第55話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第55話》


俺たちを乗せた黒龍は、顔の皮という皮がビリビリと震える程の速度で海水のカーテンを突き破り上空へと飛び出した。背中には無数の突起物があり、俺たちはそこに捕まっている。心なしか、目の前に対峙した時よりも大きくなっているような気がしていた。


マジで空飛んでる・・・!


遥か上空へと上がる途中、静寂の海ではない、荒々しくうねる海域に、俺たちが行きに乗せてもらった、バルカン・ロースの操る漁船が漂いながら回遊しているのが見えた。彼は俺たちが洞窟内にいる間、何かあってもすぐに対応できるように陸を離れて様子を見ていたようだ。ジュラス王国の奴らか去っていく時に危害を加えられてないと良いが、空へ上がっていく時に見た限り、無傷で、むしろあの荒々しい波を元気よく越えていた。


「バルカンさーーーん!!!」


聞こえるかは分からないが、俺たちの無事を確認してもらうために俺は大きく手を振る。流石に本物の黒龍が目の前をものすごい勢いで上がっていくのを目の当たりにし、驚きを隠せずにはいたものの、俺たちの存在を確認すると手を振り返してくれた。


「ありがとうございましたーーー!!!」


俺の言葉に何か言っているようだったが、当たり前だが聞こえない。


あの人の豪快さなら聞こえそうだけどな・・・。


ははっ、と笑うと、バルカンは何かを察した様子で船首を港町のトラモントの方へ向き直して出発した。


「向かいましたね」


「あぁ、これで俺たちも心置きなく帰れる」


アレスに確認すると、彼は指をさす。


「黒龍、あっちの方に広大な森が見えるだろう。アラグリッド王国があるのはその森の付近にある。俺の傷口が開かない程度に飛んでくれ」


ナイジジに斬られた傷をさすりながらアレスが指示を出すと、黒龍は一度頷く。そして高度を保ったまま幾度か羽ばたかせ、翼の内側に力を溜め始めた。


いや、ちょっと待て・・・。何か嫌な予感がする。


俺たちが徒歩で余裕がある日程で5日掛けて歩いたアラグリッド王国からイヌア村までは、北に約120km。イヌア村から港町・トラモントへは、山を迂回する為に少し来た道を戻ったが2日を掛けて来た。直線距離にして西に50kmあるかないか。そのトラモントの港からこの海域までは大型の漁船が速度を出して北西に20ノット、約時速37kmの速度で1時間と少し走らせている。俺が位置関係をアラグリッド王国、イヌア村、トラモントを直角三角形の様に手のひらに指でなぞり書いていると、興味津々でアリスが覗き込んできていた。が、俺はそれを無視する。


アラグリッド王国からトラモントまで約130kmか・・・。


更にそこから速度と時間を計算して現在地までを結ぶ。


アラグリッド王国からこの海域まで、約170km・・・。


「お、おい、黒龍?飛行速度ってどれぐらいなんだ?」


アイドリング状態の黒龍は鼻を鳴らすように自慢げに答えた。


『ワラワノヒコウソクドハ、サンリュウノナカデモイチバンダッタ。サイコウソクドハマッハ二ダ』


マッハ2・・・?


時速に直すと2469.6km。音速を遥かに超え、通ったところにはソニックブームという名の衝撃波が発生する。言わずもがな、生身の人間がその速度に耐えられるはずがない。


「ま、待て黒龍!そんな速度で飛ばれたら俺たちが保たない!!」


ペシペシと硬い鱗に覆われた背中を叩くと、黒龍は困った様子で俺たちの方を向く。


『ナラバドウスレバイイ?オヌシラハイソイデオルノダロウ?』


「確かにそうだけど、俺たちが生身でも振り落とされない程度に飛んでくれればそれで良いから!」


舌打ちが聞こえた気もしたが、黒龍は翼の内側に溜めていた力を徐々に弱め、再び幾度か羽ばたかせたと思いきや、高度を保ったまま飛行を始めた。滑空というよりか、羽ばたいて飛んでいるという感じだ。


「ふう・・・。一時はどうなることかと思ったぜ・・・」


振り飛ばされない、安全に、風を感じる程度の速度で飛行している。それでも時折横からの突風に煽られながらも順調にアラグリッド王国へ戻っている最中、俺はアルタイルに声を掛ける。


「そういえばアルタイル、俺たちがケイコさんと話している時、黒龍と何を話してたんだ?」


「う〜ん、何から話して良いやら・・・」


彼は腕を組んで唸る。そして重い口を開いた。


「どうやら、私が魔法を上手く扱えなかったのは、この黒龍さんがいたかららしいのです」


うん?


「それはどういうことだ?」


「私の中に、黒龍さんの片割れの魂が宿っており、自動的に魔力を制御されていたみたいなんですよ。あ、後、それにより運動能力は向上していたらしいです」


う〜ん?なるほどなるほど??


正直、ピンときてないのは事実だ。何故アルタイルの中に黒龍の片割れの魂が宿っていたのか、本人も理解はしていなさそうだ。しかし、運動能力の向上については思い当たる節はある。それはアラグリッド王国の飲み屋『ビッグ・ディッパー』で、王国騎士団・防衛部隊長のプロキオン・ロックが店の外でゴロツキをぶっ飛ばした後、奴らを連行する際にアルタイルがいた事だ。その時一緒に捕縛に来た同期のシャークはいかにも武闘派なので分からんでも無いが、当時はまだインドア気質だと思っていたのもあり、『まぁ仕事だし、出る時は出なきゃいけないよな』と同情混じりにその光景を見ていたのは事実だ。しかしここに来てこういう形で明かされるとは思ってもいなかった。


「なるほどな?んで、今はどうなんだ?黒龍の片割れの魂は黒龍に還ったのか?」


「みたいです。私の体も、幾分か軽いです」


ほう・・・。


『アルタイルニハクロウヲカケタ。アラタメテ、シャザイトカンシャヲノベヨウ。スマナカッタ、ソシテアリガトウ』


何か、黒龍が可愛く見えてきたな。


と、良い意味で黒龍へのイメージが変わったところで、再び黒龍が脳内へ語りかける。


『サァ、モウツクゾ』


「いや速くないか?」


流石にまだだろう、と下を見ると、そこには紛れもなくアラグリッド王国があった。文字通り広大な敷地の城の周りを囲う様に、東西南北均等な面積の中に居住区や商業区が並び、水路や迷路の様にいくつも分岐があるレンガ調の道、そしてそれらを更に囲う防御壁。その周りにも広大な森が広がっている。俺たちが普段訓練や寝泊まり、そして騎士団として仕事をさせてもらっている、見慣れた景色が目に入った。


上から見ると、やっぱアラグリッド王国はデカいんだなぁ・・・。


悠長に眺めているが、アレスがある事に気付く。


「おい、黒龍。このまま降りるのは構わないんだが、黒龍の存在が世に出る事になってしまうぞ?それでも良いのか?」


確かに。


黒龍、赤龍、緑龍はあくまで伝説上の生き物。実際に居ると分かればパニックは必至だ。


「あ、でも、ジュラス王国にはバレているのでは・・・?後、俺たちが口外はしない事は大前提ですよね?」


アレスや俺の言葉に、黒龍は余裕の表情だった。


『ナァニ、シンパイハイラナイ。トンデイルアイダニ【ニンシキソガイマホウ】ト、【コクリュウノカゴ】ヲカケテアル。イマナラ、コウドナマリョクタンチニモヒッカカリハシナイ』


うん、流石ですね。


それなら心配はない、と、アレスと頷き合うと、俺は黒龍に指示を出す。


「よし、じゃあ、アソコに降ろしてくれ」


俺が指をさしたのは、北側の門付近にある森の、開けた場所だった。その場所なら、黒龍も余裕で降りれるだろう。黒龍は頷くと、すぐに到達し、ホバリングしながらゆっくりと降りていった。ガサガサと木々に翼が当たる音を聞きながら、次第に視界に木々の影が映る。先程言っていた【黒龍の加護】が切れたのか、体に当たる陽の光、影の放つ冷たさを同時に感じた。


「不思議なもんだな」


「そうですね。ここまで運んでくれてありがとう、黒りゅ・・・うぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」


俺の叫びに反応して全員が振り返る。するとそこには黒龍の姿はなく、代わりに見た目15歳程の、肩まである黒髪だが、パッツン前髪の半分と毛先が紫色に染まっている少女が、これまた黒光りする鱗が張り巡らされている様な衣装を着こなし、腰に手を当てて仁王立ちしていた。


「何じゃ、急に叫びおって。妾(わらわ)の姿に驚きすぎじゃ」


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第56話》へ続く。

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