼの研究内容は【転移・転送魔法】。俺が元の世界に戻るために必要であるかは分からないが、少なからず関係していそうな【転送魔法】が存在している。一度は拝んでおきたかったのは事実だった。


「えぇ、それも良さそうですね。アルタイルはどうする?」


「はいっ!行きます!!行かせてください!!!」


「分かった分かった分かった分かった!!!」


鼻が付きそうな程の勢いで詰め寄られ、キラキラと目を輝かせた彼も引き連れ、俺たちは一路、アラグリッド王国内の魔法の調査機関へと足を進めた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第57話》

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