第53話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第53話》
ナイジジたちが腰を抜かしていると、黒い龍は脳内に直接語りかけてきた。しかし、言葉はカタコトで、少し聴き取りづらかった。
『フム・・・。ドウヤラ、ワラワノネムリヲサマシタノハ、オヌシノヨウダ』
視線の先にはアルタイルがいた。
「・・・・・・」
彼は押し黙り、見上げる様は、まるで子供がおもちゃ屋のショーウィンドウを眺めているように目を輝かせていた。
「お、おい、アルタイル!」
俺が肩を揺さ振るとハッとしてアルタイルは我に返った。すると彼は自身の手を組み、片膝をつき、黒龍を崇めるように祈った。
「何がどうなってやがる・・・!?聞いてねぇぞ、本物が出てくるなんて・・・」
ナイジジは額に汗をかき、明らかに焦っている様子だった。腰を抜かして地面に突いている腕は小刻みに震え、畏怖(いふ)の念が滲み出ている。
聞いてない・・・?こいつら、まさか・・・。
俺は奴の胸ぐらを掴み掛かり、叫んだ。
「お前ら、誰の指示で俺らを襲った!?」
「・・・・・・お前らを襲うのは俺たちの自由だ。だが、黒い龍の石像を盗ってこい、っちゅう仕事を受けたのよ」
やっぱり・・・。
俺は睨み続けた。アレスを倒し、人質も危険な目に合わせたこの場面に黒幕がいる事に、怒りを隠せずにいた。ナイジジの胸ぐらを乱暴に離し、俺はアレスに歩み寄り、片膝を突きながら上体を起こす。
「大丈夫ですか・・・?」
「すまない・・・」
「聞きましたか?奴の言葉を」
「あぁ。何となく、黒幕の予想は付く」
俺もそうだ。思うところは1つ。
「ジュラス王国、だろうな」
アレスの言葉を聞き、ナイジジは体をピクッとさせた。その反応が正解だと言わんばかりに、奴は黙った。黒龍はこちらの様子を黙って見ており、アルタイルも片膝を突いたまま、相変わらず黒龍を崇めていた。レグルスとアリスがケイコさんを保護し、デネブはナイジジ同様、黒龍を目の当たりにして腰を抜かしている様子だった。
「これでハッキリしたな」
アレスがゆっくり立ち上がる。傷口からはまだ血が滲み出ており、本来なら起き上がる事すら常人にはできないだろう。
「むんっ!!」
ーーーヴンッ
アレスが右腕を前に突き出し拳を握ると、自身を中心に半円状のドーム型のようなものが展開され、すぐに消えた。それは【魔力探知(まりょくたんち)】だった。陽動部隊の副隊長、ニコラス・テスラールが得意とする補助魔法の1つで、アレス自身も前に、『得意では無いが扱うことができる』と言っていたのを俺は思い出した。
「隠れてないで出てきたらどうだ?」
彼の言葉に反応し、俺たちが入ってきた洞窟から1人、姿を現した。
「あら〜、案外早く見つかってしまったわね」
そこには30代ぐらいの、大人の色気を醸し出すお姉さんが頬に手のひらを当てて困った様子で立っていた。暗めの色のチャイナドレスのような体のラインがピチッと出る服を着こなし、スリットからチラッと太ももが見える。黒く長い髪は腰ほどまであり、絵に描いたようなスタイルの良さをしていた。
「マ、マリアの姉御!聞いてた話と違うぞ!!」
ナイジジたちはすがるようにマリアと呼ばれた女の足元へ這いつくばった。それを見るや否や、その女は恍惚の表情を浮かべ、腰元からスラッと、3m程の長い鞭(むち)を取り出した。
「あらあら、言ってなかったかしら?でも、アナタたちは盗賊・・・。ただ言われたモノを盗ってくるだけで、い・い・の」
と、鞭を一振り、ナイジジの背中目掛けて振り抜く。
ベチンッ!!
鈍い音と共に、奴が低く喘ぐ。
「くっ・・・!!」
『大頭ぁ!!!』
子分たちが心配そうにナイジジを庇うように覆い被さる。しかしそれに構わず、マリアはその長い鞭を男どもに浴びせる。
「これじゃ【紫炎の猪】じゃなくて、ただの豚さんね」
ゆったりとした口調で女は嘲笑う。
・・・何だコイツ・・・。
「おい」
俺は堪らず口を挟む。
「お前、突然現れて何してんだ。ってか、そもそも誰だ」
すると女は、見るからに傲慢な態度で俺たちを見下す。雰囲気はまるで都会の一等地に住む意識の高すぎる貴婦人だ。
「ふふっ。私はジュラス王国・魔法戦士軍(まほうせんしぐん)の西軍長(せいぐんちょう)、マリア・ルルシファー。先日は遣いの者がごめんなさいね?タニモト・コウキさん」
マリアと名乗った女は俺を目線だけで見る。どことなくセクシーだが、威圧感のある、嫌な視線だ。マリアはそんな俺たちを視界から外しながら黒龍の近くに歩み寄り、睨み合った。先に視線を逸らしたのはマリアだった。しかしそれは威圧的な黒龍の視線に耐えきれなくなった、というよりから、諦めた、という方が合っていた。
「・・・アナタは、いずれ手に入れます。行くわよ、豚さんたち。それじゃあまたね、坊や」
そう言うと、女は踵を返して洞窟の入り口へとナイジジたちを連れて歩いて行った。去っていく一瞬、ナイジジがこちらを見た様な気がした。その表情は恐怖に満ち、冷や汗が止まらずにいた。そして足音が完全に聞こえなくなった後、俺は気が緩み、その場に溜め息と共に座り込んだ。
「・・・ぶふぁ〜・・・。結局何がしたかったんだ・・・?あのマリアって奴」
「さぁな。ナイジジ達を送り込んでここの石像を盗む、これに何の意味があるのか・・・。当人に聞いてみるか」
俺たちは黒龍を見る。手入れなのか何なのかは分からないが、翼をぺろぺろと舐めている。
・・・猫かよ。
俺たちの視線に気付いたのか、黒龍は脳内に再び語り掛けてきた。
『イマノニンゲンタチガナニヲホシガッテイタカ、オオヨソノケントウハツク』
黒龍は犬が伏せをするように頭を下げ、下顎を地面に付けた。俺たちに視線を合わせてくれいるのだろうか。
『ワラワノ、チ、ダロウナ』
チ・・・。血!?
「黒龍の血が、そんなに奴らが欲しがる物なのか?」
アレスが腕を組む。するとレグルスが控え目に手を挙げた。
「あの、僕が育った町では、血の中に魔力が込められていると言われています。もしかしたら、それが必要なのかも・・・」
ふむ・・・。仮にそうだとしたら、イヌア村で攫われた人たちの命が危ないな。
イヌア村で対峙したエドワーズ・アテンサムが言い残した魔石に必要な物は、恐らく【魔力のある血液】。攫われたのは魔法で反撃した人たちだ。もしそうならば、合点が行く。
「ジュラス王国の奴らがどこまでの情報も持っているかは分からんが、黒龍の存在を知っているとならば、他の赤龍(せきりゅう)、緑龍(りょくりゅう)も存在している、ということになるな・・・」
アレスは腕を摩る。切られた脇腹を庇う素振りも見せており、このまま他の龍たちの場所へ行くのには少し無理がありそうだ。
一旦戻る、か?
俺も腕を組み考えていると、アルタイルとデネブが興味深々で黒龍を見つめていた。
「うーん・・・。見れば見るほど興味が湧いてきます。本当にいたんですねぇ・・・」
「えぇ、伝説そのものですからね。未だに信じられませんよ・・・」
2人にまじまじと見つめられ、流石の黒龍もたじたじのようだ。
『ウ、ウム。イクラオヌシタチカラ、アシキマリョクヲカンジズトモ、ブレスデナギハライタクナルナ』
そんな物騒な事言わんでくれよ。
「ところで、ケイコさんは何故捕まっていたんですか?」
アリスが口を開く。チョコンと体操座りをするのは、やはり小さい体がよく似合う。ケイコは、先程までは怯えていたが、ナイジジたちがいなくなると次第に平常心を取り戻していた。俺が見惚れていたのは、やはり元の世界の住人で、しかも日本人だったからだ。
「・・・私の婚約者だった人が、そのジュラス王国に捕まっていました」
ケイコは唇を噛み締めながらゆっくり話し始めた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第54話》へ続く。
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