第52話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第52話》


「うーむ。口を割らなかったな。大した男だ」


ナイジジはサーベルに付与していた『火』を解いた。奴の目の前には息はあるが倒れるアレスの姿があり、俺たちは、『お前らが手を出せばこの女を殺す』と脅され、アリス、アルタイル、デネブ、レグルス、俺の5人は後ろ手に縄で縛られて部屋の隅に集められ、アレスの手助けが出来ずにいた。


「アレス副隊長・・・」


俺たちは、このメンバーの中での最強の男を倒されてしまった事により、戦意が喪失していた。だがしかし、彼は一方的にやられていたのだ。一切反撃せず、構えるだけでナイジジの攻撃をただひたすら耐えていた。浅い傷、深い傷さまざまだが、12という切り傷を受けながらも、アレスは倒れる寸前まで、俺たちにはその刃を向けさせる事をしないように斬撃を受け続けていた。そしてつい先程、その高熱を帯びた斬撃に耐え切れず、地面に突っ伏してしまったのだ。


「さて、結局のところどうなんだ?お前らの中に龍の石像を持ち出した奴がいるのかどうか・・・」


「いないって言ってんだろ!アレス副隊長がそんなになる前に名乗り出るだろ、普通!」


俺は叫んでしまった。声は怒りと悔しさで上ずっていた。


「・・・さっきから副隊長、副隊長ってこいつの事呼んでるが、お前ら、本当は冒険者じゃないのか?」


俺の目の前にしゃがみ、凄みを効かせるナイジジは、この時ばかりは恐怖を覚える程だった。唇を噛み締め睨み返すが、奴にとっては子犬が威嚇している程度にしか思ってなかったようだった。『いつでもお前もコイツのようにできるんだぞ?』と言わんばかりに熱が去ったサーベルの刃の横を俺の頬にペタペタと当てる。すると、レグルスが口を開いた。


「・・・ぼ、僕たちは、アラグリッド王国直属の、王国騎士団です・・・!!」


彼もアレスがやられた事により怒りと悔しさが入り混じっているようで、仲間の窮地よりも、身分を明かす事を選んだ。


「王国騎士団、だと・・・?」


俺たちの正体を知って、少しでも物怖じしてくれれば良かったのだが、ナイジジは怯むどころか、笑ってみせた。


「それじゃなんだ、俺が倒した男はその騎士団様のどこぞやの隊の副隊長だったってわけか!?こりゃ傑作だ!!俺の名の価値がまた1つ上がったのか!!」


奴が笑うと同時に、取り巻きも大笑いしていた。気持ちを良くしたのか、ナイジジは俺たちの元を離れ、台座へと注目して集まっていた。何やら本当に消えたのかどうか話し合っているようだ。


ちくしょう・・・、笑いやがって・・・。


俺は縛られている縄をどうにかして解こうとするが、ギチギチに固く縛られ、自力でどうにかするのは難しそうだった。と、アルタイルがコソコソと話しかけてきた。


(コウキさん、コウキさん)


(何だ、どうした?)


(私に考えがあります)


お?


この現状を打破できそうな作戦なのか、俺は小耳を立てる。


(相手は、アレス副隊長以外に魔法が使える者がいるかどうかの判断はしていません)


(そうだな)


(仮に、デネブさん以外の私たちが全員魔法を使えると知られても、勝てる算段があります)


(だから、その作戦を早く教えてくれよ)


港を出る前の事と言い今回と言い、アルタイルはどこか焦らす性格にあるようだ。だが、彼から吐き出された言葉とは対照的に俺は言葉を飲んだ。


(私が囮になります)


なっ・・・?


(お、おい、アルタイル、それはちょっと無謀じゃないか?)


(正確には、時間を稼ぎます。その間に、コウキさんたちは縄を岩で切ってください。そうしたら、何かしらの合図をもらえれば、デネブさんがアレス副隊長の元に、私たちが全力で魔法を奴らにぶつけます。あの港で会った占い師の言う事が正しければ、私があの石像をどこかにやってしまったのかもしれません。ですから、また念じれば、石像が出てきてくれるかもしれません。この事は、もう他のメンバーの了承も得てます)


いや、それは良いかもしれんが・・・。


俺の気掛かりは、作戦の内容とは違うところにあった。それは、ナイジジたちがいつでも人質を殺せるように、ケイコさんが奴らのところにいる事。それともう一つは、アルタイルが俺と初めて話した時に言っていた『自分は魔法があまり得意じゃない』という事だ。俺の心配を他所に、アルタイルはタイミングを見計らって立ち上がった。そして声を上げる。


「あ、あの!!」


「・・・何だ?」


「わ、私なら、石像をもう一回、そこに出せるかも、です・・・」


あぁ?と口々にゴロツキたちがアルタイルに吐き捨てるが、彼はお構いなしにズイズイとナイジジたちの輪の中へ入っていった。


すげぇな、アイツ。


防衛部隊の仕事である、街の警らでゴロツキ達を相手にする事があるからなのか、肝は座ったようだ。感心もそこそこに、俺たちは俺たちでやる事がある。他のメンバーと目を合わせ、それぞれ鋭利な岩の角に縄を擦り付け、切り離そうと奮起する。ふと、何かが動くような気配を感じ、アレスの方を見る。すると彼は意識を取り戻した様子で、半目を開けて周りの状況を把握しようとしていた。すると目が合い、俺たちが何かしようとしている事を瞬時に理解し、再び目を閉じた。まだ意識を失っているように見せかけているのだろう。


もう少し・・・。


明らかに先程より緩くなっている。だが、ここで焦って見つかってしまっては全てが台無しになってしまう。慎重に、且つ素早く。まるで泥棒にでもなったかのように、相手の視線や体の向き、己の息遣いや行動に注意する。アルタイルがナイジジたちとどんなやり取りで時間を稼いでくれているかは分からないが、順調そうだ。


まさか、祈ってるだけでこの時間を稼いでるわけじゃないだろうな・・・。


もしそうだとしたらかなり奴らはアホだろう。付け入る隙があるなら、そこだ。


いやでも、俺たちの事を冒険者だってついさっきまで信じてたしなぁ・・・。


純粋に力や魔法が強いだけであって、知力はそんなになのだとしたら、腑に落ちない部分がある。それは、知らない、とは言ったものの『3頭の龍の話を否定しなかった』事だ。ルナールの故郷のイヌア村に昔から伝わる伝説を、何故盗賊がそれを信じ、情報を与え、ここまで着いてきたのか。


そうだよ、この地図に書いてあった場所には特別な海域という事だけが公には出てて、漁師はあまり来ない。奴らもこの中に何があるのかは伝聞でしかの情報がなく、この島に関してはアルタイルの祈りに反応して出てきた。アイツらがここに何があるのか知ってるわけがない・・・!


悪寒が背中を駆け巡る。冷静になってみればわかる事だったかもしれない。が、そうこうしている間に、俺の縄はプツリ、と小さな音を立てて切れた。どうやら俺が一番最後だったようで、全員と顔を合わせて頷く。


「アルタイル!!」


俺が叫ぶと彼は笑顔になり、こちらを向く。さて、今から魔法をぶちかますぞ、と鼻をさすった瞬間だった。俺たちがいる岩場で作られた部屋が、轟音を立てて揺れ始めた。


「な、何だ!?」


まさか、このまま海の中に沈んでしまうのか、と地面に手を突いて揺れがおさまるのを待つ。ガラガラと辺りの壁が崩れているのが音と振動で分かった。


あぁ、生き埋めにされる、のか・・・。


揺れがおさまり、目を開ける。すると、そこには目を疑う光景が広がっていた。ナイジジたち盗賊は腰を抜かし、アルタイルは何故か晴れやかな顔になっていた。


『ダレダ、ワラワヲネムリカラサマシタモノハ』


崩れた壁により部屋が広がり、奥行き、天井ともにかなりの大きさになったその場所に、およそ体高15m程の黒い龍が、翼を広げて鎮座していた。


ま、まさかのご本人登場ですかー!?



次週休載します。次の更新は1月12日(火)です。

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第53話》へ続く。

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