第51話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第51話》
野太い男の声は、洞窟内に響いた。反響し、俺たちの耳に何度も届く。
「アンタは・・・」
俺は聞き覚えのある、見覚えのある男に疑心感と嫌悪感を新たに覚えた。
「ここまで案内ご苦労だったな。冒険家の兄ちゃん」
俺が情報収集で入ったバーで地図と情報をくれた、顔の真ん中に真一文字の傷のある大柄な男がそこにいた。しかも、ハッキリと確認はできないが、後ろには複数人いるようだ。俺が船酔いをしている最中に見た船は、どうやら幻覚ではなかったようだ。
「やっぱり罠だったか」
アレスは溜め息を吐く。俺は申し訳なさでいっぱいだった。それはこの地図の場所に行く事に賛同し、背中を押したアリスも同じようだ。
「さてお前ら、余り事を荒立てたくはないが、俺たちが何者か、というのは知っているのか?」
余裕の表情のアレスに対し、男はサーベルの様な物を腰から抜き、威嚇する。
「財宝を狙う冒険家のパーティだろ?さっさと獲った物を寄越しな」
その言葉に、アレスは俺をチラリと見る。その目は、『まためんどくさい事を・・・』と言っているようだった。
「まぁ待て、まずは君たちが何者か知りたい」
穏便に、という言葉がよく似合う雰囲気で彼は心から先に歩み寄ろうとするが、男はサーベルをアレスに突き付けてそれを拒んだ。
「冒険家をしてて俺たちを知らないとは良い度胸だ」
本当は王国騎士団なんだけどな。
と心の中で突っ込むや否や、男は名乗り始めた。
「少しは聞いた事があるんじゃねぇか?俺は盗賊団【紫炎(しえん)の猪(いのしし)】の大頭のナイジジだ」
ナイジジと名乗った男がサーベルを上に向けると、後ろの取り巻きの様な奴らが雄叫びを上げる。
『うおおおおおおおおおお!!!!!!』
耳を塞ぎたくなる、不快な声たちだった。そしてその中の1人が自慢げに俺たちに食ってかかる。
「大頭は各地の盗賊を纏め上げる、俺たちじゃ足元にも及ばねぇ強さを誇ってんだぜぇ!?」
こりゃご丁寧にどうも、っと。
明らかな説明口調に感謝しながらも、俺はナイジジに改めて尋ねる。
「んで、そのナイジジが、俺たちに何の用なんだ?まさか、この洞窟にあった壁を壊して欲しかっただけなのか?」
すると奴は素直に答えてくれた。
「まぁ、それもあったんだが、俺たちの狙いはその台座にあった龍の石像だ」
ナイジジが台座の方に向くと、その石像がいつの間にか姿を消していたのに気付いた。全員驚いている。先程までそこにあった物が忽然と消えると、人間、案外驚きの余り声が出ないものなのだ、と実感する。
「なっ・・・!」
「答えろ。誰が獲った?」
ナイジジはサーベルを右耳の横で構える。切先をこちらに向け、まるでホームランを量産する海外のバッターのようだった。
「いや待て、俺らも今気が付いた。誰が獲ったかなんて分からない!」
実際この目で見たわけではないが、俺は台座とナイジジの間にいる。俺は獲っていない。と俺より後ろのメンバーに目線を送るが、全員首を横に振る。
まぁ、そうだよな。
「悪いが、ナイジジとやら。俺たちの中で石像を獲った者はいないらしい」
アレスが更に一歩前に出る。
「どうやらお前たちは、俺の恐ろしさを知らないらしい・・・。むんっ!!」
奴が力を込めると、構えているサーベルに『火』が付与された。
「魔法が使えるのか・・・!それなら話は早い」
アレスも拳に付けたメリケンサックに『火』を付与させる。荒々しく燃えるアレスの魔法に対してナイジジは、高音の火を圧縮して刀身に閉じ込めているかの様に、ジンワリと紫色に光り、高熱を帯びているのが目で見て分かった。
『いっけぇ!大頭!俺たちが【紫炎の猪】を名乗っているその所以(ゆえん)を見せてくれ!!』
何だ、どういうことだ・・・?
ナイジジが子分の応援を背にし、鼻から勢いよく息を漏らす。蒸気機関車のように、有り余る力を抜いている様にも見えた。
何か、来る・・・?
と、それは瞬きをしたほんの一瞬の出来事だった。荒々しい鼻息が聞こえたかと思いきや、目の前にいたはずの奴は消えた。
!?
それは理解するよりも、俺の斜め前にいるアレスが片膝を突きながら体勢を崩した事の方が早かった。
「アレス副隊長!?」
彼は右脇腹を斬られていた。しかし傷口はそう深くない。が、ダメージの主な比率は、斬撃よりもその刀身に斬られたところの熱によるものだった。
「おや、少し速すぎたか?」
声の方に振り向くと、ナイジジがサーベルを地面に突き刺し、腕を組んでアレスを見ていた。
「・・・貴様・・・!!」
「さっき説明が足りなかったな・・・。【紫炎の猪】とは俺たちの盗賊団の名前でもあり・・・。俺の【異名】だ」
奴が再び高熱を帯びたサーベル構える。
「さぁて、いつ口を割るかなぁ?」
ニタリと笑うその顔は、狂気に満ちていた。ゆっくりと歩き、再びアレスの前に立つ。片膝を突く彼を見下し、反応を見ているようだった。
「・・・少し甘く見ていたようだ」
アレスは立ち上がり、構える。
「ほう?」
それを見るや否や、ナイジジは余裕そうに軽く笑ってみせた。
「おっと、お前らは俺に攻撃できないぜ?」
何だ、どういうことだ?
その意味が分からない。速くて捉えられない、という意味なのか、はたまた別の意味なのか。その答えは、ナイジジが顎で合図を部下に送り、連れてきた人で分かった。
「きゃっ・・・!」
後ろ手に縛られ、手荒に奴の足元に投げ捨てられたのは女性だった。しかも、俺はその人に見覚えがあった。
「・・・どうしてこの人が・・・!?」
それは、初めてナイジジから地図を貰ったバーにいた踊り子だった。近くで見ると、その綺麗な容姿に見惚れてしまいそうだったが、俺が何故、この女性の事を気にしていたのかが引っ掛かっていた。
「お前の名前を教えてやれ」
ナイジジは、低く、脅すように彼女に囁く。すると女性は、声を震わせながら答えた。
「わ、私の名前は・・・ケイコ、です・・・」
俺はログマの胃の中から出てきた指輪の内側に彫られた名前を思い出した。
『KEIKO & MANABU』。日本人・・・。通りで馴染みのある顔立ちしてる。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第52話》へ続く。
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