第46話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第46話》


「何だ、俺が一番か」


俺は、アレスが指定した町の西側にある大きな船着場に到着していた。辺りでは漁師さんが獲れたての海産物を整理したり、網を直していたり、売り物にならない物を肴に酒を飲んでいたりしている。


せっかくだ、邪魔にならない程度に見て回ろう。


魚市場にも似ているものがあり、俺は興味が沸いていた。こちらの世界の魚料理が敬遠されがちな主な理由は、臭みだ。しっかりと下処理をしていれば、泉がかつて騎士団合格祝いに『ビッグ・ディッパー』で出してくれた白身魚のポワレの様に、美味しく、美しい料理ができるに違いない。そして漁師なら、美味しく食べる術を使ってるかもしれない。いい加減、魚料理が恋しくなってきている。いつまでも肉と野菜や穀類では飽きが来てしまいそうだった。


「へぇ〜、こんな魚もあるんだな〜」


俺はとあるパレットの前で足を止める。それは、元の世界でも似た物を見たことがあったからだ。


「マグロ・・・、だよな・・・?」


そこまで魚の知識はないが、年末年始のテレビで大きなマグロの解体ショーを観たことがある。俺の目の前にあるのは、その大きなマグロに似ていた。


「お、兄ちゃんお目が高いね。このログマは200kg物だ。値段はそうだな、1匹まるまる買ってくれるなら少しまけて金貨180枚にしとくぜ?」


「ログマ・・・。あ、いや、少し見てただけですので・・・。あはは・・・」


ログマという名前を聞き、やはりマグロに似た物だという確信を得て、俺は少しその場を離れる。相場は分からないが、今の手持ちで足りるわけがない。と、皮袋の財布を取り出して中を確認する。中には銀貨10枚と金貨3枚。感覚的には銀貨1枚で500円、金貨1枚で10000円ぐらいだ。


まぁ、飯ぐらいは食えるだろう。


俺は先程のお洒落なバーで飯を食べてこなかったことを少し後悔したが、せっかくの港町で、しかも船着場で魚の荷下ろしや、河岸(かし)の様に魚を売っている場所だ。美味い魚料理が食べれるに決まってる。普段王国で食べる魚料理といえば、川魚や池、湖などの淡水魚が多いが、今回のこの場所では、海水魚が食べれる。王国内にはあまり出回っていないから、『港町』が次の目的地だと聞かされた時から既に、口の中は海の魚が食べたくてスタンバイ状態だ。


何が食べれるんだろ?さっきのログマってやつ、気になる・・・。


できることなら刺身で食べてみたいが、果たしてこちらの世界では生食ができるのかどうか、まだわかっていない。というのも、アラグリッド王国が海産物を仕入れているかが疑問で、まだ海の幸の刺身を食べた事がないからだ。


『よぉ、兄ちゃん、何か食べる物をお探しかい!?』


威勢の良い声に振り向くと、口髭がたくましい、まさに【おやっさん】と呼ばれていそうな大男が、先程より少し小ぶりなログマが大きな机に置かれたところに、長包丁を片手にこちらを見ていた。俺は圧倒されつつも近寄った。


「えぇ。昼ご飯がまだなので、ここで食べていこうかと。何かオススメでも?」


大男は手に持つ長包丁をログマの頭に突き刺してこう言った。


「そりゃあ、もちろん、トラモント名物の【ログマのステーキ】だねぇ!大きいのも良いが、ちょうどこれぐらいの大きさの方が、身がしまって、脂も適度に乗ってて、熱々の鉄板に乗せりゃあ、そりゃ絶品なステーキの完成だ!」


ステーキ、かぁ。


俺は頭の中に思い浮かべた。鉄板の上に横たわる、程よく火の通ったログマの切り身。バターが熱で溶け、芳醇な香りとともに脂の弾ける音に食欲が押し寄せる。


うん、想像しただけでも腹が鳴りそうだ。


口の中に涎(よだれ)を確認したところで、俺は決心する。


「じゃあ、そのログマのステーキを食べさせてください」


「よし来た!」


と、その大男は華麗な手捌きでログマを解体していく。スルスルと身に入っていくその長包丁は、お世辞にも業物とは思えない、ごく普通の、いや、かなり年季の入った一振りだった。それをいとも容易く扱い、詰まることなく解体できているのは彼の技術なのだろう。


余程自信があるんだろうな。


もはや芸術とも呼べそうなログマの捌きは、モノの1、2分で完了してしまった。綺麗な断面は、まだ切られていないと錯覚しているかのようにハリがあり、光すら反射している。見事なまでの赤身と脂の乗ったピンク色をしている。


本来のマグロの解体ならもっと時間が掛かっただろうに。


「そらぁ、後は焼くだけだ!」


彼は手頃なサイズの切り身をポーンと投げ、まるで俺がステーキを注文する事を知っていたかのようにスタンバイされた、油を薄く塗ってある熱々の鉄板の上に着地した。獣の肉を焼いているかの如く肉汁が溢れ、辺りにはお腹の空く独特の匂いが充満していた。


「う、美味そぉ〜・・・」


自然と言葉が漏れる。片面を数十秒焼き、裏返して数秒。最後にバターを一欠片(ひとかけら)乗せれば、それは完成した。


「おらよ!ログマのレアステーキだ!」


ドンッと乱雑に置かれたそれは何も言われなければ肉と間違うほど、表面はカリッと、視覚からも食欲をそそった。ジュージュー音を立てて聴覚を刺激し、溶けたバターの香りが嗅覚を、渡されたナイフとフォークを入れればサクッとした感触に触覚が。そして口に入れれば文句なしの味覚が、暴力的に襲いかかってくる。荒々しい料理だが、漁師の、男の料理という感じがまた何とも言えない。


「どうだ、美味いだろ?」


「はい、こんな美味しい魚料理、知り合いが調理した物以外では、こっちに来てから初めてです!」


俺の言葉に、大男は目を丸めた。


・・・あ、しまった・・・。


うっかり口にしてしまった『こっちに来てから』という言葉を、彼は聞き逃してはくれなかった。


「お前さん、もしかして・・・」


次の言葉に『異世界から来た人間か?』と言われる心の準備をしたが、別にバレてどうこうという事は特にない。むしろそういう情報が少しでもあれば欲しいところだが、俺の気持ちとは裏腹に、大男はヘッと笑った。


「旅の者だろう?西の方へ来るのは初めてかい?」


うーん、あまり勘は鋭くないみたいだ・・・。


「・・・えぇ、まぁ。とある伝説を追ってます」


俺は3頭の龍の事を話した。ついでにと言わんばかりに、異世界から来たであろう人についても聞く。俺が話している間、彼はひたすらウンウンと頷き、まるで何かを知っているような口振りで相槌を挟む。


お、好感触か?


少しの期待を胸に話し終えると、腕を組んで、う〜む、と唸る。これは先程のお洒落なバーでも見た光景だ。そして絞り出す様に彼は口を開いた。


「どっちも知らんな!」


知らんのかぁい。


何かを知っていそうな反応だったが為に落差が大きい。拍子抜けも良いところだったが、ここはこのログマのレアステーキにありつけただけ良しとしよう。


「・・・そうですか、ありがとうございます」


と残ったログマのレアステーキを平らげようと再度ナイフとフォークを入れた瞬間、ログマの内臓を洗っていた大男が呟いた。


「ん?何だこりゃ?」


本人は呟いたつもりだっただろうが、周りにはハッキリと聞こえるほど大きかったのは言わずもがな。歴戦の漁師が発したその疑問の言葉は、俺の興味を駆り立てた。


「どうしたんですか?」


「胃の中に、こいつが入ってたんだ」


と、彼は覗き込む俺にとある物を見せた。


「・・・指輪?」


おもむろに内側を見ると、そこには『KEIKO & MANABU』と刻印がしてあった。


まさかコレって・・・。


俺は、このファンタジーの世界には珍しい名前の指輪の刻印に元の世界らしさを感じ、胸の鼓動が高まった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第47話》へ続く。

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