第45話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第45話》


「ここが、【夕陽の港】トラモント・・・」


俺は初めて見る港町の景観に目を奪われていた。忙しく働く漁師、沿道に並ぶ露天商人、しきりに客引きを行う料理店。レンガ調の建物の作りがレトロな雰囲気を醸し出す、異国情緒豊かな町だった。


それにしても潮風が気持ちいいなぁ・・・。


伸びをしながら、肺に目一杯空気を入れる。まるで潮風が体中を循環するように駆け巡り、体外へと口から出ていく。

結局、別れた2班の振り分けは、アレス、デネブ、アルタイル、レグルス、アリス、俺の6人が先に港町のトラモントへ行き、残りのカーニャやルナールがいる9人が、イヌア村の方々の護衛と共に、王国に報告をしに一時帰還する事になった。


「で、どうするんですか?」


「そうだな。とりあえず酒場に行けば何か情報がありそうだ。行ける者は?」


俺の問いに、アレスは辺りを見渡しながら、最後には俺たちを見回す。酒が飲めるのはレグルスとアリス以外の4人だ。


パッと見ただけでも酒場は4、5軒はありそうだ。


「俺たちは一人一人で酒場を回るのはどうでしょう?レグルスとアリスには、町の露天商たちに聞き込みをしてもらって、終わったらまたどこかに集合、という形で大丈夫ですか?」


俺が珍しく提案をしたことに、アレスたちは少々驚いていた。


「あ、あぁ、それで良いんじゃないだろうか。なら、この町の西側にある大きな船着場がある。終わったらそこに一旦集まろう。あ、身分は隠せよ?」


アレスが指を指すと、全員そちらを向く。


なるほど、あれは目印になるな。


見れば納得の大きさのその船着場は、現代で言えばフェリー乗り場のようなところだった。今も大きな漁船が停まっており、そこの乗組員なのかは分からないが、大きな網の手入れを、10数人の屈強な男たちがしていた。顔や体に傷のある人もおり、海での漁が過酷な事を、喋らずとも物語っている。


物語でもよく聞くもんな〜。


俺が思っている程の過酷さがあるかどうかは分からないが、海には獰猛な生物がウヨウヨいるイメージだ。それこそ、《水の古代魔法》の名前にもある、【クラーケン・ロア】のクラーケンは、超巨大なダイオウイカの俗称だが、名前にもあるという事は、存在していたのかもしれない。現代でも、深海の探索はまだまだ未知な所が多いと聞くし、クラーケン以上の怪物だっているかもしれない。第三者からしてみればロマンの宝庫だが、実際に対峙した事のある人たちからしてみれば、2度と体験したくない出来事の1つになっていても不思議じゃない。しかしそれでも、海に出て漁をする人たちは、命知らずなのか、はたまたロマンを求めているのか。生活の為に仕方なく、という人もいるだろうが、働くその顔を見れば、それが否定される程、仕事をしている顔は眩しい。


ここの人たちは好きでやってる人ばかりなのか。


感心を通り越してもはや尊敬の眼差しを向けるが、今回の目的は漁師さんの仕事ぶりを観察するためではない。赤龍(せきりゅう)、緑龍(りょくりゅう)、黒龍(こくりゅう)の存在の有無、そしてこれは俺のみとなるが、異世界からの放浪者を知っているか否か、だ。主に、後者を目的として俺はこの調査隊に加わらせてもらってはいるが、前者の3頭の龍の事も、もちろん知っている人がいないか聞き込みをしなければならない。


「じゃあ、早速行きましょうか!」


と、俺は一番大きな酒場目掛けて足を進める。

鉄製の引き戸を開けると、中はお洒落なバーのようなところだった。昼間なのに照明を暗めにしており、BGM代わりにアコースティックギターのようなものとコンガのような太鼓をリズミカルに叩いて、踊り子が舞台の上で踊っている。


綺麗な人だなー・・・。


「あ痛っ!・・・すいません」


見惚れながら歩いていると、壁のような肉体の男にぶつかった。鼻をさすりながらも謝ると、そいつは俺の胸ぐらを掴んできた。


「おうこら、挨拶もなしにぶつかってくるとは良い度胸してんじゃねぇか、おお?」


ヤバイ、絡まれた。


絵に描いたようなチンピラに出くわしてしまった俺は、元の世界ならピンチなのだが、今は何故か平静を装える。それは、王国騎士団に所属してから、地獄のような訓練の日々を乗り越えてきているからだった。


たぶん、そんじょそこらのチンピラには負けない気がするんだよなぁ。


相手は俺の身長を遥かに越え、体格も2倍近くはありそうな、鼻の真ん中に一文字に傷が付いている男だった。しかしいくら筋肉隆々でも、力を受け流せば劣っていても負けはしない。だが、挑発してケンカ沙汰にでもなったら、ここでの情報は何も得られないかもしれない。穏便にしておくのが正解だと判断した。


「いや、すみません、踊り子に見惚れてしまい、前を見てませんでした。一杯奢りますので、何卒ご容赦を」


こういうやり方は、よく訓練帰りに寄っているアイザックの親父さんが経営し、泉も働かせてもらっているアラグリッド王国の中心街にある酒場『ビッグ・ディッパー』で学んでいる。酒飲みに絡まれたら一杯奢ってやると機嫌が良くなる、と、そこの常連の、王国騎士団・防衛部隊長のプロキオン・ロックが教えてくれた。実践するのは初めてなのだが。彼も若い時代、騎士団に所属したての頃によく絡まれていたそうだが、マスターから酒場のケンカの納め方を聞いてからはめんどくさい相手にはそうしているらしい。


まぁ、プロキオン隊長の場合はケンカを買ってボッコボコにしてそうだけど・・・。


などと思っていると、その絡んできた男は、やはり気分が良くなったようで、俺の肩をバンバン叩いて笑っていた。


「ガッハッハッハッ!!話が分かる奴だなぁ!!俺はそういうの好きだぜ?まぁ、俺もあの踊り子に見惚れてたんだがな」


と、彼は踊り子を流し見る。俺はその視線の方に目をやると、その踊り子は妖艶に、男を誘惑するように踊っていた。


「あ、同じので良いですか?何飲んでます?」


「良いんだよ、そういうのは気持ちだけくれりゃ。俺に限ると思うけどな!ガッハッハッハッ!!」


彼は更に豪快に笑って酒を煽る。そのビールのような透き通った黄金色の炭酸の飲み物を一気に飲み干すと、ジョッキをテーブルに叩きつけるように至福の溜め息を吐いた。それを見て、悪い人ではなさそうな事を確認し、俺は事の経緯を伝える。もちろん、騎士団だという事は隠して。


「実は、この地に古くから伝わる3頭の龍を探してまして・・・。太陽を創った赤龍、森を創った緑龍、海を創った黒龍。聞いたことありませんか?」


「ほう・・・。3頭の龍、ねぇ・・・。するってぇと、何か、お前さんたちは冒険家みたいなもんか?」


冒険家か。まぁ、それでも良いだろう。


「えぇ、この大きな港町なら、何か情報があるかと思って立ち寄ってみたんですけど、どうです?何か知ってたりします?」


俺の問いに、男は腕を組んで唸った。


「う〜む、知らねぇなぁ・・・」


彼は絞り出した声で俺に伝える。


「・・・そうですか・・・。ありがとうございました」


残念そうに肩を落としてその場を去ろうとしている俺の背中に、男は声を掛ける。


「あぁ、そうだ、それかはどうか分からねぇが・・・」


俺は落胆しながらも振り向くと、彼は一枚の地図を差し出した。そこにはこの辺の地図なのか、中心にこの港町が描かれ、左上の海のとある場所にバッテンが付けてある。


「・・・これは?」


「俺たち船乗りの伝説みたいなもんよ。今は手付かずの遺跡があるみたいで、中は魔獣やら、当時の製作者が張った罠だらけらしい。実際にこの場所まで辿り着けた事はねぇが、その、海を創ったという黒龍について何か分かるかもな。お前さんたちなら、辿り着けるかもしれねぇ」


そう言うと、彼はその体格には似合わないクールな笑い方をしながら、また酒を求めて歩いて行ってしまった。突然思わぬ収穫を得た俺は、足取り軽やかにその場を後にしようとするが、最後にまたあの踊り子を見てから帰ろうとそちらの方を見ると、踊っている彼女と目が合い、時間にして1秒程だが、何かを訴えているようにも見えた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第46話》へ続く。

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