第54話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第54話》


ケイコは、分かりやすく話してくれた。


「どこから話して良いかは分かりませんが、私たちは突然、こちらの世界に飛ばされました。しかし場所が悪く、夜の海に投げ出されて溺れ掛けていたところをジュラス王国の兵士に船で拾われました」


ふむ・・・。そこで指輪を落としたのか・・・?


俺はポケットに入れたままの、名前が裏面に刻印されている指輪を握る。本人だと確信が持てたら話題を切り出そうとしていたのだが、まだ話を聞いていたいというのが本心だった。アレスたちは『こちらの世界に飛ばされた』という言葉を聞き、顔を見合わせている。


「そして婚約者・・・マナブさんは捕らえられ、私は何故か解放されました。・・・話を聞いてもらおうにも、この男の解放には金が要る、金貨100枚と交換だ、と取り合ってもらえません。なので私は、金貨300枚を目標に、得意だったダンスを生かし、旅楽団の中に入って踊り子として働いていました」


金貨300枚って事は、元の世界のと比較すると・・・。


「・・・約300万円、か」


俺がポソリと呟くと、ケイコを始めとするその場全員の視線が俺に集まった。何事かとキョロキョロと全員の視線に応えていると、最後に目が合ったケイコの目から涙が流れていた。


「泣かせた」


「泣かせたわね」


「・・・ダメだよコウキ兄ちゃん」


「おやおや・・・」


「黒龍さんは、普段何を食べてらっしゃるんですか?」


アレス、アリス、レグルス、デネブ、アルタイルの順にコメントを述べたが、アルタイルに至っては黒龍と話をしていたようだ。


「ごめんなさい・・・。突然泣いてしまって・・・」


「い、いえ、こちらこそ・・・」


微妙な空気の中、ケイコは話を続けてくれた。


「旅公演のようなもので各地を回っていたある日、この港町・トラモントでナイジジたちに目を付けられました。『俺たちの仲間にならないか』と・・・。報酬は良かったです。お金に困っていた私は、マナブさん開放の為に後先考えずに二つ返事で快諾し、奴らと組み、貴方が来たバーで、客を見惚れさせるように妖艶に踊れという指示の元に動いてました。やり口としては、私を見ている最中にナイジジや、他のメンバーがわざとぶつかる、というものでした。そこからは奴らのテリトリーなので詳しくは分かりません・・・」


ケイコは申し訳なさそうに俺を見た。


なるほど・・・。俺はまんまとハマったというわけだ・・・。


俺は腕を組み、話を更に聞く。


「ナイジジたちと組んで2週間程が経過して、貴方達がトラモントにやってきました。盗賊団の1人から『旅人が来た。入って来たらいつものように踊れ』という報告を受けて踊っていました。しかしここで1つ誤算が生まれました。コウキさん、貴方が私達と同じ世界から飛ばされてきた人だったということです。確信を持ったのは貴方の身に付けているそのマスクでした。これはこちらの世界にはありません」


これを聞き、アレス、アリス、レグルス、デネブ、アルタイル、そして黒龍までもが俺を見る。


「薄々、そうではないだろうか、とは思っていたが、ここまでハッキリ言われちゃうとなぁ・・・」


「え、あ、やっぱりそうだったの!?最初からどうもキナ臭いと思ってたのよね!」


「・・・言っちゃって良かったの・・・?」


「やはり興味深い」


「それで、黒龍さんはここから出たりはするんですか?」


うん、アルタイル、少し黙りなさいよ。


と心でツッコミを入れながらアルタイルを無視し、俺は向けられたそれぞれの言葉に返していこうとするが、どうやらその必要はなさそうだった。というのも、アリスはいつもの強がりだが、アレスとレグルス、デネブは知った事に対して驚いているのではなく、最初から疑念があったように反応していたからだ。


「もしかして、全く知らないわけではなかったんですか?」


俺の言葉に、アリスとアルタイル以外が首を縦に振る。アリスは何のことか分からないという顔をし、アルタイルは相変わらず黒龍と話をしていたからだ。


「まぁ、ソフィア隊長からやんわりと・・・」


「僕は、初めて組んで試験に臨んだ時から、何か雰囲気が違う人だなぁ、って思ってて・・・。それで今回の遠征隊を組んだ時に、リゲル隊長から・・・」


「私も、研究機関でシリウス隊長から聞いてます。面白い奴がいる、と」


「なるほど、それで自分は魔法に制限が掛かっていた、というわけですね?」


アルタイルゥゥゥゥゥ!!!


「おいこらいい加減にしとけよぉぉぉ!!!」


ダンッと地面を踏みしめながらツッコミを入れるが、アルタイルと黒龍は見つめあうように真剣に向き合い、何かを感じ取り合っている様子だった。俺はそれを見るや否や、何とも言い難い、特別な事を2人はしているのではないか、と自分の方が場違いな気がしてならなかった。


「お、おい、アルタイル?さっきから何話してんだ?」


「え?色々、黒龍さんから聞いてました!あ、ちゃんとケイコさんとコウキさんの話は聞いてましたから、安心してください!」


グッと親指を立てる仕草に時代を感じながらも、俺は溜め息を吐きながらも再び話を戻す。


「それで、ケイコさん、俺が別世界から来た事によってできた誤算とは?」


すると彼女は、少し俯き、声を震わせながら答えた。


「『帰りたい』と・・・。思ってしまいました・・・」


それは、単純だが、重い一言だった。先程までおちゃらけていた空気が一変し、のしかかる様な圧力が俺たちに襲い掛かっていた。


「いつまでこんな事をしてないといけないのか、このままマナブさんを置いて帰ってしまいたい。そう思ってしまった私は、最低な人間です・・・」


次第に、俺の目頭も熱くなり始め、深く、速い呼吸になっていた。それは誰しも考える当然な事。誰もが自分が可愛い。むしろ俺に会うまでマナブさんを取り戻したいと、なりふり構わず奮起していた精神力に敬服する。と、同時に、気付いたら俺は土の床を拳で1発殴っていた。鈍く、低い音は、聞いているだけでも痛々しいかっただろう。殴った箇所からは血が滲み、時間が経てば経つほどに滴りを覚えていった。騎士団で鍛えていなければ、今頃は骨が折れていた程だろう。


「・・・コウキ兄ちゃん・・・?」


レグルスが心配そうに顔を覗き込むが、俺はそれを跳ね除ける様に叫んだ。


「酷過ぎる!!!!!」


気圧されたのかレグルスはのけ反り、後ろに手を突いた。唖然とする周囲を無視し、俺は叫ぶ。


「何故こっちの世界に飛ばされて!!!何故好きな人と離れ離れにならなくちゃいけないんだ・・・!!!」


「・・・コウキ」


アレスが俺の肩を抱く。小刻みに震える体を優しく包み込み、その顔をみんなに見せまいとしてくれている。


「酷過ぎるよ・・・・・・」


小さく、消え入る様な声が、しんとした空間を行き来していった。それは今の自分にも言っている様な気がして、突如として無力感が襲う。自分にはどうする事もできない、非力さに苛立っていた。


「・・・アレス副隊長・・・。俺、この人を助けたい・・・」


「あぁ・・・!」


「・・・いや、この人『達』を、助けたいです・・・!!」


涙で腫れた目で訴えかけると、彼は優しい目で応えてくれた。


「・・・もちろんだ。イヌア村の人達もいる。急がねばならん」


そして俺たちはそこから話し合い、ジュラス王国に捕まっている民間人の救出と、周辺の調査、そして俺たちが元の世界に戻るための情報集めにアレスたちにも協力して貰えることになった。しかしそうするためには、一旦帰還する必要がある。


「一応【黒ずんだ魔石】の調査に関しては、魔石の精製を目論むジュラス王国も一枚噛んでいる雰囲気はあった。これを持ち帰り、今後どうするかを話し合ってみよう」


「そうですね。でも、急いで帰らなければならないですけど、ここから王国まではどれぐらい掛かりそうですか?」


「・・・アリスやレグルスの体力も考えると、3日は欲しいところだな」


3日、か・・・。


などと俺とアレスが話していると、黒龍が脳内に語りかけてきた。


『ワラワガハコンデイッテヤロウカ?』


・・・マジ?


『アルタイルトハオモシロイハナシガデキタ。ソノレイダ』


と、その大きな翼を勢いよく広げる。巻き起こる風圧に体を飛ばされそうになり、必死に地面に食らい付く。そして何かが崩れる音と共に、光が俺の瞼を押し開けると、そこには幻想的な光景が広がっていた。


「な、なんだよ、これ・・・」


黒龍から半径20m程の天井が吹き抜けになり、本来そこには海があったであろうところは水のカーテンの様に揺めき、空洞を保っている。


『サァ、オヌシラノクニヘアンナイスルガイイ』


俺たちが呆気に取られている中、黒龍は再度翼を震わせた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第55話》へ続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る